05 少しだけ速まる鼓動
基本、告白と思しき呼び出しには出向くようにしている。好意を持ってくれた相手に失礼だという以上に、誰だか知らない人に好かれているという状態が気持ち悪い。会った所で見覚えの無い相手だったとしても、だ。ただそれは身元が確実である場合に限って、学校以外での呼び出し等は応じない事の方が多い。変態さんだったら本当に困るし。
しかし、昨日図書室で三年生に告白されたばかりだ。
二日続けての告白なんて初めてじゃないか、等とそれ以外の呼び出しを全く想定していなかった私は、お昼休みの校舎裏に何の気概も無く向かった。
そして呼び出し相手を見て、瞠目した。
七人の女の子は、全員同学年だ。私の学年から制服のスカートが濃紺系のチェックから赤が混じったチェックに変わっていて、二年生以上は旧式のままだったから良く分かる。
その女の子達のリーダー格と思しき子は、いかにもな、きつめの顔。コテで内巻きにされた赤茶の髪の毛も、付け睫毛を装着して重たそうな目元も、短いスカートも、典型的なギャル。その取り巻きに近い友人達も同様な装いだ。
「菅野さんさぁ!!」
また今日も告白かぁ、面倒だなあ――なんて、誰かさんを彷彿とさせる思考を浮かべていた私は、自惚れが過ぎるだろうか。
こういう呼び出しも何も初めてじゃ無いのに、全く思い付かなかった程だ。
「一体どういうつもりなわけ!?」
あっという間に壁際に追い込まれ、囲まれてしまう。
どういうも何も、私が一体何をしただろう。彼女達とは面識も無いし、高校に上がってなるべく目立たない様に努めてきたお陰で、思い浮かぶ限り敵視される謂れは無かった。
中学の頃は、うっかり同じ部活だからと挨拶しただけの先輩の彼女とやらに、「人の彼氏に色目使うな」とか不条理な事を言われたりもしたけれど。
今の所、私の『平穏に過ごそう計画』は不備が無い。
「ちょっとキレイだと思ってさあ」
「調子に乗り過ぎなんじゃないの?」
取り巻きその1と2が、リーダーに追従するように声を荒げる。
調子に乗るって、どういう事だ。それとキレイだという事がどう関係あるのだ。
というか本題は何なんだろう。
こういう状況に慣れっこな私は、呑気にとも思える声で「はあ」と相槌を打っただけ。
また頭の中であさっての事を考え出してしまう。
(……お腹空いたんだけど、これ何時終わるのかな……)
「アンなんて、中学の時から好きなんだから!!」
アンて誰だよ。っていうか、男の方は誰なの? 昨日の先輩か?
「里香なんて二回も告白してるし」
――それでも諦めてないって事? スゴイけど、他の男に行けばいいのに。そんなにいい男か、あの先輩が。
彼女らが心を寄せる相手が、私の中では図書委員の三年生に限定されている。
「同じ中学でも、顔覚えてもらうのだって大変だし!」
「喋るのだって、難しいんだから」
どんだけお高いんだ、あの三年生。
でも私、名前すら知らないんだけどなあ。
背中に回した手を、意味もなく捩ってみる。
俯いたのは何も彼女たちが怖かったわけではないけど、それで彼女たちの意気は俄然盛り上がったようだ。
「何様のつもり? 学校の男は全部自分のものにしたいの!?」
「綺麗だと得よね! すぐに顔覚えてもらえて!!」
生憎そんな貶し言葉はちっとも痛くない。
「でもね、結局彼はあんただって眼中に無いんだからね!」
(いや、もう振った後なんですけどね)
勝ち誇ったように顎を持ち上げたのはリーダーだ。結局そう言いたかったらしいが、それはそのまま自分たちも眼中に入っていないって事で、自分達の首を絞めてるって事に気がつかないのだろうか。
勿論私はただ黙って彼女達の話を聞いていた。言いたい事を言わせてしまえば、満足するのは目に見えているし。どうしても長くなりそうだったら早々に謝ってしまえば良いと思った。私はあの三年生にはこれっぽっちも興味が無いのだし、「そんなつもりじゃなかったの。もう近寄ったりしないわ。何なら図書委員の当番の日、私の代わりに仕事してくれない?」とか言っておけば良いだろう。最も間違いなく、今後当番が一緒になる事はないだろうけど。
「だから、彼の周りちょろちょろすんなよ!!」
「初めてのスタメンで、部活だって忙しくなんだから! 昨日みたいに帰り待つとかしてんじゃねーぞ!!」
リーダーが凄まじく低い声ですごんだ言葉に、私はぎょっと目を見開いた。
とんだ勘違いだ。それは酷い。
委員会の仕事をまさか放り出すわけにも行かないし、第一待ってたって何だ。むしろ置いてかれたんだけど。
しかも初めてのスタメンって!! あの先輩が何部かも知らないけど、三年になって初めてって、え、それ格好良いの。駄目な部類じゃないの。そもそも三年生まだ部活やってるの!?
