03 指が肌をすべる感触 00


 携帯の番号やメールアドレスを、梓本人が教えてくれた事は無かった。
 連絡手段に、と頼み込んだのに、何時も家に来るのだから必要ないだろうと素っ気無く拒絶され、僕は千佳さんを頼った。千佳さんはあっさりと教えてくれたが、梓はその事に大変腹を立てたようだった。
 それでもメールを送れば、四回に一回程度は返事がくる。その内容も、僕の長文に対して一言のみ、というものが殆どだったが。
 梓のその拒絶が、何故かなんて分かってる。
 理由も説明せずに切り捨てた、一年と少し前。
 僕の勝手な事情を押し付けて、懐いてくれた小さな従姉妹の手を振り解いた。
 わけも分からず「行かないで」と泣いた女の子は、もう何所にも居ない。
 屈託無く笑う、僕の可愛いお姫様。
 壊したのは自分だ。
 逃げ出したのは自分だ。
 そしてまた、勝手な言い分で繋ぎとめている。
 そんな事は良く分かっている。

 深夜になっても帰らない梓を、その年頃の子供がたむろしている街中に探しに出た日。
 無理矢理にでも連れ帰ろうとした、ある夜。
 僕は、目的を達成する事も無く、一人、マンションへ帰った。

 明らかに未成年の集団の中。
 朗らかに笑う梓は、僕には遠かった。
 何時からあの笑顔を見ていないだろう。
 金髪の少年と笑い合う梓の、安心しきったような笑顔を、僕はもう失ってしまった。

 分かっていた。
 ――分かっている。
 僕は梓に相応しく無い。
 でも、それでも、梓を手放す事なんて、出来なかった。





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