03 傍にいるだけで満足できたら
私は多分、頭が固いのだ。
一緒にお昼を取る様になってから、一ヶ月ちょっと。親友の彼氏とその友達っていう位置づけで四人で取るお昼は、最初から気まずかった。菜穂の幼馴染っていう事で何度か会話に上った事がある佐久間君。その彼と高橋君というのが、親友であるというのは結構有名だ。二人とも一年生ながらバスケ部の期待の星らしいから。あとは見た目が良い事もあって、女の子達がキャーキャー言ってるから、名前と何となくの情報は持ってた。
でも、親友の彼氏を友達と呼んでいいのか? で一緒にくっついて来た私と同立場の高橋君をも、友達扱いでいいのか?
別段「友達になりましょう」とか言い出したのでも、趣味が合うとか、クラスが一緒だからとかそういう友達になりやすい切欠も無く、「菜穂がどうしてもと言うので一緒にお昼食べましょうか」という四人なのだ。だから友達と呼ぶのは気が引けて、私は何時も二人の男子に距離を取ってしまった。だからか二人とも当たり障りの無い会話しか投げてこない。大抵は佐久間君と菜穂のバカップル振りを呆れてみてるか、佐久間君が会話を振ってきて、菜穂が膨らませて、高橋君が揚げ足を取って、笑うとか。あたしは質問に答えるスタンス。
慣れれば、まあそれでもいいかなと思えた。
兎に角紳士的な佐久間君は親友の彼氏に申し分ない。二人を見てるとほのぼのした。
大体無口な高橋君は口を開くと、格好良い顔が台無しの毒舌家具合が大変勿体無い。腹立たしい言動が多いから最初喧嘩を売られてるのかと思った。きっと性格合わない、って。
だから申し訳ないけれど、しばらくしたらちゃんと断って「二人でお昼しなよ」って言うつもりだったのに。
気がついたら。
高橋健っていう嫌味な男に、恋をしている私が居て。
彼が私を理子と呼び出したのにつられて、私は彼を高橋と呼び捨てるようになった。相変わらず佐久間君は佐久間君だけど。
溝は埋まったと思った。距離は近付いて、まるで友達みたいだって。
でも、私の中の感覚は一行に変わらない。
それが、頭が固いと思う所以なのだ。
佐久間君は親友の彼氏だ。友達とは違う。それっぽく会話出来ても、位置づけは親友の彼氏。知り合いだ。
そして高橋は――私にとって好きな男。どちらかが好意を持っていた場合、それって友達関係成り立たないと思う。どんなに言い繕っても、欲しいのは友情じゃないんだから。それでいいって満足した振り、蓋をしてみても、友達ベクトル超えちゃってる。
それでも友達やってけるってのが、多分世間様の総意でしょうとも。
だってそれでも傍に居たいから――ああ、痒い。少女漫画の世界だ。
少なくとも私は無理だ。好きな男に対して、友達ですなんて言えない。言いたくない。だったら知り合いでいてくれよってなる。友達じゃない、ただ一緒にお昼食べてる、親友の彼氏の友達、つまり私とは顔見知り程度なんです、と。
誰にでもない言い訳。
分かってる。
自分自身に言い訳してる。
四人揃ってのお昼。教室の指定席と化した窓際に向かい合わせた机。
私の左側、ベランダ。右側菜穂。菜穂の前、佐久間君。私の前、高橋。何時も通りのそれだけど、今日は高橋の姿はまだ無い。佐久間君が持って来た高橋のお昼だけ、机に置いてある。何時も通りのコンビニ飯。
一時間のお昼休み、高橋は女の子に呼び出されて遅れてくるらしい。
珍しい光景では無い。一緒にお昼を取る様になってからも数度あったし、それ以前に飛び交う噂で告白しただ振られただと、知りたくも無い情報は流布していた。
