06 たったそれだけのこと、なのに


 ――その日の真相。
 他を凌いでのスタメン入りが相当嬉しかったのだろう、高橋のその時のテンションは良い意味で高かった。それこそ酔っ払いが箸が転ぶだけで笑ってしまう、っていうのと同じくらい、ちょっとした事でも楽しそうだったし、始終笑顔だった。それに、親切だった。
 どうやら一緒に帰ろうとしたのだってスタメン入りを自慢したかったらしく、私には良く分からない部活の話を延々口にしていた。部活の後でお腹が空いていたっていうのと、まだ話足りなかったのだろう高橋は、駅についても私を引きとめようとした。
 嬉しくなかったと言ったら嘘になる。
「一緒に飯でも食ってこうぜ、どうせ暇だろ?」
 心底からの喜色満面を、まだ見ていたいなんて乙女な事も考えた。
 だけど、私の中にあるトラウマが躊躇させた。ご飯を食べるのは良い。でもそれから帰ったら、もっと暗くなるし、帰り道に人が少なくなる。でもその道で何度痴漢やら暴漢にあったか知れないので、まだ人気のあるうちに家に帰り着きたかった。
 淡い恋心より何よりその恐怖が勝ったから、私は
「遅くなったら帰りが怖いから遠慮する」
って、やっぱりちっとも可愛くない言い方しか出来なかったんだけど。
 高橋は「自意識過剰だろ」って笑ったけど、あまり多くを詮索する気は無い様で。
「そんなら」
と続いた言葉に、頷いて踵を返そうとした私に、
「送ってやるから付き合えや」
って、そう言い出したんだ。思わず「はっ?」っと聞き返してしまったんだけど、その時にはもう高橋にとっては決定事項だったらしい。茫然と突っ立ったままの私の前で、携帯で家に電話して「今日飯食ってくからいらね」なんて連絡していて。
 断る暇が無かったものだから、どうしても話し足りないという高橋に付き合う事になった。
 でも結局行ったのは、色気も何も無いラーメン屋だ。そこでアルバイトしている店員が居たなら分かるはずだが、私達二人はどうやってもカップルらしくなかったと思う。私はいちいち高橋の揚げ足を取っていたし、相槌は適当だったし、会計は別だったし。色気のイの字も無かった。
 でもそういう遣り取りがかなり楽しかったのは認める。高橋も私が話に突っ込めば嫌味を返しながらも笑ってた。
 二時間近くお店に居て、その後約束通り送ってもらったけど。
 それだけだ。
 高橋のハイテンションの弊害。
 だから、しばらくすれば真実なんてすぐに露見するだろうし、収束するだろうと思ってたんだ。

 偶然一緒に会って、ご飯を一緒して、送ってもらった。
 
 ――たったそれだけのこと、なのに。

 私は高橋人気を甘くみていたらしい。

 休み明けの学校では、全校生徒がその噂を聞き知っている気配だった。今まで私の注目度はそう高いものでは無かったのに、【バスケ部の期待の星、イケメン高橋の彼女】という肩書きで時の人と化していた。
 しかも次週のバスケ部の練習試合で高橋がスタメンだという話題も手伝って高橋への期待は凄まじいものがあって、今まで女子という女子を袖にしてきた高橋に彼女発覚、乗りに乗ってるなという具合であっという間に広がってしまったらしい。
 しかもその内容が、事実無根の話に摩り替わってしまっていて、学校に行くなり高橋と揃って教師に呼び出されるという有様だった。
 つまりは。
【学校帰りにラブホテルに行った】
 という、噂の真偽についての確認という名目で。
 私も高橋も聞かされた時はぎょっとして、二人で呆気に取られてしまった。
 教育指導の先生とお互いの担任と、そして高橋の顔を交互に見て、私の顔が瞬時に不機嫌になった。
「そんな事、ありえません」
 ふつふつと湧き上がってくるのは怒りだ。そんなくだらない根も葉もない、根拠も証拠も無い噂話で、呼び出しをくらう程私の素行は悪いのか。
「いや、勿論疑っていたわけじゃないんだ」
 なんて、今更のように言い訳をする担任を睨む。
「一緒に飯食っただけっす」
 高橋も憮然と唇を尖らせた。
「本当か?」
「当たり前です!」
念を押す教育指導に噛み付く。
「まあ、俺らもなぁ……お前らがそういう事するような奴じゃないってのは分かってるんだが。一応、確認でな」
「証拠があるわけでもないのに、疑うような真似して悪かったな」
 私達の態度に、両担任は頭を掻いた。だけど、
「これからは、疑われるような態度は慎みなさい」

――って!

 ありえない、この教育指導。名前も知らないけど!
 横を見れば、高橋は無表情。でも横から見ていると頬にすっごい力が入っているのが分かる。私と同じように奥歯を噛んで堪えている。
 フォローするように、担任が声を上げる。
「悪かったな。もう授業が始まるから、早く教室に帰んなさい」
 ――それが謝罪かふざけんな!!
 そうは思いながらも、
「「……失礼します」」
 私も高橋も、低くそれだけ吐いて、指導室を出た。

 後手にドアを閉めて指導室を出ると、押し込めたやり切れなさが再浮上して来た。
 酷い勘違いだ。
 とんでも無い横暴だ。
 いじめだ。
「ちっ」
 高橋も恐らく同じ気持ちなのだろう。彼は舌打ちしただけで、さっさと廊下を歩いていってしまった。私に何の声も掛けなかったし、私も掛け様とも思わなかった。
 お互い被害者だったけど、今口を開けば、とんでもない事を口走ってしまいそうだった。
 とてもじゃないけど、同じ怒りを共有するなんて事は出来そうになかった。

 ――そうして私達が二人揃って指導室に呼び出された事実も、瞬く間に噂になったのだった――。





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