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12 獣の住む城 7



 手を取り合って走っていた二人の子供が、数歩先に進んで足を止めた。
 セルト姫は小首を傾げ、ネヴィル君が訝しげに顔を顰める。
「ツカサ? どうしたのだ」
 その段になってやっと、自分もまた足を止めていた事に気づいた。
 セルト姫の手を引いて、ネヴィル君が近寄ってくる。
「どうした?」
 暗闇の中、その目はやはり、鈍く光彩を放っている。けれど光源を跳ね返しているというわけでは無い。
 呆気に取られて固まる俺を、見上げてくる双眸。
 短く息を吐いて、けれど言葉にならずに、俺は小さく頭を振って俯いた。
 瞳が光る、その事を、どう伝えて良いのか分からなかった。俺にだけそう見えているのか、それともこの世の常識なのか、分からない。ただ言い方を誤れば、またネヴィル君の不興を買ってしまうかもしれない。
『疲れたのでは無くて?』
 様子を伺っていたセルト姫が、ふいに言う。
『ねえ、ヴァイゼ(将軍)。お義父様はまだお戻りにならないの?』
『いいえ、本日はまだ』
『そう。では、カティ・エスカーニャはわたくし達と夕餉を摂っても構わないわね?』
『陛下からは、各お客人の部屋に食事を運ぶように言い付かっております』
『なら、決まりだわ』
 何時の間にか近付いていたヨアキム将軍と、セルト姫がそんな会話を交わした後。
 期待に満ちたセルト姫の瞳に見つめられながら、ヨアキム将軍がセルト姫の提案を通訳してきた。
「グランディア王妃、お疲れになりましたでしょう。夕食をご用意させて頂きますので、それまでに湯浴みをされては如何でしょうか。その後、ぜひセルト姫とご一緒に食事をして頂けますか」
「……はい」
 何とかそれだけ答えると、まだ訝しげなネヴィル少年を引っ張って、セルト姫とお付の方々が去っていった。
 俺は心配げなクリフと、ヨアキム将軍に促されて、一度部屋へ戻る事になった。
 ふと視線を巡らせれば、何時の間にかサンジャリアンの少女の姿は無かった。
 遊び始めた時には、クリフの外套を巻いてまだそこに居たけれど――あの子は、一体どうなっただろう。
 気掛かりが一つ、増えた。



