不機な横顔 1






 何時からか、なんて覚えてない。
 ただ父親同士が親友で、そのまた父親同士も親友で。
 だからオレ達も、当然のように親友だったんだ。

 何時からか、なんて考えた事無い。
 


 祖父同士が理事会の一員という事もあって、オレと大和は当たり前のように青葉学園に通ってた。お互いの両親が仕事柄海外と日本を行き来してたから、ちっさい頃から祖父母が親代わり。幼少部の時は祖父の屋敷から学校に通って、中等部に上がったと同時、寮にぶち込まれた。
 大和のじいさんが病に倒れたのが理由だったと思う。
 しばらくしてそのじいさんがおっ死んだ時の大和は、そりゃ見てらんねーくらいに落ち込んでた。オレも大和も猫可愛がられて育ったから性格にちっとばかし難があって、大和は人と上手く付き合えない所があったから、その当時の荒れ方は更に周りを嫌煙させた。
  追い討ちをかけるようにその後、大和の両親が飛行機の事故で逝った。年の離れた大和の兄ちゃんがオジサンの会社を継いだけど、色々揉めたらしいって事は聞いてる。大和はあまり話したがらなかったけど、葬式から一ヶ月休学して帰った時の憔悴はさらに酷かった。
 泣き笑いの顔で、無理してるのなんてバレバレで。
 見てるこっちが辛くなる位、必死に平静を装っているのが分った。
 オレは馬鹿だから上手い言葉なんて見つからなくって、ただオレの前でも平静を装うとしてその顔が無表情になるのが、痛々しかったし腹立たしかった。
 慰める方法なんて一つしか知らなかったから、抱き合う事でしか大和を救ってやれなかった。
 ――救えたかなんて、分らない。
 それでも大和が、癖になっていた眉間の皺を、抱き合って眠る夜だけ刻んで居なかったから。それで良い様な気がしてた。
 オレはそれに、阿呆みたいにただ、ホッとしていたんだ。
 昔みたいに笑わなくなっても、不機嫌な横顔しか見れなくなっても、ただ抱き合う夜は心地良かった。
 大和もそう感じてくれてるモンだと信じてた。

 高等部に上がって、大和の評判は著しく悪化していた。オレも相当なもんだったが、大和の悪辣さはまるでそうして人を遠ざけているような節があった。
 何時からか心を凍りつかせて、本音を隠して。代わりに棘ばかりを鋭くして。
 それはオレに対しても同じような気配があった。
 高等部に上がる前、提携していたオレの親父の会社と、大和の兄の会社に不和が生じて、大和んとこの会社が独立したのを切欠に、大和が余所余所しくなるのを感じた。
 決定的になったのは、大和の言葉だった。
『イチイチ俺に干渉してくんな。いい加減、ウザイんだよ!!』
 そんな言葉を投げつけてきた大和の顔からは、友情とか愛情とか、そういったオレへの感情を全て排除させてた。
 それが単純に、嫉妬とか苛立ちから出たモンだったら、修復は可能だったかも知れない。
 ただもう、その頃には大和はオレの言葉なんて聞かない位で、間に出来た隔たりはどうしようもない程大きかった。オレもオレで短気者だったから、一度喧嘩になっちまえば後は、どんどん険悪になるしか無かった。一度見逃した修復点は見る影も無く、そっからはもう、背を向けっぱなしだ。
 今更、どうこう出来る筈も無い。胸に穴が開こうが、それが埋まらなかろーが、一時忘れ去る方法なんざ幾つもある。
 でも時々思い出す大和の顔が、不機嫌に歪む顔が――寂しそうに翳るから。
 その夜の事を、忘れられないでいる。
 今も。





 ● ● ● ● ●





 初体験は12の時だ。当時覚えた夜遊びで、興味から抱いたのは女だった。欲求は満たされたが、感動は無く、「こんなもんか」と失笑を買うようなものだった。
 ――それでも、喉の渇きは癒える。それが例え、次の飢えを呼ぶものでも。
 13になって、男の体を覚えた。大した違いは無かったが、面倒が無いという意味では相手は男の方が楽だった。
 節操が無いとは思わなかった。男も女も、その夜、腕にあるのが誰でも――お互いが疼きを慰め合う為に抱き合うのに、理由は無い。相手も自分もそれで良いと納得しているのなら、日毎夜毎相手が変わろうと、それが何だというのか。

