いつかは離れてしまう人 2






 ”なんで、青葉学園?”

 と、中学校に上がった頃、疑問に思って母親に聞いた事があった。
 初等部から通っていて今更な気もしたが、寮に入る事に決まってとりあえず聞いてみたのだ。
 ハーフである父は単身アメリカで仕事に没頭する仕事人、僕の寮入りを契機に母親はアメリカに飛ぶ。
 問いには僕もついていく選択肢は無いのか、という意味も含んでいた。別に、そこまでされて残る必要は無い。
 けれど母親は、簡潔に、笑って答えた。

「パパの母校だからよ」

 この母親は、実際僕は一度も呼んだ事が無いというのに、自分をママ、父親をパパと呼ぶ変な癖がある。まあそんな事、今関係は無いけど。
 そんな初耳な事を言われた僕に、母親は続けた。

「ママは瑞穂学園の生徒。パパとはそれぞれ学園の生徒会長として知り合ったの。つ・ま・り」

 照れながら続けた母親は、期待に満ちた瞳で僕の両手を握りこんだ。

「涼ちゃんも、素敵な彼女を作れると思って!!」


――そんな勝手な妄想を託して、母親は渡米していった。








 ………間違いばかりの、選択だったと思うよ、母さん。
 涼斗は寮の自室で雑誌のページを捲りながら、流行の服装を纏ってポーズを決める青年を見つめた。
 傍目から見て、ああ男だなと思う容姿。当たり前の事だけど、この学園では当たり前と認識されない事を母も、恐らくぼけた父も知らなかったに違い無い。
 そうでなければ、この容姿の自分を寮になど詰めて行けるものかと思う。
 涼斗は身長は172cmとけして低いわけでは無かったが、寮入りした時には小柄だったし、その容姿が問題だった。
 全体的に色素が薄いのは、父方の血を濃く引いたからであろう。イギリスとアメリカのハーフの父、純日本人の母親との間の涼斗は、クォーター。金に近い薄茶の髪の毛は細く、けれど母の血なのか真っ直ぐ。青味の強い灰褐色の瞳。顔の造形は日本人寄りだとは思う。肌の色は雪の様な白、その上どんなに努力しても薄い胸板と肢体には筋肉はあまり無い。ちょっとみ、細身の女性モデルだ。
 つまりは狼の群である男子ばかりの学園で、涼斗は性の対象として見られる事が多々ある、という事なのである。
 生身の女と言えば年齢的にはもう老人に近い教諭位のもので、寮に住んでいる面々にとってはそれこそ女性と接する機会が無い。
 けれどそれでも、腐っても!!
 溢れるのは性に興味を持つ年頃の男、男、男の群。
 少しばかり可愛ければ、綺麗だったら――男でもいいかもしれない。むしろいい!好きだ!!
 錯覚でも、本気でも、ちょっとした好意は直ぐに恋愛に発展して、性に直結した。
 告白は何度もされたし、体格差の如何ともし難い上級生には無理矢理犯されそうになった事も指の数では治まらない。
 危機感を持った涼斗は、力のある先輩に庇護される道を選んだ。二つ上の、中等部で一番と目されていた当時のバスケット部の先輩。素行が悪く、けれどバスケに向ける情熱は直向なものを感じた。その先輩と付き合う――付き合うからには、まあそれなりに経験させられたけれど。
 彼と接触するために入ったバスケ部は、彼が高等部に上がって中退していった後でも、ずっと続けて――結局未だに離れられない程のめり込んでいる。
 そして涼斗はその時、気付いたのだ。
 ああ、自分も、男が好きな人種だったのだ――と。それからと言うもの、好きになるのは男だった。強い男性に惹かれたのは、見た目だけでなく中身まで女々しいという事なのだろうか。
 兎にも角にも母親の願望は、脆くも崩れ去ったわけで。
 ………本当に、間違いばかりの選択だったよ、母さん。出来たのは彼女じゃなくて、彼氏だもん。

