外国人と高校生 02


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 一体何故、あんな展開になってしまったのか。
 痛む身体を引きずって何とか家に帰り着いたのは、ほとんど朝方。母親のお小言をスルーして自室に入った俺は、そのまま夜まで寝に入った。学校を無断欠席する羽目になったが、そんな事はどうでもいい。
 目覚めたのは母親の怒鳴り声の所為。何時も俺が家を出る前に両親は仕事に出ていたから、帰って来て俺が無断欠席した事を知ったのだろう。学校から電話が来てびっくりした、という様な事を30分ばかり聞かされた。夕食抜き、という今時ナンセンスな罰をもらったが、空腹も感じてないので素直に頷いておいた。
 ジェイクとのあんな事やこんな事が夢であればいい、と思ったけれど、気だるい身体はそのままだし、着信履歴にジェイクの名前があったしで、現実なんだと実感してうんざりしてしまった。友人のメールに混ざったジェイクのメールは英語で、これは読む気にもなれない。だが絵文字が入ったそれに本当に腹が立って、思わず携帯を力任せに折ってしまった。折りたたみのそれはディスプレイとキーの境で真っ二つに割れ、用を成さなくなった。
 携帯が無用の長物になった事も腹立たしいが、ジェイクへのそれは収まらず、二つになった携帯をベッドに投げつける。
 瞬間手首の痣が視界に入って、怒りが増幅してしまう。
 何だって、こんな事に!!
 何度考えたかしれない言葉を脳裏に浮かべて、俺は舌打ちした。
 楽しくバスケットに興じて、それで終われば良かったのに。
 適当な相槌から何故かチンコを捩られ、男の手の中で吐精させられた。拒絶しながらも気持ちよくなってしまった俺も俺だが、まだこれで終われたなら、オナニーの延長と思えたかもしれない。
 なのに、奴は!!!
 イッた後の虚脱感で微かに震えながら息を吐く俺に、キスをしながら自分のチンコを擦っていたジェイク。キスが深くなる間も、俺もジェイクも下半身を外気に晒したままだった。
 俺の肩を押しとどめたままのジェイクの右手が移動して、俺の頬を撫でた。それが何かの合図のように感じられて、瞑っていた目を見開けば、ジェイクの瞳の中には熱が篭ったまま。
 下唇を舐める表情は、男に言うのはあれだが色っぽかった。
 耳元で何事かを囁かれたが、英語なので意味が分からなかった。不思議そうに瞬いた俺がおかしかったのか、ジェイクが喉の奥で笑う。
 戸惑い気味にジェイクの顔を見つめていた俺は、信じられない事態からまだ完全に立ち直れて居なかった。
 だから、次のジェイクの行動にもすぐに対処出来なかった。
 否を唱える前に再び口を塞がれ、抗議の為にジェイクの胸を押し返してみても、その時には完全に捕らわれていた。逃れられない力で圧し掛かられ、右手は俺の胸から顔をしっかり固定し、左手は俺の後ろの孔を撫でていた。
 つまり、そう。アナルだ!!
 瞬間全身が粟立った。
 ジェイクの人差し指だか中指だか分からないが、それが孔を突きながら、大きな掌で双丘を撫でられる。
 普段排泄にしか使わない孔が、セックスで利用される事は知っていても、高校生という身分でそこに踏み込むのはまだ俺には躊躇われて、女のその孔にぶち込んだことは無い。大層気持ちがよいらしい、というのは聞いた事があるが、相手の方は痛みが尋常じゃないらしい。準備も後始末も大変だし、慣れるまで時間がかかる、なんて言うし、そういう事なら俺は前だけで充分満足だ。
 男同士の場合のセックスなんて今まで考えた事なかったが、知識としてその孔を使うのは知っている。
 まさか、まさか、まさかだが。
 ジェイクはガチのホモなのか、という疑問が浮かんでも、そこまで強いられるとは予想もしていなかった。というか、この事態が既に予想の範疇外だ。
 冗談だろ、という意味を込めてジェイクを見つめたが、ジェイクはただ微笑んだだけ。
「ちょ、マジ……?」
 口が離された瞬間に吐き出した疑問は、微かに震えていた。でも見っとも無いとは思わない。この状況は誰だって脅威にしか感じない筈だ。
