02 今、舌舐りしたでしょう 02


 学校から帰ると、大樹は当然のように、そこに居た。
 リビングでテレビを見てる姿は、まるで昔と同じ。思い出す限りの大樹は、何時だってそこでアタシの帰りを待っていてくれた。大樹の方が遅いような日は、まずアタシの部屋にやって来て「ただいま」と言ってくれるのだ。
 そういう所は、今も変わらない。
 でも、出来てしまった溝を埋める事は容易くなかった。
 大樹のその『当たり前』を、自然に受け入れる事は、もう出来そうに無かった。
「おかえり」
 と優しく微笑んで言われても、「ただいま」と返す事はもう出来ない。駆け出してその胸に飛び込む事も、笑顔を返す事も難しい。どうしても、仏頂面になってしまう。
 その度、大樹は少しだけ寂しそうに笑う。
 そしてアタシの胸が、鈍く痛むのだ。
 もう、元には戻れない。
 そんな事、大樹もアタシも分かっている。ならばこそ、この不毛な関係に終止符を打つべきじゃないのだろうか。
 でも、アタシにそれを告げる事は出来なかった。
 愛の言葉を囁くのと同じ位、アタシには、難しい事だった。



 高みに昇った身体に、容赦なく大樹が入り込んでくる。
 既に慣れた圧迫感と、甘い疼きを、アタシは手の甲に噛み付いて宥める。
「声、出して」
 そんな風に耳元に熱く吹き込まれ、思わず震えた。
 出来る筈が無いだろう、という意味を込めて、いやいやするみたいに首を振る。
 ギシリ、とベッドが鳴いた。
 真下では無いものの、階下では両親が寝ているのだ。そんな中で喘げる筈も無かったし、そうでなくても無理だった。
 大樹の掌が肌を撫でていく。
 その指が触れていく箇所が、心臓になったみたいだ。
 おへそを上から押さえられると、その下の大樹の存在感が増す。
 目をきつく閉じて、快感をやり過ごす。声を噛み殺す。
「梓……」
掠れた声に名前を呼ばれて、苦しくなる。苦しいのは大樹を収める所なのか、胸なのか。
 ゆっくりと抜き差ししながら、大樹の手は容赦なくアタシの感じる場所を責めた。
 久し振りだからだろうか。今夜の大樹は何かが違った。
 大樹が忙しかったせいもあったし、アタシが夜遊びばかりしていたせいもあった。忍び足で玄関を出て行こうとした所を、タイミング悪く帰って来た大樹に捕まって今に至る。
 疲れている、と言った口で、すぐにアタシの唇に吸い付いた大樹は、抗議の間も無くキスの合間にアタシの服を剥いていた。
 羞恥はあったし、行為への恐れもあった。それでも、久し振りに触れた胸板の感触に、熱い舌に、疼くのも事実だった。
「嫌だ」
と情け無い声で拒絶しても、大樹は優しい声で「梓」と言うだけで、全てを覆していった。
 暗い室内でも目が慣れてしまえば、その表情も分かる。
 だから目を閉じているのに、瞼を撫でられるだけで、アタシの身体は自然に反応してしまう。
 大樹の顔を見るのは嫌いだった。
 特に、こういう行為に溺れている時は。
 大樹の瞳は熱を孕んで、色気たっぷりの男の顔をしている。年上の従兄弟でも無い、大人の男の顔。
 そんな表情を見上げて、アタシは無意識に息を詰めてしまう。
 失ったものの代わりに、新しく得たもの。変わった関係。
 ――そんなものは。
 指の隙間を零れていく細い砂のようにしか思えなかった。
 幾度掬い上げても、大切に囲っても、繋ぎ止めようも無い程、アタシの意思も大樹の気持ちも全て一緒に、流れていってしまう。
 大きな波を堪えるアタシの中心を這った指が、芽を摘む。
 大樹が、唇を舐めて笑った。

 大樹は一度果てても、すぐにアタシの中に戻って来た。
 アタシがギブアップを告げても、意識を飛ばしても、空が白み始めるまで、幾度も幾度もその楔を突き立てた。
 言葉は少なかった。
 何時もは無駄に甘い言葉を囁く唇は、ただただ吐息だけを零す。
 どうかしたの、とは聞けなかった。

 窓の外、高い空を鳥が飛んでいくのを見とめた。
 ――寒い冬が始まろうとしているのを、アタシは朦朧とし始めた意識の外で感じていた。





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