01 気が付けば君を探してる
目は口程に物を言う、なんて。
まさにその通りだと思う。
「理子ちゃんさぁ、最近好きな人とか、出来た?」
お昼休み。
ママが作った冷凍物のお弁当を突いていたら、横合いから親友の菜穂が唐突に言い出した。
「えぇ!?」
思わず咀嚼途中のご飯を飛ばしそうになった。
危うく目の前の高橋君の顔面にご飯粒をお見舞いする所だった。
「何言ってんの、突然」
苦笑するのは菜穂の目の前に座る、菜穂カレ、佐久間君だ。佐久間君と菜穂は付き合って一ヶ月くらいで、私自身は佐久間君ともその親友の高橋君とも仲がいいわけでは無い。二人とも隣のクラスなのだ。
それがどうして四人でお昼を食べる羽目になっているかと言えば、ちょこっと強引な所がある、菜穂の独断で。
「佐久間君とも、理子ちゃんとも一緒に食べたいんだもん」
なんて猫撫で声で言われてしまうと、拒絶出来ない。大きな猫みたいな目での上目遣いは、男子だけじゃなく女子にも利くらしい。
だって私、猫好きだしさ。
だからといって出来たてほやほやのカップルにお邪魔出来ない、とは思ったんだけど、私の前に折れた佐久間君が高橋君も入れて四人で食べようと言い出して、じゃあ一週間の内の水・木は一緒しようかという流になった。
月曜と金曜は佐久間君と高橋君は部活のミーティングがあるらしい。二人は揃ってバスケ部で、どこまでも仲が良い。で、逆に火曜は私が幼馴染と一緒に食べるのが恒例だったから、その日はカップル水入らずで食べたらって話になって。
今日は四人一緒の木曜日だった。
「突然じゃないよ、ずっと気になってたの!」
佐久間君の言葉に菜穂は唇を突き出してそんな事を言う。ああ、そういう姿まで愛らしい事この上ないけど、何もそれを、わざわざ四人の時に言わなくたっていいのに。
「いやぁ、気にしてもらって悪いけど何も無いよ?」
もし仮に好きな人が出来たとしても、特別仲も良くない、それも男子の前では絶対言わない。
――という事は、菜穂には分からないらしい。
居心地が悪いのか高橋君は黙ったまま、購買のパンに食いついている。
目が合うと、佐久間君の方は曖昧に笑った。うん、君も居心地悪いよね。私もだ。
「うそうそ! だって理子ちゃん、時々恋する乙女の目だもん!」
どうやら空気を汲む、という事も無い菜穂は、私たち三人の意味深な目配せにも気付かず、興奮した様子で。
「恋する乙女の目って」
突っ込むのは高橋君だ。彼は鼻で笑いながら、仏頂面を菜穂に向けた。彼はその面構えで大分損をしていると思う。クールというには冷め切った眼差しに、神経質そうな細い眉が、整った顔を何処までも冷たいものにしている。つまり近寄りがたい。そして吐くのは毒が多い。格好良いのに勿体無いことだ。
「本当よ? 朝礼の時とか、帰る時とか、良くそういう目してるの。ああ、好きな人がいるか探してるんだな、って分かるくらい」
高橋君の言葉なんて無視して回想しているらしい菜穂の方が、よっぽど恋する乙女顔だ。弁当そっちのけで両肘をついているその上の顔は、ぽーっとどこかに行ってしまっている。
「そういう時の理子ちゃんて、本当可愛いのよね」
そういう貴方の方が可愛いですよ。
「大体乙女ってガラかぁ、理子が」
一度無視されたのに、高橋君もどうしてそう横槍を入れたがるかなぁと呆れる前に、私はぎょっとしてしまった。多分、目は剥き出してたし、眉毛は目一杯寄せられてたし、極めつけ今にも卵焼きを口に入れようとした中途半端に開いた口。
「変な顔〜」
と、楽しそうに笑う高橋君を前に、卵焼きが箸から零れ落ちた。
って、そういう事いうかなぁ!!
「お前女の子になんちゅうこと言うの。ごめんね理子サン」
いや、っていうか佐久間君あなたも。
「女だろうが男だろうが関係ない。変な顔は変な顔」
佐久間君のフォロー虚しくまた言ったよ、この男。横で菜穂も、非難がましい言葉を投げているけど、私はちょっとそれ所じゃない。
「っていうか……勝手に呼び捨てしないでよ」
私の驚愕はそこだ。まだ知り合って一ヶ月で、しかも一緒にお弁当を食べている間も当たり障り無い話しかした事ないし、っていうか友達でも無いし!!
「私呼び捨てとか許可してないんだけど、高橋君?」
別に許しを請えと言っているわけでも無いんだけど、動揺させられた恨みみたいなもので、彼の名を強調して言う。
だって大好きな卵焼きを机の上に落としてしまった。三秒ルールとか無いの。食べれないの。
「うっせぇなぁ、いいじゃん。どう呼ぼうが俺の勝手だし」
高橋君は全部が全部こんな言動で、本当むかつく。
「オレはサン付けだからいいんだよね」
なんて佐久間君はのほほんと笑ってるし、菜穂はそれに大きく頷いて許可を出してるし。いや、私の事だよね!?
「じゃあ、菜穂の事も菜穂って呼びなさいよ!!」
なんて、怒りに任せて馬鹿な事を言ってしまう。
「何で佐久間の彼女呼び捨てなきゃなんないんだよ。島野は島野でいーの」
今度は佐久間君と菜穂二人に「な?」と同意を求めて、二人が嬉しそうに頷いて。
え、何その、友達甲斐がある奴を見るみたいな目。
「理子はカリカリしててやだねぇ……」
食べ終わったお昼のゴミを一まとめにして、それを教室の隅のゴミ箱に投げて見せる高橋君。バスケ部らしく見事ゴミ箱の中で収まったそれに、高橋君がニヤリと笑ってきた。
「くっ」
なんと言っていいのか分からなくて、喉の奥で声がくぐもった。それを聞いて、笑い声を立てる彼。
「……」
むかつく。
でも。
「高橋君って、面白いよねぇ」
なんて佐久間君にしみじみ言っている菜穂は、先程までの会話なんて最早忘れている感じ。
佐久間君に促されてお昼を再開した。菜穂のお弁当だけ、まだ半分も終わってない。私のお弁当箱には、落とした食べかけの卵焼きが一つ。
お弁当をしまいながら、顔を前に向ける。
まだにやにやしている高橋君。
本当性格悪いんだ。口だけで「ありがとうは?」とか言ってる。
それはあれか。話を替えてくれた事に対して、礼でも言えって事か。
分かっていても、私はつんと横を向いて。
窓際で向かい合った四つの机。目の前にはいちいち腹の立つ親友の彼氏の友達。
なのに。
ああ、もう。
してやったり、と親指を立てて私にもそれを促してくる。共犯者にでもなったつもりで、控えめに親指を見せた。
――最近何だか。気がついたら目で追っちゃうんだ。
君を、探してる私が居るんだ。