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14 箱庭の子供達 7



 リカルド二世を一人残して行くのも、その扱いにも複雑な心境は残るものの、そうするのが最善なのだろうと考えて、後ろ髪引かれる気持ちで地下牢を出た。
「……」
 何を言っていいのか分からないまま沈黙する俺の両隣を歩きながら、エイジャナさんとラシーク王子が話し掛けて来る。
「愛する方の御身はご心配でしょうが、どうぞご安心を。地下牢に長くはおられませんよ」
「再会にはそぐわない状況でしたが、あの堂々とした佇まいは流石リカルド二世陛下です。きっとすぐにネヴィル殿下も口車に乗せるに決まってます。代わりの交渉材料もお持ちでしょうし」
「ネヴィル様とは役者が違いますからね。グランディア国王の手の平を転がり回る様子が目に浮かびますよ」
 ――エイジャナさんは一体、どっち側なのだろう。
 ネヴィル君のご機嫌を取ったかと思えば諫め、誉めそやしたかと思えば卑下する。
 彼の立ち位置が分からなくて、やはり下手な事は言えない。そんな俺の歩を急かしながら、エイジャナさんが続ける。
「当夜は吹雪くでしょうから、くれぐれもお気をつけて。温かくして行かれて下さい。必要な物は最低限、既に従者に積ませました」
 今は多分、俺に宛がわされた部屋に向かっている途中だ。
 俺の代わりにリカルド二世が残って、俺は戻れる――どうやって?
 その答えが不穏な緊迫感と共に淡々と告げられて行く。
「ネヴィル様が気付かれる前に、少しでも遠くへ行かれますよう」
……ん?
「ネヴィル様は勉学に飽きるのが早くていらっしゃいますから、時間はあまりありません」
「……。……。……」
開いた口が塞がらない。餌を求める魚のように唇をパクつかせ、三度何も言えないまま黙る。
 ――なんてこった。
 眩暈がするがふらついている場合じゃない、足元は我知らずスピードアップした。
 ネヴィル君を早々とフェードアウトさせるし、リカルド二世はさっさと話を畳むしで、変だとは思った。
 と言うかネヴィル君が、リカルド二世と俺を交換するなんて思ってもみなかった。だって、ネヴィルくんは明らかにリカルド二世に苦手意識を持っている。そもそもリカルド二世を地下牢に繋いで勝ち誇っていたぐらいだし。
 二兎を追って何が何でも二兎を得る、ような少年だ。交換条件を飲んだ振りしてそれを反故にするのも何とも思わない。
――ネヴィル君が、俺を返すわけが無い。
「……あの、これ、大丈夫?」
 心臓がばくばくと跳ねる。
「いいの? ねえ、いいの? ほんとに大丈夫?」
だいじょばなくない!?
「心配いりませんよ、ツカサ様。元々そう言う計画です」
 俺の動揺をよそにラシーク王子とエイジャナさんは飄々としている。
「外交と国政に関わる事ですから、ネヴィル殿下の意見は不要です。ですが、ネヴィル殿下が癇癪を起すのは目に見えていますので、逃げたツカサ様を必死に追い駆けたと言う体裁が私共にも必要なのです」
 それはぶっちゃけ過ぎだし、計画と言うには雑じゃないかな!?
 とは思ったけど、目と鼻の先が俺の部屋だったからなのだろう。
 自室に飛び込んでドレスを脱ぎ捨て、防寒着と手袋、帽子、更に毛皮の外套を超速で羽織る。毛皮のブーツに履き替えれば暑い位だが、この汗はそれ由来ではない。
 首から下げた懐中時計を確認し、フーディン集を荷物に突っ込んで、後は何を忘れてるんだか忘れて無いんだか。
 気持ちだけが先走り、部屋の中を見回して見てもパニック禍で何も頭に浮かばないまま、恐怖に背を押されて部屋を出る。
 ――逃げたツカサ様を必死に追い駆けた、とか言ってたよあの人。
 なんか知らんが俺は、逃げた事になるのか。