そして、高橋が言うのは何時も一緒の台詞。
「ただいまー」
ドアを開けて教室に入ってくるなり、疲れたように叫ぶ高橋。端正な顔は不機嫌そのもの。何時もの二割増機嫌が悪い。
そもそも君のクラスは隣です。ただいまっておかしいから。
なんて心中で呟いて、早々に食べ終えて空にしたお弁当箱を鞄に仕舞い込む。
「もう、面倒くせぇよ……」
級友のからかいにそんな風に答えて、席についた高橋は早速おにぎりの包装を剥がしている。
「そんなに嫌なら行かなきゃいいのに」
と、疑問一杯の顔で聞くのは菜穂。愛くるしい大きな瞳を瞬かせてるけど、自殺行為に近いよそれは。
「ほっとけ」
予想通り素っ気無く返されて、菜穂が泣き真似をすると佐久間君が慰める。菜穂を無茶苦茶に甘やかしている佐久間君だから、よくある光景だ。
「前教室でなんで来てくれないのーってヒステリーにあったの、トラウマなんだって」
菜穂の問いには高橋の親友である佐久間君が答えて。そういう佐久間君の呼び出しも半端無いって聞いておりますが。
「振られるって分かってんのに、すげぇ度胸。どんだけ自分に自信があるんだっていう感じ」
ああ、でも今日の女は胸でかかったからそれは自慢なんだろうなーと、高橋がバカみたいな感想と共に笑った。その顔は獰猛な獣みたいだ。心底相手を馬鹿にしている。
でも、そうなのだ。
高橋はけして、告白を受けない。これは今まで一度も覆されていない。
高橋の振り言葉は一言一句違わない。特別なんて無い。誰に対しても「興味無い。バスケ以外に煩わされたくない」とあっさり答えるのは、学校一美人と言われていた三年生に告白されても変わらなかった。
その言葉通り、バスケットに夢中なのだ、彼は。良くバスケ雑誌を手にしているし、何より部活中の高橋は想像が出来ないくらい格好良い。ボールを追う時のキラキラした瞳、皮肉じゃなくて、心底から楽しいと笑う唇。冷徹、という何時ものイメージが快活に変わる。不機嫌キャラが爽やかキャラになる。
まるで二重人格者。
だから誰の告白も受けない。
「もったいない……」
心にも無い言葉を呟いたのは、浮かんだどす黒い思いを嚥下出来なかった仕返しみたいなもので。
純然たる嫌味を、高橋も嫌味で返してきた。
「その言葉、そっくりそのまま返す」
――やっぱり腹立つ。
「大体理子、俺みたいに夢中なもん無いんだから」
誰でもいいから付き合えばいいべさ、と。
何気ない様に言われて、心臓がきゅっと縮むのが分かった。
「私にだって、夢中なものくらいあります」
「へぇ、何」
と片眉を上げる高橋の顔を直視出来ずに、顔を窓の外に向けた。
いい天気だ。雲一つ無い、青空。私の心の中とは違って清々しい程晴れやか。
こちらに全く興味を削がれて二人世界に入ってしまった背後。鈴を転がすように笑う菜穂の声に、佐久間君の落ち着いた笑い声が重なる。
私の返答に然程の興味も無かったのだろう高橋は、思い出したように呟いた。
「傍にいるだけで満足って、そんなわけねーだろっつうの」
どうやら今回の告白相手はバスケ優先と答えた高橋に、そう言ってきたらしい。
「……傍にいるだけで満足できたら、苦労しないよね……」
私がそんな事を言うとは思ってなかったのだろう黒い瞳。鋭利な眦が若干下がった。
「お前も?」
多分同じ台詞で告白された事があるとでも勘違いしたんだろう。嬉しそうに笑いやがってまあ。
同志見つけたり、と薄い唇が歪む。
君に対して、私が持ってる感情ですよ。
そう思いながらも私は、ありったけの作り笑いを浮かべてやった。