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14 箱庭の子供達 6



ふ、っと全ての緊張感が身体から抜けて行くのを感じた瞬間だった。
『嬉しい? ツカサ』
期待感に満ちた可愛らしい声で、セルト姫が俺の手を引く。
 見上げて来る双眸は、微かに鈍く光り、ドキリとしてしまう。
『……嬉しい?』
「は、はい。あの……」
何が、と聞く前に応えていた俺に満面の笑みが返り、セルト姫はネヴィル君の方へ身を乗り出した。
『だから言ったでしょう、ネヴィル?』
『……五月蠅い』
先程まで上機嫌だったネヴィル君は口を尖らせて、それを見てセルト姫がさらに笑みを深くする様子を眺める。
『ネヴィルはまだまだ子供ね? 愛する者同士は一緒に居るのが一番なのよ』
『また出た、愛』
『あら、負け惜しみね!』
『……五月蠅い』
小さな夫婦の小競り合いを聞きながら、つまり、リカルド二世の訪問(?)には、セルト姫の後押しがあったのだろうと気付く。
 愛する者同士うんたらはスルーする方向だ。
「……有難う、ございます。セルト姫」
ぎこちなく俺が礼を告げた所で、ヨアキム将軍が再びセルト姫を抱き上げた。
「さあ、お二方。満足したなら、次は勉学の時間ですよ」
 不満を言い掛けたネヴィル君を「さあ」と低い声で促し、
「では、私共はこれで」
さっさとこの異様な再会シーンから退場して行くのをポカーンと見送る。
 それから、今まで気配を消していたかのようなラシーク王子が一歩を踏み出したのを見て、同じように視線をリカルド二世へと戻した。
 ラシーク王子は興味深そうに牢屋を覗き込む。
「なかなか興味深い状況ですね、リカルド二世陛下。まさか、このように再会しようとは思いませんでしたが」
「同感だ」
ラシーク王子の声は、ともすれば楽しそうだ。――と言うか完全に楽しんでいる表情だった。
「申し訳ございません、グランディア国王陛下。不敬とは重々承知しておりますが、ネヴィル様の癇癪を避ける為でございます」
「よい。あの童の気が済むのなら構わん」
「寛大なお言葉、痛み入ります」
大袈裟に恭謙な物腰のエイジャナさんと、彼の言う通り寛大な様子のリカルド二世の会話は、ただただ嘘くさい。
「今はネヴィル様がこの城の主でございます。ご容赦下さいませ」
「構わんと言っている。だが約定はしかと守れよ」
「勿論ですとも」
 ネヴィル君の目の無い所でも、拘束は解かれず、リカルド二世が虜囚然としたままなのが気になるが、リカルド二世の視線が『黙れ』と言っているので、沈黙する。
 座って磔にされるキリストみたいな格好だが、リカルド二世はまるで気にも留めてない様子だ。鎖で不自然に挙げられた両手首が、ふと握られて開き、カシャと微かな金属音が響く。
「……少し、お二人に致しましょう」
 エイジャナさんが振り返りざま言う。
 俺とリカルド二世を、と言う意味だったのだろう。それを分かった上でラシーク王子は「お構いなく」と、その場を動こうとしない。
 ――ラシーク王子はちょいちょい空気を読まない所がある。……逆かもしれないが。
 三人の視線が暫し交錯し、やがてエイジャナさんが小さく頷いて一人で立ち去った。とは言っても、牢屋を5つ程行った先で待っている。
「さ、ツカサ様」
 ラシーク王子に背を押されて、置いてきぼりにされたような気分で、それでも格子に近付く。
 陛下の身体は壁に固定されたままだが、それでも少し前のめりになる。
「あの童に、ずいぶん気に入られたようだな」
 潜めた声が、カシャンと動く鎖の音に紛れる。エイジャナさんの耳を警戒しての事だろうかと考える。多分、そうだ。
 そしてその事を、俺に悟らせる為だったのだろう。次の言葉からは、何の音も混ざらなかった。
 知らなければ見落としてしまうような些細な行動や言葉で、リカルド二世は本当に多くの事を語る。
「我が(エマンジェスティ)は良くも悪くも人に好かれるので困る」
「……異世界人だからですよ」
「それもあろう」
エイジャナさんが聞いているからだろうか、今日のリカルド二世は珍しく無駄話をしている。
「案ずるな、約定は守られる」
「え?」
「祝事も民草も余らを待っておろう。しばしの辛抱ぞ」
「……まだ、帰れないと言う事ですか?」
「否」
 鋭く否定して、リカルド二世が口元を緩めた。
 微かに笑んで、柔らかく告げる。
「そなたは、すぐにここを発つ」
 何時もは「貴様」と呼ぶけれど、妃として人前に立つ際には優しい言葉もかけてくれる。けど、それは演技だ。
 だから、これも演技だ。
 ――演技の筈だ。
「そたなの代わりに、暫く余がルカナートに滞在する。そなたと違って、ネヴィルは余に興味は無い。すぐにお払い箱になろうよ」
いや、既に滞在って状況じゃありませんが!?
「兎に角、そなたがルカナートを出るのが先決なのだ」
「……陛下が、危険なんじゃ」
 なるべく小声で、言う。ネヴィル君は小さな不満で残虐スイッチを入れてしまう人だ。
「グランディア国王の首は安くはない」
 と言うかやっぱり、迎えに来た、という話じゃ無いのだ。これは、つまり、そう! 人質交換!!
 ――いや、何か違うな。
 ――……生贄交換だ!
 今度は、リカルド二世をこの不気味な城に残す。なんとも心苦しい展開だった。
 でもリカルド二世が何の算段も無しに乗り込んで来るわけが無い。それも俺のためになんて。
 俺が無駄にこの城で過ごすよりも、きっとリカルド二世なら時間を無為にはしない筈。
 そうは分かっていても、不安は拭えない。
 そんな気持ちから俯いてしまった俺の背後から、明るい声が聞こえて来た。
「心配いりませんよ、ツカサ様」
 振り向くと、慇懃に礼の姿勢を取るラシーク王子。
「私がリカルド二世陛下をお助けいたします。いざとなれば盾とも剣ともなり、ともに脱出してみせましょう」
 お道化るように片目を瞑るその様子がまた胡散臭い。なんだか再会してこっち、ラシーク王子の情緒についていけていない俺とは違い、リカルド二世は
「他国の王子を盾にするのも一興だな」
なんて返している。
 と言うかなら、俺と一緒に脱出してくれても良かったんじゃないか。
 いや、待て。でも。
「どうかご心配なさらずに」
 ラシーク王子は何時でも帰れて、帰る予定だったのに。
「そなたは、余の帰りを待っていれば良い」
「でも」
「ツカサ様」
 控えめに、けれど強くラシーク王子に肩を抱かれる。
 あっと言う間に話を畳まれ、リカルド二世の冷えた視線が「行け」と告げているのが分かるのに。
 この場を動くのが躊躇われて仕方無い。心は、この場に留まっている。
 どうして。
 どうして普通に、二人で帰れないんだろう。
 懇願するように、指を格子に縋りつける。
 なのに。
「ツカサ」

――名前を呼ばれるだけで、逆らえなくなってしまうのだ。




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