07 答えを失くした間柄
それが、ただ噂されるだけであればまだ良かった。
最初こそその理不尽さにキレたし、高橋への恋心云々どころでは無かった。
だけど人の噂も七十五日、なんて思えるようになったのは、私以上に菜穂が、羽田や真知子などの友人が、クラスメートが怒り狂い理解を示してくれたからだった。噂を不用意に信じ、助長させてしまった一端が自分達にあるとも謝罪してくれて、クラスでは穏便に過ごす事が出来たし、怒りの矛が教育指導の先生や担任に向いた。担任が総スカンを食らうような状態になって、私の気持ちがかなり楽になった。
だけど、何よりも。
女のやっかみというのはげに恐ろしい。
つまる所。
私と高橋がラブボテルに入ったとか付き合っているというのが嘘だとは知れても、一緒にご飯を食べて帰ったという事実は消えないのである。
「何であんたなんかが高橋君と一緒に帰ってるのよ!!」
という理由で、私は糾弾され続けた。
靴を隠される、教科書に落書きをされる、ロッカーが荒されるなんてくだらない苛めは中学校の時に体験済み、私の図太さはそれぐらいでへこたれたりしない。靴や教科書、ロッカーの中身は面倒だが、毎日保健室に避難させてもらって事が済んだ。
でも、お昼休みや放課後の呼び出しだったり、駅での待ち伏せなんかは無視しきれないのが現状だ。何より無視すれば後が面倒だという事は分かっている。長引くし。
彼女らは一度文句を言えば、多少溜飲を下げてくれるものなのだ。
だけれど彼女達にとっては一度でも、私にとっては日毎人が代わって責められるわけだから、たまったものでは無かった。
何より狡猾なのは、それを影で、誰にも知られない所で行うのだ。センセーショナルな噂が結局事実無根だと知れた学校内では、時々「そういえば」と話題にされるぐらいで、ほとんどが収束していて。男子の中では、終わった話だった。私がフリーである事に喜んだその一部の告白ラッシュが相次いだぐらいで、事なきを得たのだ。
それがまたさらに、女子の皆様には気に入らなかったようではあるが。
だから男子共はほのぼのしたものだった。
そして女子の皆様は、秋の大会の為に更に部活に打ち込むようになった高橋に迷惑がかからないようにと、そこだけは細心の注意を払っていたのだ。
嵐は、私にだけ訪れていた。
【本当に、ケンと付き合ってないんでしょうね!?】
いまだお疑いは晴れず。
付き合ってません、高橋に聞いて下さい何なら、と答えれば黙るのに。
【じゃあ何で一緒に帰ったのよ?】
それは偶然です。
【何その言い方、お高くとまってんじゃないわよ!】
だってそれが真実で、他に言い様が無い。じゃあ何ですか。すいません私が調子に乗っていました、強引に誘ったんです、とでも答えれば満足ですか。絶対嫌!!
【大体、一緒にお昼取ったりとか、何様なわけ!?】
それにはわけがあって。お互いの仲の良い友達同士がカップルだし、その友達と一緒にお昼を取りたいという心理からで、それをどうこう言われる謂れは無い。
そういうアナタ方こそ何様なんですか。自分が高橋と仲良くなれないからって、八つ当たりされても困ります、なんて勿論言えないけど。
――私だって、そもそも仲が良いんだか何なんだか……分からない。
第一こんな大事になってしまったら、もう一緒にお昼なんて取れる状況でもなくなってしまっていた。噂になってから二週間。
「佐久間君はお昼、高橋君と一緒に体育館で取るって。どうせすぐ練習するから」
大会が近くなったからというのも確かなのだろうが、大分気を使ってもくれているのだろう菜穂によって、それ以後お昼は別だし。元々それ以外に繋がりがあるわけでも無いから、勿論顔を合わせる事もすれ違う事すら少ない。朝礼や廊下などで高橋に目を向けようものなら恐ろしい女性陣の見咎められるから、意識して見ないように努めて、危ない時は始終俯いて。
携帯の番号だってメールアドレスだって知らない。お互いについて知ってる事なんて、アナタ達のお持ちの情報より少ないぐらいなんですよ。
――って。
大声でぶちまけたい。
でも何所かで「私達全然何でもないんです」なんて言おうものなら、
【じゃあ、一体どういう関係なのよ?】
とくる。
そんなの、私の方が聞きたい。
約束をしたわけじゃない。
ただ、高橋の雄姿を見てみたいとは確かに思ったんだ。
だけど、結局彼が喜んでいた練習試合を見に行く事も叶わなくて。
活躍した、シュートがすごかった、試合勝った、なんて話を、興奮するクラスメートに聞かされた時はやるせなかった。
私だって、見たかったよ。
高橋と一緒に帰った日は、何となく「見に行こうかな」なんて口にしたけれど。
恋人なんかじゃない。
友達なんて言える程でもない。
親友の彼氏の友達。
メシ友。
――今となっては、何も無い。