 「さあ、こちらです」と先導するエイジャナさんに続き、本日二度目の知らない廊下を進んで着いた先には――

「――ツカサ様!!」
 防寒着を着こんでモコモコになった懐かしい人。泣きそうな顔で駆け寄って来たのは、ヤコブである。
 雪に足を取られてコケそうな彼を、支えるのはクリフだ。
「ご無事で何よりです」
 そしてその背後には三頭の馬。一頭は――俺の愛馬のネロであった。記憶の中の黒馬はそれより一回り大きく見えた。
 抱き着いたヤコブに抱擁を返しながら、嬉しそうに嘶くネロと瞬時に警戒態勢を取ったクリフを交互に見る。
 この先の計画を知っているだろう二人に、安堵が浮かぶ。
良かった、一人でどうやって逃げるのかと思ったぜ。
 クリフは腰に帯びた剣鞘に手を当てながら、エイジャナさんを睨んでいる。警戒の対象は彼のようだが、
「感動の再会は追手から無事に逃げおおせてからになさいませ」
と揶揄されて、考えを改めたようだった。
「ツカサ様、お早く」
 視線はエイジャナさんに向けたまま、俺からヤコブを引き剥がし彼を馬の鞍に跨らせた。
 俺も慌ててネロの元へ進む。
 帰る、と、逃げるは全然別モノじゃねーか!! と心中で口汚く悪態を吐きながら、もう何も言うまいとネロの背に乗り上がった。
 チラチラと雪が舞い落ちて来て、溶け切らなかったそれがネロの鬣に張り付いて行く。
 夜は吹雪く、とか言われたし、追手があるとか言うし、先行きが不安である。
 これがリカルド二世の約定の結果で、計画なら、あの人を信じた自分を殴ってやりたい。いや、もうむしろ今なら本人を殴れる、グーで。
 再会の挨拶も別れの挨拶もそこそこに、流されるままに従ってしまったけれど。
 本当の、本当に、大丈夫なんだろうか。
馬首を巡らせつつ、無意識に振り仰ぐは、牢獄のような石の城。
 ――大丈夫、なんだよな?
 未だ地下牢に繋がれているであろう人に問いかけても、当然のように答えは返らない。それでもリカルド二世の力強い眼差しを思い出せば、心が少し凪いだ。
 首に下げた懐中時計の感触を確かめてから、俺は手綱を掴んでネロの腹を蹴った。





 ツカサが自室からエイジャナに連れて行かれるのを見送って、ラシークは地下牢へ舞い戻った。地下牢の番である兵士たちは、別段咎める事も無くラシークを唯一の虜囚の元へ通す。
 足音に気付いたリカルド二世は、驚いた、と言わんばかりに片眉を上げて見せた(・・・)
「よもやお前が、そちらにつこうとはな」
「何の事でしょう」
 グランディア国民から見れば異貌の青年は、リカルド二世に負けず劣らぬ作られた微笑みを浮かべた。暗い闇の中に溶け込むような肌に、冴え冴えと煌めく黄金の瞳だけが、異様に生気に満ちている。
 ある日、覚悟を決めて己の道を選び、その期間にぐっと大人びて――同時に、さらに掴み所が知れなくなった。惜しむらくは手元に無い、他人の駒であることだ。
「ラシーク・アル・シャイハン」
 青年の名を呼ぶ声は、王のそれである。
「そなたの穢れは、紛れもないそなたの武器だ。迷わず使えよ」
 冷然と告げて、リカルド二世は目を細めた。
 ラシークにとっては、気心の知れた、親類のような存在だった。実の兄弟姉妹よりもずっと近い、兄貴分だった。
 そして、それでも気を許せない他国の王だった。
 その人が王の顔で、王の言葉で、囚われの身で、それなのに。
「――本当に、良く似てる」
 小さく呟いて、それから困ったように眉根を寄せたラシークを、リカルド二世はいつかのように哀れに思う。
 何時まで経っても彼は、帰る家を忘れた子供のようだった。




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