 脅えた俺の胸元に下りたジェイクの手が、半ばまで捲くれていたシャツを更に上に引っ張る。首元で引っかかったそれに悲鳴を上げると、頭が浮かされ、と思ったらシャツを一気に引き上げられてしまった。そのシャツが万歳をしたような状態の俺の手首で纏められる。はっと思った時には完全に戒められた手が自由を失っていた。
 呆然としている間にもジェイクの動きは次に移る。
 ずり落ちかけていた俺の身体を抱き上げると、ベンチの上に横に寝かされた。
「ちょ、おい、マジに――」
 いよいよ持ってその可能性が高くなる。
「ふざけんなって!!」
 上半身が不自由だからと言って、まだ両足は健在だ。足首に引っかかっていたズボンとパンツを抜き取られた瞬間、俺は暴れた。思いっきりジェイクの腹に蹴りをくれ、逃げられると思った。
 ただそれは、ジェイクにとって予定通りの行動だったのだろう。
 腹に到達する前に両足首をジェイクに掴まれ、そのまま上に引っ張られた足のせいで、俺の尻がジェイクの眼前に突き出された。
 俺には次に来るジェイクの行動なんて予想がつかない。歯の根が噛み合わずに、ガチガチと鳴る音が耳の奥で木霊する。
 レイプされる女の子の気持ちって、こんな感じなのだろうか。こんなに恐ろしく感じるものなのだろうか。AVでは楽しめたそのシュチュエーションが自分に迫って、初めて同情した。
 俺の脚を折りたたむようにして、その上から体重をかけたジェイクが顔を近づけてくる。体勢がきつくて眉間を歪めれば、そこにキスが落ちてくる。まるで労わるような仕草が癪に障る。
「離せ、頼むから……っ」
それでもここは哀願するしかない。至近距離にある男の顔を見ながら涙の滲む瞳で懇願するが、ジェイクは切なげな吐息を吐き出しただけだった。
「タケル……」
艶っぽい声が俺の名前を呼んで、唇が塞がれる。口内を死守するつもりで必死に引き結んでいた筈の唇は、更に圧し掛かったジェイクの体重に圧迫された胸のせいで、自然に開いてしまった。滑り込んだ舌が、縮こまっていた俺のそれをすぐに掴まえる。逃げようと引っ込めれば追ってくる。吸い付かれ、歯列をなぞられ、上顎を撫でられる。行ったり着たりする舌から逃げる事に躍起になっていたら、尻を撫でていた手が動き出した。
 既に萎みきったチンコから精液を指先に塗りこめて、その指を後孔に当てて、孔の周りの皺に塗りこめている。
 それが分かって緩んでいた俺の身体に力が篭る。
「んぅ、ん〜〜んー!!」
 喉の奥で必死に叫ぶ。開放された瞬間に、顔を大きく振ってジェイクの唇から逃れた俺は、
「……ッギャー!!!!」
 思いっきり叫んでいた。
 ジェイクの指が一本、容赦なく孔に突きこまれていた。無理矢理こじ開けられる痛みに、口をついたのは悲鳴。
 夜闇に木霊する声も、近くに家屋がないから助けを呼ぶには至らない。
「まじまじまじ、いや! ほんと、勘弁!!」
 頼めるものがジェイクしか居ない。必死に訴えるしかない。
 俺は尋常じゃない痛みに顔を歪めながら、懇願した。
「本気で、ジェイク!! ノー!! だって!」
 突き刺さったままの指が中で折り曲げられたり、ぐるりと回転するたびに異物感と引き攣れるような痛みに、生理的な涙が瞳に盛り上がる。
 こんな柔らかさもない男の身体で、何故興奮できるのか。ジェイクの昂ぶりを太股に感じながら、だからこそこれが冗談でも何でもないんだって実感できて、恐ろしさしか湧いてこない。
「ノー、プリーズ!!」
 俺がどんなに叫んでも、ジェイクは意にも介さない。
 俺の脚事身体を左手一本で固定しながら、後孔に突き刺した自分の指を見下ろして小首を傾げている。
 その身体が屈んだと思ったら、
「〜〜〜〜〜!!」
 ぬるり、と。指とは違う、生々しい温もりが孔に触れた。柔らかくて、奇妙に脈動したそれが、何かは目にして初めて分かった。分かったけれど、信じられなかった。
 孔に中指を突き刺したまま、その孔に近づいたジェイクの唇から突き出た舌。その舌が、俺の孔の周りを舐めている。
 鳥肌が立った。嫌悪感と一緒に、何故かくすぐったいような浮遊感。
 唾液が尻の窪みを滴り落ちていく不愉快な感覚。
「冗談、」
 ぐにぐに、孔を押し広げるように動く指。ぴちゃぴちゃ、耳から脳を犯していく卑猥な音。月明かりを浴びた、整った男の顔。
 そのどれもが、これを夢にしてくれない。
 指の動きが段々滑らかになっていくのが分かる。
「ジェイク、ジェイ……マジ、頼むから…!!」