 大きな浴場を贅沢に独り占めして、セルト姫とネヴィル君と夕食を食べた。
 室内でのその瞳は、光る様子は無かった。
 打ち解けた二人の子供に質問を浴びせ掛けられて、それに答えている内に、時間はあっという間に過ぎて――。
 日が変わろうという頃、リカルド二世が部屋に帰って来た。
 それまでの間、俺はルカナートのメイドさん達に寝巻きに着替えさせられ、肌や髪を整えられ、甲斐甲斐しく世話を焼かれていたので、他の誰とも会話をする事も出来ず、陛下の帰宅でやっと出て行ったメイドさん達を待って、長々と疑問に思っていた事を聞くに至った。
「……目が光った?」
 対面のソファには陛下、そして下座に置かれた椅子にはライドが座って、晩酌を共にしている。
 俺の説明を聞き終えてから、リカルド二世はそう言って、僅かに目を眇めた。
「……それがどうした?」
「何だ、お前の世界ではそういう民族は居ないのか?」
 当然、といった顔の二人を見て、何だか少しホッとしてしまう。
「居ないよ、そんなの。瞳の色が民族で違う、くらい」
「ふーん」
 それが当たり前、だというのなら、良いのだ。いや、良いというのも可笑しな話だけれど――夜目が利く猫なんかと同じだと思えば、何とか、許容出来るというか。
「……あの、でも、何で目が光るの?」
「何でって……なあ?」
 ライドが唸ってからリカルド二世に視線を流すが、陛下は沈黙を貫いている。
「それがダガートの民の特徴、としか言えねぇけど。一般的に、バーリアンは金目だし、サンジャリアンは赤目だし、それと同じとしか」
 確かに、ラシーク王子のそれやサンジャリアンのそれを、初めて見た時には同じように驚いたものだけど。ラシーク王子の時には、それに加え、あの肌の色にも衝撃を受けたっけ。
「その特徴が大きく出ている奴等は、民族事の他の特性も色濃いぞ。エスカーニャ神もそうだが、サンジャルマ神も、額に瞳がある神なのは知ってるだろ?」
「……うん?」
 グランディアでの授業のおり、神話の勉強中に見た書物には、確かに二人の神はそのように描かれていたのを思い出す。
 俺が頷くと、ライドは更に話を進めた。
「サンジャルマ神は千里眼の持ち主だが、その末裔であるファルタニにも、同じような力がある。彼等の場合は、『サンジャルマの眼』を借りてのみだと聞くが――その瞳の色が鮮やかであればある程、その力も強い」
「サンジャルマの眼?」
「お前も見ただろう。額に赤い目を模した模様を描いたサンジャリアン。あの額の模様が、『サンジャルマの眼』だ。ファルタニはサンジャルマの眼を描いた人間の目を通して、同じ映像を見る事が出来る、らしい。サンジャリアンは他にも、生命力や身体能力が高いし、バーリアンは、バアル神の恩恵で戦闘能力が高い」
「じゃあ、ダガートの人も?」
「残虐さの象徴、とかな」
 鼻を鳴らして、ライドは忌々しそうに溜息を吐いた。
「ダガートの人間にどれだけの力があるのかは分かってない。夜になると屋外で眼が光るのは知られているが、それだけだ。正直、ダガートの情報は昔から驚く程少ないからな」
「……成程」
 酒瓶からワインのような赤い酒をグラスに継ぎ足すライドを、何と無く頷きながら見つめる。
 それで言うと、グラディアンの特徴は何なのだろう、と思う。ライドの瞳は炎の色合いだし、リカルド二世の瞳は薄青い。今まで出会ったグラディアンは青系から緑系の色の瞳が多かったが、ルークさんは薄紫だし、ハンナさんは茶目だった。
 そんな疑問が伝わったのか、ライドの瞳を凝視し過ぎだったのか。
 旨そうに酒を嚥下したライドが、唇の端を持ち上げて笑った。
「ちなみに俺の目が赤いのは、ブラガット家にサンジャリアンの血が流れてるからだ」
「え?」
「遠い祖先の話だから、その恩恵は余り無いけどな。俺は運良く、というか何というか、まあ、身体能力には困っちゃない。ブラガット家が騎士の筆頭で居られるのもそのお陰だと、揶揄される事もあるが」
 それから、と、ライドの目線がリカルド二世に向く。
「希少性で言うと、エディアルドのそれが一番だろうな」
 思わず、陛下を凝視してしまう。
 っていうか既に、その美貌が希少種な気がするんだけども。
 陛下は相変わらず我関せずで酒を飲んでいる――ものかと思われたが、小さく嘆息して、僅かにライドを睨んだように見えた。
 しかし飄々としたままのライドは、冷えた空気を無視ときた。
「エスカーニャ神の目で、絶えず開いているのは額の目だけなのは覚えてるな? その色が赤いのも?」
「うん、習った。そういえば、書物は全部双眸は閉じてた」
 エスカーニャ神は、数十年の単位で睡眠と起床を繰り返す。けれど一度そのサイクルを違えた所為で、世界に歪みが生じてしまった。それを補う為に十二人の分身を遣わし、サンジャルマ神を産み落とした。殆どの力を使い果たしたエスカーニャ神の睡眠と起床のサイクルが数百年単位に変わったのはそれ故だ――とか何とか。
 エスカーニャ神が目覚めている時間は、かの神の体感時間で一瞬。睡眠時間の方が遥かに長いが、額の目は寝ている間も開いていてサンジャルマの目を通じて世界を見ている。
 だから、書物に描かれるエスカーニャの双眸は閉じっ放しなのだ。
「エスカーニャ神の閉じられた瞳の色は、銀。瞳の色が薄い人間は、そのエスカーニャの寵愛を受けた者、だ」
 つまり、陛下の氷が張ったような瞳も、それという事か。
「更に、エスカーニャ神は額と双眸とで、二つの色の瞳を持つ。左右で別の色合いを持つ瞳は、もっとその恩寵を受けている、と言われるな」
 それは所謂、オッド・アイというやつだろうか。
「そこで、だ」
 ちょいちょい、と上向けた人差し指を動かして、ライドが俺に近付くように指示する。
 俺が顔を寄せれば、伸びてきたライドの大きな掌が、後頭部に当てられた。
 と思ったら、強く押されてリカルド二世の顔面が迫る。
「っ」
 すぐ近くで陛下と顔を突き合わせながら、制止。
「おら、良く見ろ」
 陛下は微動だにしないまま、視線を合わせてきた。
 どうして良いのか分からない俺は、それでも眼前の陛下の双眸の強さに、瞬きすら忘れてしまい――酷くうろたえた気分で、リカルド二世の瞳に映る自分を認識しながら――固まった。
「……」
「分かったか?」
 もう少し後頭部の掌に力が加われば、完全に陛下の顔に衝突してしまう。
 そんな気後れは、もう無かった。
 思うよりも早く、両手は陛下の頬に添えられた。というか、掴んだ。
 両側から叩くような勢いでリカルド二世の顔を挟み、まじまじと見つめる。
 一気に陛下の瞳に殺気が篭ったが、そうして感情が強く出たお陰で、更に、その奇跡は顕著に表れた。
「……」
 陛下の瞳は、確かに凍れる水面。ただし、左の瞳の方が僅かに、濃かったのだ。
 近付いてなお、微かにしか分からなかった差異は、一変する。
 鮮やかさを増す左目は、良く晴れた日の、暖かな空の色だった。
「エスカーニャ神の寵愛を受けた国王が、エスカーニャ神の恩恵である異世界人の王妃を娶る。この奇跡的な巡り合わせを、利用しない手は無いよなぁ?」
 俺にとっては何のこっちゃな囁きを笑みと共に零して、ライドはまた旨そうに酒を呷った。




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