10 泣きたくなったら僕を呼んでね


 僕の大好きな、理子ちゃん。
 二ヶ月早く生まれた、父方の従兄妹。
 僕が中学に上がって二駅先の家に引っ越すまで、ご近所さんだった。だから、従兄妹で幼馴染。
 小さい頃から引っ込み思案で、女の子みたいな顔をからかわれて、良く泣いていたひ弱な僕。小学生の頃は何時も理子ちゃんの後ろに隠れて、助けてもらうのが当然みたいな顔をしていた。
 僕にとってのヒーロー。いじめっ子だって得意の柔道で投げ飛ばした。男の子みたいに何時も傷だらけて遊んでいた。
 中学校が離れてしまっても、僕達は仲良しだった。内向的なのは変わらないけど、体も心も成長した中学時代は、僕の小学校時代を知らないのも手伝って、比較的平和だったけど。昔を知っている理子ちゃんは「いじめられていない?」って何度も聞いてきた。
 でも三年生の時は生徒会長だって勤め上げたから。会長になった報告をしたら理子ちゃんは自分の事のように喜んでくれた。
 それで少しだけ、僕達の関係は変わったと思う。僕は理子ちゃんにとって庇護者でなく、仲の良い従兄妹になった。
 内緒だけど、理子ちゃんと同じ学校に行きたくて同じ高校を受験した。もっと上が狙えるのにって勿体無がった理子ちゃんも、実はもっと上に行けたのに。親友の菜穂ちゃんに合わせたらしい。ちょっと嫉妬もした。
 僕の理子ちゃんへの気持ちは、最初に見たものを親鳥と思う雛と近かったと思うけど、確かに恋で。
 でも付き合いたいとかっていうのはおこがましくて。憧れの強い、恋。理子ちゃんに相応しい男になれたら付き合ってもらいたいけど、理子ちゃんに似合う人が居ればその人と付き合って幸せになって欲しいて思うような。
 僕は相変わらず理子ちゃんの後を追っているような感じ。
 そんな理子ちゃんとは高校生になっても、相変わらず仲が良い。
 週に一度は昼食を一緒に取る。
 そんな理子ちゃんの話題に「佐久間君」と「高橋君」が出るようになったのは夏休みが終わった頃からだ。佐久間君というのが菜穂ちゃんの彼氏で、その友達が高橋君。それよりも何よりも噂の絶えない二人組みだ。
 最近一緒にお昼を取ってるんだって。それに週二回も。
 僕より一回多いのが気にかかったけど、「菜穂の為だからねぇ」なんて言われては文句も言えなかった。理子ちゃんは菜穂ちゃんに甘くて、菜穂ちゃんの話をする時の理子ちゃんは、生き生きとしていて綺麗で、僕はそんな理子ちゃんを見るのが好きだった。
 でもそれから二ヶ月ほどして、理子ちゃんと高橋君のとんでもない噂が立って。

 理子ちゃんの窮地を、知った。

 知ったけど。
 理子ちゃんは何時も通りで、何も変わらないまま強かった。
 
 そして。

 高橋君について色々悪口を言ってたけど、彼の話をしている時の理子ちゃんは可愛くて。
 そう、恋する乙女の顔だ。
 何であんな、理子ちゃんが大変な時に知らん振りの男が、って僕は大変立腹したけれど、「高橋には言って無い」って当然の様に言う理子ちゃんに、何も言えなくなった。
 
 その理子ちゃんが、早退した。

 遅刻早退お休みなんて、した事が無い理子ちゃんが。
 メールの返信に早退したと書かれていて、放課後慌てて理子ちゃんの家に行くと、「久し振りねぇ」と栄子ママが顔を綻ばせた。挨拶もそこそこに二階の理子ちゃんの部屋に駆け上がる。
 寝てるかもしれないのにノックもせずにドアを開けて、転がり込むと
「あ、雪ー」
 女の子みたいでちょっとコンプレックスのある名前を、理子ちゃんの中性的な声が呼ぶ。
「――って、寝てなくていいの!?」
 理子ちゃんはベッドの下の床にかけて、パソコンを捩っていた。
「いいんだよ、ただの生理痛だし。もう痛くないもん」
 なんて、女の子がそういう事を言っちゃ駄目でしょう!! 恥かしくなって俯いた僕の顔は真っ赤だったらしい、それを「林檎みたい」と揶揄して笑う理子ちゃんに、唇を尖らす事で抗議した。
「心配して来たのに……」
「ごめんごめん、お見舞い?」
「そうだよ……」
 化粧を落とした素の顔で、理子ちゃんが有難うと笑う。
 何時も完璧な化粧を施している理子ちゃん。素の方が可愛いと思うのに、二つ上のお兄ちゃんの貴樹さんに似すぎていて嫌なんだって。理子ちゃんが男顔というより貴樹さんが女の子よりなのに。僕らの父方の家系は大概そうらしい。
 でも昔に「兄貴と顔一緒ー、男女ー」とからかわれた事が実は未だにコンプレックスな理子ちゃん。可愛い。
「でも、せい……り痛なら、良かった」
 僕は、てっきり。
 言いかけた言葉を止めたのに、どうやら理子ちゃんには伝わってしまったらしい。
「いやぁ、それも無きにしも非ずかな。だって何時も酷くないんだよ、生理。絶対精神的に喰らってる。花ちゃんセンセも多分そうだって言ってた」
 だからずっと続くわけじゃないって言われてほっとしたよー。
 なんて、そんな言葉は耳をスルーした。
 精神的に、なんてあっけらかんと言ったけど、これは理子ちゃんが僕にしか言えない弱音だとすぐに分かった。
 理子ちゃんが言葉を偽らないのは僕だけの特権。
 でも、それを簡単に言えてしまう時はまだ五十パーセントくらい。
 本当に酷い時は。
「泣きたくなったら僕を呼んでね」
 そう、泣くのだ。僕の背中に、理子ちゃんの背中を当てて。声を殺して、泣くのだ。
 僕が真剣に言うと、理子ちゃんははにかんだ。

 それから、夕飯を食べて行けという栄子ママに、母が作ってくれてるからと。そう言ってすぐに帰路についた。
 理子ちゃんの顔を見るだけでいいのだ、目的は達成した。

 僕の役目は、今日の所、これだけだ。





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