ただ、何時も |
「なぁんかさ、最近変じゃないっスかぁ?」
「あ?」
「変だよ、変」
「お前が?」
「違うって!!」
寮の二人部屋――つっても、この空気は生まれた時から変わっちゃいない。
愛想の無いこの弟の態度も、ずっと変わんない。
まあ弟っていってもどっちが兄でもおかしくない双子っていう間柄。
「心配すんな。お前が変なのは今に始まった事じゃねぇから」
「だから違うっての!!!」
海外に住むのに反対したら、半ば強制的にこの学校に入らされた。中学からの付属高校に進学する筈だったが、そこには寮がなかったから仕方無い。
寮のある学校って事で二人一緒に詰め込まれて早二ヶ月。二人一組に扱われる事も昔からで、俺としては楽で良いのに。
両親は仕事柄海外住まいの方が楽で、俺達としても何時か継ぐ親の会社を思えば海外で暮らした方がそりゃ楽は楽なのだけど――しなくていい苦労はしない方が良いと思う。遊べる内は遊ぶに限る。
そういや日本に残る事が決まった辺りだ、コイツがおかしくなったのって。
「だからお前だよ、変なのは!!」
「どこが」
「そういうとこがっ」
冷静に返されると尚ムカつく。つうか雑誌に落としたままの視線が、だろうか。
「こっち見ろって」
「イミわかんねー」
イミわかんないのはこっちだっつうの。
はあと大きくため息をつかれて、俺は弟――自分とは似ても似つかない朋樹の顔を、無理矢理にこっちに向けた。
そうするとこいつは全身全霊で抗う。
「何で最近俺と目合わせねーの!」
「……そんなコトねーよ」
「ある!!」
言ってる傍から伏し目がちに、視線が下向いてる。ため息混じりに少し顔上げても、視線だけはずらしたまま。俺の目を真っ直ぐに見ない。
何なんだ、これ。反抗期か?
双子っていっても、顔も性格も似ても似つかない。朋樹の外見は親父似で身長も高いし、それなりに筋肉もついてて、顔も悪くねーし、モテるタイプの美青年だ。逆に俺はちまい母親似で、身長も朋樹とは十センチは軽く違う。いや、まだ成長期だからその内抜かしてやる。顔なんかも悪くはねーがたまに女に間違われるタイプで良くいって中性的な、悪くいって可愛い顔。性格も直情型の俺と、冷静沈着な朋樹。
双子って名乗ると、大概が「嘘だろ?」って顔をするのも、自分自身良く分かる。
けどお互いがお互いを知り尽くしてて、理解出来て、つーかーの仲って言える程仲は良いと自負してた。
喧嘩はたまにするけど、一緒に出掛けたりもするし、同じ服共有したりとか――双子ならではの醍醐味は味わってる。
だからこいつの態度が急変した理由がわからなくて――以前から片鱗はあったのかも知れないけど、俺にはわからなくて。
この学校に入りたくないって朋樹が言った時も、あの付属ならではの楽ちんさが離れがたいんだと勝手に思っていたけど。
もしかしたら。
否、もしかしなくても。
寮の部屋だって気兼ねしなくて良いって配慮で同部屋にして貰った時も、何かゴネてたし。
「……そんなに俺の事嫌いかよぉ?」
何がショックってそんな事に今頃気付いた事。
何時からだ?
何時から嫌われてんだ?
「俺、何かしたっけ?」
一気に意気消沈して、ヤバイ。もしかして結構泣きそうかも。
「何言ってんの?」
意味分からんって首傾げてる朋樹。
「俺の方が意味わかんね」
胸倉掴み上げて俯いて、高校生にもなって馬鹿みたいだ。涙だけは堪えようと顎を引く。
その俺の前髪を朋樹が軽く引っ張ってる。
「お前が変だよ……」
呆れたような声。そんな事わかってるって口内で呟く。
だけどこういうのは駄目なんだ。馬鹿みたいだけど。
朋樹の考えてる事が分かんないと何か不安で、歩けなくなる。朋樹は文字通り自分の半身だから、だから体の半分が融通利かないと不便でしょうがない。
「なあ、俺何かした?」
「だから何言ってんの?……つか泣いてる?」
「泣いてねぇ!!」
探るような声に無理矢理喉を逸らせると、涙の粒が意思に反して零れた。
かっこ悪い。何だコレ?情緒不安定?
