16 数えたら両の指を超えた


 「一体どこからが友情で、どこからが恋情なのだろう」

 ある時一人の友人が尋ね、また別の友人が答えた。

「今そいつの好きな所を悩まず十個出せれば、もうそれは恋愛と断定してもいいと思うね」

 俺と友人はそれぞれある一人の事を考えて、指を折りながら考える。



 右手の親指を折りながら、一つ目。
 【以外に乙女な所】
 普段はクールで、男友達並の気安さで、仲間連中とバカ騒ぎをする事もなく保護者みたいな位置にいて、面倒を見てくれるような、頼れる姐御肌な女。悪く言えばオカン。でも以外に乙女で、クリスマスに雪なんか降ってホワイトクリスマスになると嬉しそうに笑ったり、ファンシーグッズの店を見かけると寄りたくてウズウズしている。自身は平静を装ってバレてないと思ってるだろう。そこがまた可愛い。

 右手の人差し指を折りながら、二つ目。
 【俺の名前を呼ぶ時の発音】
 別段他と違う、という事ではない。ただ彼女が呼ぶ俺の名前は、何か不思議な響きがあって好きだ。
 方言があってイントネーションが独特という事も無い。
 声が特別綺麗という事も無い。
 特徴は無い、と思うけど。彼女が俺の名前を呼ぶ声は、どんな人込みでも聞こえるぐらい俺の耳には心地良い。

 右手の中指を折りながら、三つ目。
 【酔うと舌がまわらなくなる所】
 結構なうわばみで、顔とか態度とかに中々酔いが現われない。大抵俺らの方が先に潰れて、面倒を見てもらう羽目になる。だけど時々、ふとした瞬間。さっきまで何て事無かった女が、呂律がまわらなくなっている。本人が気付いていないところが何とも可愛らしいと思う。

 右手の薬指を折りながら、四つ目。
 【髪を耳にかける仕草】
 これ、長い髪を持つ女に限らずよくやると思う。白くて長い指先でやられるとぐっとくるとか、色っぽいとか良く聞く気がする。彼女の場合は耳に四つも五つもついたピアスに目がいってしまうんだけれど、その耳の下の首元にある小さなほくろが俺的には目を引く。
 まあ多分にこれは、他の奴らと一緒で色っぽいなと思う仕草だ。

 右手の小指を折りながら、五つ目。
 【車の助手席に座ってる時】
 時々二人で遊ぶ事もあるが、主に飲み会のあと。俺は大抵車で行くから酒を飲むことは少なくて、そういう時はグデングデンの奴から順に送っていくわけだけど、世話役の彼女は決まって最後になってしまう。お互い飲み会でテンションを上げ過ぎて疲れてもいるから、ほとんど会話が無い車内。俺の好きなミスチルのアルバムが静かに流れていて、時にはそれを口ずさんでいたり。窓の外の風景を眺めていたり。俺が煙草を吸っていたり。
 そんな時にちらっと盗み見る彼女の横顔は当たり前のように無表情だが、背筋を伸ばして凛としている。何となくじっと見ていたい気分になる。

 左手の親指を折りながら、六つ目。
【飯を食う時】
 他の女共と違ってダイエットだ何だと、飯を抜く事が無い。食事に行けば男並に食うし、出された物は平らげる。見ていて気持ちがいい程だ。何より一番好きだなと思うのは、最後に食べるデザートをとても美味しそうに食べる所だ。普段女だという事を忘れがちな気安い相手だが、その時だけは女性的な柔らかい笑みを自然と浮かべて、「んーまいっ」と上げる声が思わずこちらの笑みを誘う。

 左手の人差し指を折りながら、七つ目。
【くしゃみ】
 おっさんみたいに豪快、かと思えば、「くしゅっ」って何か小さくくしゃみをする。その時鼻の頭に皺が寄って、目をきつく閉じて、小さく頭が前に傾ぐ。最後に「だーちくしょうっ」とかつけるから「おいおい」って思うけど、その一瞬の顔がウケる。笑えるって意味でなく。思わず「もう一回」って言って怒られる事多々。

 左手の中指を折りながら、八つ目。
【何だかんだ文句を言いながら優しい】
 皆で一人暮らしの奴の家で飲み会をしていた時、うっかり携帯を忘れていった俺が電話で所在を確認した後取りに戻ると、「眠いんだけど」とぼやきながらも、しっかり充電した携帯と眠気覚ましに缶コーヒーをくれた。
 大学の頃は授業をサボる俺達仲間に「一回コピーの度500円だから」等と鬼みたいな事を言っていたくせに、実際は一度も徴収しなかった。
 失恋したての女友達を慰める名目で飲ませすぎて救急車を呼ぶ羽目になった時も、「馬鹿ばっかりだ」と怒鳴りながら結局最後まで面倒を見たのは彼女で、次の日は朝早くから仕事だったにも関わらずずっと彼女に付きっ切りだった。
 こういう事は多々あって、素直じゃないんだか何なんだかと友人連中で言いながらも、皆で心の底から感謝していたりする。

 左手の薬指を折りながら、九つ目。
【背が小さい】
 ――細かく言うと、それをコンプレックスに思っている所。女の子は小さい方が可愛い、とか言うつもりは毛頭無くて。自分より小さい方がいいとは思っても、俺自身が結構長身だからヒール履いて抜かれるのとか全然問題ない。まあ俺が背をコンプレックスにしていないからだろうけど。でもそういう、何時もおおざっぱというかあっけらかんとしている彼女でも、俺にしたら他愛もない事を本気で気にしている所が可愛いと思う。

 左手の小指を折りながら、十つ目。
【人の腕をばしばし叩いてくる時】
 マゾ的な意味じゃなくて。暴力的、というわけでは勿論ないのだろうけれど、最早癖みたいになっているのだろう。面白くて笑う時、からかわれて怒っている時、彼女は隣に居る奴の腕を叩いてくる習性がある。
 それもスキンシップの度を超えている、と仲間の中では言われている程強力だ。「いってぇよ」と笑いながら、実は皆心で泣いているかもしれない。仲間内で飲む時は特に顕著だから、誰が隣に座るか悩みに悩む。
 だけどそんな時彼女なりに力を抑制しているのを俺は知っている。
 筋力や握力がある女じゃないから、元から力は強くない筈で。ただ神業の域に達しているというか、見事にクリーンヒットしてしまうからやられた方は「こいつどんだけ力一杯殴ってるんだ」と思ってしまうのだ。
 彼女なりにそこは反省するべき点と捉えているのか、その癖を治そうと努力しつつ、力の入れ方にも気をつかっている。
 何か、いいなぁと思う。微笑ましい。

 それから……

「あれ、俺十個じゃ足らねぇかも」

 ギリギリ十個あるかないかと思っていたら、むしろ指が足らないくらい次から次へと出てくる。
 驚きながら呟くと、自分は参加せず雑誌を眺めていた友人が素っ気無く言った。
「じゃあ愛なんじゃん?」
 恥ずかしい単語を、感情を込めず淡々と言う。おざなり、というか、多分ちっともこっちの話に頓着していない。かといって雑誌に夢中というわけでもない。
「もう告白通り越してプロポーズしちまえよ」
 なんて。からかう口調でも無く、適当発言。
 でも。
 なんか、その気になっている自分が居るから、笑えない。
 それは隣で茫然としている友人にとっても、どうやら同じようで。二人顔を見合わせて、何とも言えない苦笑い。

 ――とりあえず、今後彼女とどう接しようか。









title by 悪魔とワルツを - 曖昧な関係の温い心地良さ

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