 指が二本に増えれば、圧迫感も増す。けれどそれだけだ。気持ちよさなんてない。気持ち悪さしかない。
 ぎちぎちと、ジェイクの指が動くたびに内側から壊れていくような感触がする。内蔵には到達していない筈なのに、まるで孔から侵入した何かに全身を引き裂かれていくような。
 ぼろぼろと流れ出した涙で視界が霞む。我が物顔で俺の秘孔を探る男を見ていられなくて、顔を背けた。
「っぐ……ぅ!!」
 不規則な俺の息遣いとは違う、ジェイクの興奮した荒い吐息。
 何度も往復していく舌の動きに合わせて、息がその部分に吹きかかっている。
「ジェイク、プリーズ…!!」
 勿論、やめてという意味で。
 それ以外の意味では、ありえない。
 ジェイクが、笑った。笑って指を孔から引き抜くと、また俺の上に圧し掛かってきた。両足首をぐいっと開いて、その足の間から身体を割り込んできた。
 近づいてきたジェイクの唇がてらてらと光っている。
 鼻と鼻がくっつくほど近くで、ジェイクの唇が笑みの形を作って
「タケル」
 甘えるような、ねだるような口調で名前を呼ばれた。
「タケル」
 もう一度。
「タケル」
 掠れた息が顔にかかる。
 ジェイクの瞳に移る俺の顔はぐちゃぐちゃだ。恐怖で歪み、震え、涙の筋を頬に張り付けた脅えきった顔。
 ジェイクが舌先で涙の筋を辿る。
「っ!!」
 そうして唇を塞がれた、瞬間。
 孔に感じるのは、指ではない。押し付けられた熱は、指とは比べられない程の。位置を確かめるようにして何度か、触れてくる。
 腰を引いて逃げようとしても、上から圧し掛かる重みに如何ともならない。
「んーっ!! んぅ!」
 絡んだ舌から逃れる。すぐに追いつかれる。掴まる。
 孔に、凶暴な切っ先が入り込んでくるのを感じて、俺は背中をしならせて、首を仰け反らせた。
 力任せに進入してくる熱棒は、凶器以外の何者でも無い。
「ぐぁ……あぐぅ!!」
 キスで塞がれた唇が大きく開く。痛みのあまり、そうしないと息が出来なかった。なのにそれを幸いと深く入り込んでくるジェイクの唇に、食われる気がした。
 躊躇わず、奥へ奥へ進んでくる昂ぶりに揺さぶられる。その度に肉が中へ中へ引っ張られて、引き裂けそうになる。滑りの無いその動きが、まさに、そう、身体を引き裂く。
 大粒の涙が零れ落ちていく。
 苦しい。頭上で戒められたままの両手を握り締め、それぞれの手の甲に爪を立てる事で痛みを霧散させる。
 頭の中で警鐘が鳴る。
「うぅ……」
 獣の唸り声のようなくぐもった声を上げながら、俺はその全てに堪えた。
 堪えるしか他に無かった。
 全てを収めたジェイクが、控えめながら容赦のないそれで俺の中を蹂躙するのを、唸り、悲鳴を上げながら、堪えるしか。
 やがてジェイクの精液か、俺の中の血なのかのお陰ですべらかな動きに変わっていっても、俺の上でがむしゃらに腰を振るのを見上げながら、泣いているしか。
 一度果てた後も、ジェイクは俺の中に居た。搾り出すように吐精して、何事かをまた英語で囁きながら、繋がったまま俺の身体を起こして。ジェイクの上に座りながら、向かい合わせにされる。体勢が変わるとそれだけで苦しい。痛みが増す。痛みをやり過ごすために背中に回った俺の手は、ジェイクに縋りつくような形になってしまう。
 屈辱的に思いながらも、どうする事も出来ない。
 すぐに元気になったジェイクの雄が、俺を下から突き上げる。
 意識をよそにやりたくて、俺からジェイクにキスを強張ってしまう。舌の動きに集中していれば、下の痛みが薄れる気がした。
 そうして何度も何度も揺すられる間、ジェイクが耳元で囁く言葉。英語で意味なんて分からない。というより、意味を考えている思考能力が無い。
 ただ何度も繰り返される自分の名前が、胸を苛めた。
 甘ったるくて艶っぽいハスキーボイスが、無性に腹立たしかった。
 どれぐらいそうされていたのか、開放された時、俺は当然の如く疲れ切って指の一本も動かせない状況だった。ベンチの上にあられもない格好で寝転がり、俺に膝を貸して優しく髪を撫でているジェイクを享受する他無かった。
 殴ってやりたい。罵ってやりたい。でもそんな体力は皆無で。
 髪から額、顔のラインを通って肩を撫でる男の手を、少しだけ心地よく感じてもいた。