「……泣いてんじゃん」
「泣いてねぇ!!」
目元を袖元で拭って、キッと奴を睨み上げる。朋樹は頭を掻きながら、やっぱり視線はどっか向いてる。
「なぁ……」
「何もねーよ。嫌ってもねーし、何もされてねーし」
「じゃあ何で」
「だから俺は変わったつもりないよ。前と変わんねーだろ」
「変わったよ、絶対」
「俺からしたらお前が変わった」
頭を軽く撫でられて、俺はえ?と小首を捻った。
「泣き虫」
「う」
「子供じゃねーんだから」
「う」
そのまま朋樹の手はぽんぽんと俺の頭を二度ほど撫でて、離れていった。
気が付けば俺は朋樹に馬乗りになってて、本当に子供みたいだった。
確かに、俺は変だ。でもそれは朋樹が変だからで。
半身が変だと身動きできなくて。焦って。だから。
変になる。
わかんない。
意味が。
理由が。
この焦燥感が。
恐怖が。
わかんない。
なんでこんなに――。
「そろそろどいて」
静かな声が、有無を言わさぬ響きを持ってる。諭すような、声。
「裕貴……」
それは柔らかい拒絶みたいだった。
俺はまた目に滲んだ涙を乱暴に拭って、のろのろと朋樹の上から体をどけた。
何時からだ?
何時から?
この噛み合わなさは何?
何時から?
どこから?
何が変わった?
俺の?
朋樹の?
「わかんねーよ」
呟いた言葉は朋樹には聞こえなかったのか、それとも聞こえていて無視されたのか返事はなかった。
朋樹は何もなかった顔で二段ベッドの下段に寝そべり、また雑誌を読み出した。
俺はたまらなくなって上段に上って、枕を抱きしめた。
また涙がこみ上げてきて、嗚咽を隠すように枕に顔を埋めた。
おかしかった。
子供みたいに。
情けないけれど。
俺は後から後からあふれ出す涙を止める事が出来なかった。
ただ何時も一緒にいて、これからもそうしていられると思っていて。
お互いがお互いの一番の理解者で、一番近くに居て。ずっとそうしていけると疑い無く思っていて。
本当に、ただ、何時も。
半身を失ったようなどうしようもない焦燥感が俺の胸を締め付けていた。
◆◇◆
啜り泣く声が、雑誌を捲る音に紛れて聞こえてきた。
高校生にもなってと呆れる反面、少し胸が痛む。
心を砕いてくれる事が嬉しいのと同時に、それが重くて仕方が無い。
だから、泣いているのだなと分かっても、特に何もしなかった。
願わくばこのまま、離れていってくれれば楽なのに――。
「……裕貴?」
物思いを解けば、嗚咽は何時の間にか規則正しい寝息に変わって居た様だった。俺は裕貴の様子を確かめる為に梯子を上って、顔だけを上段に覗かせて、そっと裕貴の名前を呼んだ。
思ったとおり、応えは返って来なかった。
寝ているようだ。
裕貴は枕を胸に抱きしめている。昔から、泣き付かれて眠る時は何時も何かを抱えていた。きっとでなければ安心しないのだろうが、そういう所まで子供っぽくて、我知らず苦笑が上る。
目元が赤い。少し腫れていて、涙の後が頬にくっきりと残っている。
「………ご免な……でも、」
躊躇いがちに腕を伸ばして、裕貴の瞼に触れようとして、俺は少し躊躇った。
梯子の右端を抱くようにして胸を押さえる。服を握り締めると同時に顔を背けて、唇を噛んで。
「俺、無理だわ」
一緒にいるの――と口内で呟いて、裕貴の柔らかい髪を一撫でする。
瞬間、胸が小さく鳴った。
滑らかな肌に影を落とす長い睫が掌に触れて、それだけなのに酷く動揺している自分に腹が立った。
どんなに自制を利かせても、想いは糸も簡単に箍を外す。
何度も何度もそんな事が続けば我慢出来るわけが無い。
俺は勢いよく梯子を飛び降りると、逃げる様に部屋を飛び出してトイレに駆け込んだ。
まだ門限まで何時間もある為、寮は静かだ。トイレには人っ子一人居ない。
後ろ手に扉を閉めてから大きく息を付く。
(何だってこんな日に限って――)
俺とは正反対の裕貴。姿形だって性格だって似ても似つかない、俺自身でさえ疑ってしまう、けれど間違いなく双子。
似てる所を探す方が難しい。好きな物、嫌いな物、得意科目苦手科目、女のタイプ、あらゆる事が、何一つ一致しない。
人好きのする裕貴。一匹狼気取ってる俺も、気付けば遠のいていた友人の輪に加わっていたり――そうやって何時も、誰も彼ものペースをぶち壊して己のペースに変えていく裕貴。
憧れる。惹かれる。
その感情に気付いた時、傍に居る事すら恐れ。
(何時か壊れる)
壊したくない。だから離れたい。
ただ何時も一緒にいた。ただ、何時も。
これからも何も変わらない。そう、裕貴も願う。俺も祈る。
それなのに。感情を巧く制御出来ない。
(何で双子なんだよ。なんで血が繋がってんだよ!?)
そう毒づいて扉に拳を打ち付けてから、
(いや――)
自嘲が口元に零れた。
(なんでそんな奴に――)
痛む拳を抱え込みながら、俺は掌に顔を埋めた。
ただ、何時も――。
願いは、それだけなのに。
novel next
2007