「涼斗」

 思いの他近くで名前を呼ばれて、涼斗は物思いをといて顔を上げた。
 顔を上げると闇の様な漆黒の瞳とかち合って、一瞬どきりと心臓が鳴った。
 寮の同室生であり同じバスケ部のエース、そして恋人でもある王子大――部屋の両側の壁の左側に涼斗、右側に王子のベッドがあって、そのスペースをそれぞれの部屋として真ん中をカーテンで区切っているのが常の寮で、二人の部屋は常にカーテンを開けっ放しではあるが、お互いに干渉しない時間というのも勿論ある。
 今がまさにその時間で、涼斗は自身のベッドに腰掛けて、壁を背に雑誌を捲っていた所だった。友人から借りた今月号のファッション雑誌で、来週一緒に買い物に行く予定だったのでなんとは無しにチェックしていた。
「面白い、か?」
 何を着ても必要以上に格好良い――とは恋人の贔屓目ではない筈だが――王子はあまりファッションに興味を持たず、自身が近付くのにも気付かずに居た涼斗に大して、そんなに熱中していたのかと首を傾げた。
「いや、考え事してた」
 別に隠す事も無いので素直に白状する。
 というか、本当に近い。
 涼斗はベッドに足をさらけ出してその上で雑誌を覘いていたのだが、王子はその足を跨ぐ形で膝をつき、涼斗の腰の辺りで両手をついている。つまりは馬乗りされているのだ。
「へえ、偉く集中した考え事だな」
「うん、ちょっと昔の事を思い出してた」
「昔の事?」
 王子は面白く無さそうに鼻を鳴らし、涼斗の手から雑誌を奪い取ると背中越しに投げ捨てた。人からの借り物なので抗議の声を上げようとすると、王子は剣呑な瞳で、口元だけ笑ってみせた。
「昔の男でも?」
思い出してたのか、と聞く代わりに王子が首筋に頭を埋める。舌の這う感触に一気に力が抜ける。
そのまま壁をずりと滑り落ち、押し倒される。王子の瞳が見下ろしてくる。涼斗の過去を知らない王子に宿る瞳のそれは、嫉妬と呼ぶには足りない。きっと噂で涼斗の付き合っていた相手位は知っていようし、体を開いた相手が自分で無い事も行為で悟っていようとは思う。けれどその相手に向けていた涼斗の純朴な想いは知らない。だから、からかう程度の嫉妬心。
 知らなくて良い、と涼斗は思う。今自分が好きなのは、愛していると言っても良いのは、王子なのだから。王子だけなのだから。
 涼斗は王子の瞳を見返しながら、にっこりと極上のスマイルを浮かべた。
「まさか」
 そうして精悍な彼の頬を撫でて、その首に両手を絡めて引き寄せた。
「シャワー、浴びたの?」
 抱き寄せた体からは石鹸の匂い。まだ乾き切っていない雫が、王子の髪を伝って落ちた。
「ああ」
「じゃあ、終わったんだ?」
 ティーシャツ越しに肌を撫でられ、涼斗はくすぐったそうに身を捻る。口からは小さく笑みが漏れる。
 問いには応えず唇を唇で塞がれて、舌に舐め上げられて涼斗は王子の熱い舌を受け入れながら囁いた。
「焦らし上手」
 それは上等な誘い文句だったし、最上級の甘えでもあった。普段ならけして言えない言葉に、王子は目を細めて面白そうに笑って、きつく抱きしめてくれる。
 密着しあったまま唇を重ねて、口内をあさって、唾液を啜りあって、角度を変えて深く深く求め合う。何度も何度も、混ぜあう吐息が官能を帯びても、唇を離す事が出来ない。
 絡めあった舌がお互いの口内を行ったり来たり、生き物の様に蠢く。
「……ぁふ……」
 嚥下し切れなかった唾液に思わず漏れた吐息は、完全に熟していた。
 また舌と舌を突き合いながら、至近距離で見詰め合う。
「ん……」
 王子の手が動きを再開し、いつの間にかティーシャツの中に滑り込んだ骨ばった指が、胸の突起を緩く捏ねた。
 びくり、と跳ねた腰をもう一方の腕が抱き寄せ、王子の唇が音を立てて離れる。
「ふ……」
 王子の唇が顎から首筋へと下りていく。熱い舌と息の感触が直に触れると、涼斗の唇からは声が溢れて留まらない。何とか手の甲をでそれを押し留めるが、王子の性急とも思える動きに頭が麻痺して、隣に聞こえるだとか、見っとも無いなんて考えは、どんどん薄れていってしまう。――まあ、今更ではあるが。
「んぅ……」
 胸元に辿りついた王子の唇が、既に立ち上がった突起を挟んでくいと引っ張ると、それだけで下肢に緩い熱が溜まる。左の突起は王子の右手に押し潰され、かと思うと爪先で軽く弾かれ、左の突起には荒々しく噛みつかれ、舌先で突かれる。緩やかでいて直接的な攻めは、王子の昂ぶりを涼斗に教えてくれる。
「あっ――んん……おう、王子ぃ……っ!!」