 新しい遊びに耽るオレを、大和はただ、呆れた目で傍観していた。
「その内、刺されるんじゃないの」
 泣かした相手は数知れず、捨てた相手も比例する。縋る腕には応えたし、求められれば応じた。来る者拒まずとは良くいったものか。
「だから何だ、刺す度胸も糞もねーぞ」
 どうせ奴ら、と鼻を鳴らすと
「そうだけどさ」
なんてため息と共に言ってくるのだから、大和も相当だ。
「第一、一夜限りの契約だ。契約違反は向こうだろ」
「誰だって、一番になりたいと思うもんじゃないの」
「……一番ねぇ……」
「恋人になりたいって思われるんだから、いいじゃん」
 大和は何がしたいんだ、と、ただ疑問を口にする。説教でも止める言葉でも無いから、居心地が良い。
 オレがどんな無茶をしても、自分に火の粉がかからなければ何でもいいというのが大和のスタンスだったから、一緒に居るのが苦痛じゃない。そういう意味で俺にとっての『最良』は大和だったから、その他は皆『性欲処理の便所』扱いがどうしても止められなかった。
「恋人なんざ面倒なだけだ」
「居た事もないくせに」
「居たよ」
 暫く言葉の応酬を繰り返していたら、それが途中で嫌味に変わる。
「両手の数で足らない恋人が?」
「……何だ、妬いてんのかよ」
 オレが冗談で返すと、大和は眉間の皺を更に増やした。心底からうんざりしているような顔を見つめながら、オレは獣みたいと夜の褥で揶揄される獰猛な笑顔を作った。
「今日俺の上履きに、画鋲が入ってた」
 無機質な声に言われて、成程と首肯する。周りに居る奴がころころ変わるオレだが、大和だけは唯一今も昔も隣に居る。それが幼馴染というやつだと思ってたし、寮も一緒となれば馬鹿共の八つ当たりの相手になっても仕方が無い。
「幼稚過ぎて泣ける」
「全くだ」
「誰の所為だよ」
 呆れつつも笑みが混ざる言葉。大和は何時も、オレの行動を浅はかだとは言わない。両親でさえ時々、オレの突拍子の無い暴挙に呆れ果てるけれど。ついていけない、と、何故こんなに阿呆な子供に育ったのか、と嘆く。オレを溺愛している祖父はそれもまた個性だと言うが、それはオレ自信を見ているわけでは無い。たった一人の孫息子に夢とか希望を押し付けているだけで。
 オレ自信を見て、オレ自信を否定しないのは、本当の意味で大和だけだ。
「……オレは、欠けた三日月なんだよ。オレにとっての『一番』ってのを探してるとこなんじゃねーの」
「……三日月って、もう既に欠けてない?」
「っは!! そりゃそうだ!」
 人が時々真面目に言えばこうだから、全く嫌味すぎて笑える。けれど大和の言葉に裏が無いと知っているから、オレはこの幼馴染が気に入っていた。
 この親友が、好きだった。
 触れようと思えば触れられる。抱きたいと思えば抱ける。そういう対象だったけど、あえてそうしなかったのは――ずっと一緒に居たいと、ただ抱き合う関係でなく、ただ隣で馬鹿やって笑い合って、何て事無い日常を共に過ごすかけがえの無い相手として、ずっと傍にありたいと――そんな、オレらしくも無い欲求を、漠然と感じていたからで。
 無意識に避けて通っていたと思う。
 大和と一線を越えるのは簡単で。
 多分オレにとっては当たり前のように越えられる一線で。
 でもその選択は、とても危ういとも感じていた。距離を失えば、近付きすぎた感情の制御すら難しい。
 オレは自分が未熟である事は十分自覚していたし、今はまだ、何も考えずに遊び惚けていたいなんて考えているようなガキだ。
 それで一番ってやつを持ってみたって上手くいかない。それが殊更、ずっと繋がっていたいと感じる相手なら。一度手が離れたら繋ぎ直すのは難しい事なんだって、本能で知っていた気がする。
 大和って存在は手折るには高尚過ぎる。
 だからオレは、まだ三日月でいい。
 オレと大和のパズルはまだ、未完成でいい。
 そう思ってた。
 それでも、どこか無意識でオレは、このあやふやな関係を壊したいと望んでいたんだろう。



 ――13の年、オレは欠けたピースを探していた。




 



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2008/12/02