今はもう10月になっている。三年生は夏の大会を最後にとっくに引退済みじゃあ――。
「え、待って。彼って誰の事、」
「今更何言ってんの!?」
どうやら話の対象が件の三年生では無い、と思い至った所。正面をガードしていたら有り得ない方向から、後頭部にとんでも無いパンチを貰ったみたいな衝撃を受けた。
「ケンの事に決まってんだろ!!」
――それも、とんでも無い勘違いです!!
衝撃も覚めやらないまま、とりあえず彼女達から解放された私は、短くなってしまったお昼タイムを取り戻そうと早足で廊下を進んでいた。
胸の奥で何時もより存在を主張している心臓は、少しだけ速い鼓動を刻んでいる。
それは早歩きしている所為だけじゃ無い。
まさか昨日の偶然を、待ち伏せ等と言われると思ってなかった。一緒に帰ったのもたまたまだ。むしろ、一緒に帰らされた、みたいな。
付き合わされた、みたいな。
教室に帰ると、何時ものお昼席に居た菜穂と佐久間君が同時に顔を上げて、菜穂が手を振ってきた。
「お帰りー? 今日はどんな人?」
菜穂は何時も告白の相手に興味心々だ。小動物のような大きな目を瞬かせながら、可愛らしく小首を傾げてみせる。
私は隣の席に座って、「んー」と言いながらお弁当を取り出して。広げながら、
「ギャルが7人?」
菜穂を真似して顔を傾けながら答えた。
「え、それって?」
佐久間君のほうがびっくりした反応を見せて、菜穂はああそうなんだーと呟いた。中学時代で慣れっこの菜穂だから、佐久間君の反応は新鮮だった。
「高橋の周りチョロチョロするなだって」
あれ、そういえば。
「高橋は?」
その本人の姿が無かった。向かい合った机は何時も通りなのに。
「お昼食べ終わったらすっ飛んでいっちゃった」
「スタメンになって張り切ってるからねぇ」
佐久間君のいやに間延びした声に、私は水を差す。
「っていうか、佐久間君はいいの。ライバルが先行っちゃってるのに、焦らなくて?」
「んーオレはねぇ……菜穂と居る方が大事だから」
にっこり笑顔が菜穂を見て、菜穂が照れたように俯いた。
――バカップルめが!!
私の苦手な少女漫画みたいな、甘々ラブラブな雰囲気が隣に出来てしまった。しかも自分の所為で。
私はあえて二人を無視して、ご飯を掻きこむ様にして窓の外に目をやった。
しかし、そっか。
高橋はもう行っちゃたのか……なんて、残念な気持ちになりながら。
「まあでも、実は練習付き合う約束しちゃってるので。オレも行きますわー」
等と思っていると、菜穂の食事が終わるのを見計らってか、佐久間君が立ち上がった。うーんと伸び上がる長身。運動部らしく日に焼けた腕が、捲くった袖の下に見える。
それを菜穂と二人で見送って、「青春だねぇ」なんて年甲斐も無い感想を漏らした所。
「あのさー、菅野ぉ」
控えめな声が私にかかって、私は顔を上げた。クラスメートの羽田と真知子の二人組みは、普段からわりと仲が良い。明け透けな羽田は気楽に付き合える数少ない友人だ。その彼女が何時にない戸惑った顔で。
「あんた高橋君と付き合ってるって本当?」
聞きづらそうにしながら、その握った拳は何なのだ!?
どうにも佐久間君が教室を出るタイミングを狙っていたらしい。ともすれば私が先程呼び出された相手も、その内容も聞いていたに違いないのだ。
そしてこの質問。
「何なのよ、それは!!」
羽田や真知子だけじゃない、教室の半数以上の目が私の方を向いている。
何故今日はこんなに高橋の話題に晒されなきゃならないのか。私と同じように驚いた顔の菜穂に見上げられて、思わず立ち上がってしまった私に。
「いや、噂になってるんだよ。あんたが高橋君と付き合っているっていう……」
「そうそう、最近一緒にお昼取ってるしさあ」
かなり真剣な顔と戸惑った顔が半数、からかいを含んだ視線は少数。兎に角クラス中の女子の目が私を見据えている。気のせいかにじり寄って来ているような気もする。
私は言い訳するように声を上げる。いや、事実でしかないんだけど。
「それは菜穂と佐久間君に付き合って、」
「それに昨日デートしてたって」
しかし私の主張は遮られた。
「デート!?」
何ソレ、と今まで傍観者気取っていた菜穂が、悲鳴じみた声を上げる。
「ちょ、違っ!」
「何でも高橋君が部活終わるのを菅野が校門で待って、一緒に帰って行ったとか。で、駅近で一緒にご飯食べた後、電車に乗って消えた……と」
「高橋君って地元なのに、その後何処に消えたのかなぁ?」
ゴシップ大好きな真知子の言葉尻は完全にからかう色。
「理子ちゃん、どういう事!?」
口を開こうとしたら「あたし聞いてないよ」と、詰め寄った菜穂に襟首を掴まれて揺さぶられた。
「いや、だからそれは、」
「バスケ部の目撃証言と、あんたが飯食った店のアルバイト君がうちの学校だったらしいからすっごい信憑性があるって」
「すっごい速さで噂になってるみたいよ。あ、消えた先がラブホだとかいう話もあるけど」
――昨日の今日で尾鰭満載かよ!!