 腰に絡まった王子の腕が、背を撫でてから、ジーンズの中に侵入を果たす。双丘の片方を弄り、割れ目をなぞる動き。
 王子の器用な手は、そのまま涼斗のズボンを脱がしにかかる。
「んん……」
一気に引き下ろされたズボン。外気に晒された涼斗の分身は、その身を立ち上げて震えていた。
 何時だって涼斗の体は、王子に触れられるだけで感応してしまう。その瞳に捉えられるだけで、心が震え、体が熱を訴える。
 その瞬間、たまらなく王子を好きな自分に気付いて、涼斗は不毛な想いを笑う。
 こうやって王子の愛撫に喘いでいても、頭の片隅では常に、冷えた思考が働いている。
 王子の荒い呼吸が耳に吸い付く。耳朶を食むように唇が滑って、耳の中を舌が蠢く。胸の突起を甚振っていた指はいつの間にか涼斗の男根を擦り上げるように添えられて、涼斗はただ喘ぐ。
 下肢に王子の中心を感じるだけで、それが自分の体に欲情して反応している事を知るだけで、涼斗の分身は勢いを増して昂ぶる。
「涼……」
 甘い吐息が痛い。
 双丘を揉みしだいていた指が、後を掠めた瞬間、涼斗は大きく身じろいだ。
「うぁ」
「……涼斗っ」
掻き抱くように強く抱きしめられ、双丘を割られる。熱い指が皺を伸ばすように動き、先端を後ろへ突き刺した。
「あうっ――」
 慣れた体に、痛みは無い。何度も何度も男を受け入れてきた蕾は、潤滑油無しでも既に準備出来ている。
 それでも王子の優しい指は前から溢れる蜜を掬い取って、塗りこめるようにして後を開いていく。
 指は一本から二本へ、抜き差ししながら奥へと侵入を果たす。
「んっ……」
 人差指の第二関節を曲げて熱い中を確かめるように、王子の指が回る。肉壁に王子の指の形が押し付けられて、涼斗は喉を仰け反らせた。
 その喉へ噛み付くように王子の唇が喰らいつく。
「んっ……あぁっ!!」
力強い腕に、涼斗の体は簡単に裏返された。シーツを両手で握りこみ、背を走る快感に耐える。そんな涼斗を勇めるように、王子は涼斗の白い背に舌を這わせた。
「んあっ……っく……」
 三本へ増やされた指が、涼斗の蜜を潤滑油に水音を響かせて出入りする。
 身じろぐ度にベッドに押し付けられた半身が擦れて、そこから何とも言えない快感が生まれる。
 直接触れられてもいないのに、既に白濁を零し始めた淫猥な雄。
 王子の指が引き抜かれ、強引な腕が涼斗の腰を引き寄せた。
「あ……」
 蕾に熱い塊が宛がわれたのが分かる。それは猛った王子の雄。
「涼斗っ」
「あぁ……!!」
 指とは比べられないうらいの容量を持った王子の半身が、ずぶり、と一気に突き立てられた。
「んぁあっ」
肉癖を掻き分けて、王子の長く固い立派なそれは、涼斗の体に楔を穿つ。
 何時もは排泄器官でしかないアナルに男のペニスを受け入れて、涼斗は甲高い悲鳴を上げた。
 その叫びに情欲を煽られたのか、涼斗の中で王子の雄がさらに膨れた。
「くっ」
 絡み付いてくる相手のそれに、呻きを漏らしたのは果たしてどちらだったのか。
 王子の腰が淫らに挿入を繰り返す。
「んあ……んっ……いぁ!! やっ――あっ」
 小刻みに揺れる腰に合わせて、涼斗の喘ぎが室内に響く。
 濡れた声は更に王子を猛らせ、獰猛な雄が涼斗の許容範囲を超えて激しく腰を打ち付けてくる。
 余裕の無い動きは、久しぶりのそれだからなのだろうか?
 王子の荒い息が頭の上から降ってくる。
 愛撫する事も忘れ腰を掴む両手。欲を追ってがむしゃらに出し入れを繰り返す雄。
 そうさせているのは自分なのだ。
 そう思うだけで心が震える。
「んっん……いっ……ぅあっあ……」
 頭の芯が痺れ、涼斗を快感の渦に巻き込んでいく愛しい男とのセックス。
 それを全身で感じながら、けれど。
 もっともっとと王子を誘い、離れないでと懇願する自分。
 ずっと傍にいて。
 きつく抱いていて。
 離れられない程溺れているのだ。愛しているのだ。
 だから足りない。
 もっと頂戴。
 もっと強く、それこそ窒息するくらい。
 君の腕の中で君を受け入れて、何もかも忘れるくらい追い立てられて、そしていっそ絶えてしまいたい。
 言葉じゃ足りない。
 体を繋ぐだけでも足りないんだ。
 ずっとずっと一緒に居て。
 言葉の変わりに伝えようと、更に甲高く喘ぐ自分。

 その頭の片隅で、冷めた自分が笑った。




”――その人は、いつかは離れてしまうのに――?”







 







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2007