 ただ流石に真っ裸で長時間いられる筈も無く、タオルで全身を拭いてもらった後は、痛む身体で何とか服を着た。真っ直ぐ立つ事も、歩く事も、しようとすると腰と後孔に響いて、その度に悲鳴をかみ殺して堪えた。
 それでも何とか自分だけで動けるようになると、ジェイクの手を振り解いてよろよろと家路に着いたのだ。
 しばらくはジェイクも気遣うように話しかけたり、よろける度に手を出してきたりしたけど、その度に大声を上げる俺に途中で怯んだ。家屋が近づいてくると足を止め、その後は背後が静かになったなと思ったら、もう姿が無かった。もしかしたらここら辺がジェイクの家で、その付近までついて来ていただけかもしれない。
 ヤリ捨てか、と腹は立ったが、一緒に居ればムカつくだけだし、それはそれで良かった。
 それに、大柄な男が捨て犬みたいについてくる姿は滑稽だった。
 それで若干は気持ちが浮上して、今度会ったら殴り倒そうと決めて、ゆっくりと家路を辿ったのだ。
 男に犯されるなんて経験、俺の一生に起こるなんて思わなかった事だけど。
 お互いにバスケットで盛り上がって、ついでのようにチンコを擦りあっていたら、欲望が滾ってああいう行為に及んでしまったのだろう。若者だもの、しょうがない――と納得は出来なくても、無理矢理現実として受け止めるくらいは出来そうだった。起こってしまった事態からは逃避できないのだ。
 ただそうは思っても、ジェイクへの怒りは消えない。
 人が必死に忘れようと努力しようとしたのに、昨日の今日で電話やらメールをしてくる神経がまず信じられない。しかも絵文字を見る限り反省している感じが全く無いのだ。
 辞書を開いて内容を理解する気なんて全く無い。
 むしろ内容なんてどうでもいい。
 せめて少しは反省して見せろっ!!!!



 ――結局ジェイクへの不満は抱き続けたけれど、自分から好き好んで会いに行きたくも無く、あの公園には近づかないようにしていたから、ジェイクに会うわけもなく。極めつけ、折れた携帯を買い換える際に番号を変更したから連絡手段も無く、後孔の違和感が消える頃には、ジェイクとの事は過去の記憶になった。
 あの日の事はジェイクと俺以外誰も知らない事。
 日々を馬鹿な友人らと過ごしていれば、あっという間に記憶の隅に追いやられた。
 簡単に、何時もの退屈な毎日へと戻っていく。
 ――のだと思ったけれど、あの日から二週間――そうは問屋が卸さなかった。

 なにやら騒がしい下校時間の校門。校門を過ぎていく女生徒が色めき立って居る様子を遠めに眺めながら、俺はゆっくりと校外へ向かっていた。
 居るわけ無いが、芸能人でも居るってのか、と興味も無いが考えて、ちろりと通り過ぎざま視線を向けた。
 ……すぐに、後悔した。
 校門の外の花壇に座っていた相手と、ばっちり目が合ってしまった。
 均整の取れた大きな身体。目立つドレッド頭。着ているのは隣町にある普通高の制服だ。国際スクールでは無い、普通の高校。紺地の学ランで、Yシャツのボタンを大きく開けている。胸元には十字架のシルバーアクセサリー。脇に鎮座しているのは、その男のものだと思われる単車。その単車にネットに入ったバスケットボールが下がっている。
 俺に気付いたそいつが、立ち上がった。
 少しだけ不機嫌そうに眉を上げつつ、口元には面白そうな笑み。
 記憶の中のそいつは、太陽の下で見ると雰囲気が違う。
 逃げる、という選択肢を忘れ固まったままの俺に近づいて来たそいつが、肩を回した後に伸びをした。
「出てくんの、おせーよ」
 流暢な日本語が、飛び出た事に目を見開く。
「なぁ、ターケールー君?」
 理解が、追いつかない。
 俺の両肩を掴んで、かがんだそいつが耳元で囁く。
「オレから逃げようなんて、百年早いぜ?」
 おまけとばかりに耳に息を吹きかけて、くっと細く笑う。その顔は、記憶の中のそれと一致した。シュートを決めた後の、実に嬉しそうな笑い顔。肩を竦めるようにして、無邪気さ一杯に見えた。
「……ジェイク?」
 呟けば、大きく頷かれる。
 言いたい事はたくさんあったのに、

「――この、嘘つきがっ!!」

 何よりもまず、口をついたのがこれだった。







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