Really!? 03

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 会社の人に、自分の恋愛相談をする日が来るなんて思ってすら無かった。――ううん、会社の人に限らず、仲の良い友達にだって、相談するような事なんて、今までは無かった。
 お決まりのパターンで恋愛を繰り返して来て、その事に一つも疑問なんて感じてこなかったから、語るような事は何時も惚気と決まっていた。煮え切らない所が可愛いのだ、とか、中々手を出して来ない相手の晩生さにどれだけ身悶えしているか、なんて事を、あたしは何時もデレデレと相好を崩して話していた気がする。
 あたしの恋愛は何時だって、あたしが先導していた。大抵の友達はそんなあたしを男前だと褒めたし、自分にもそんな押せる勇気があればな、なんて言われてしまうと、鼻高々になっていた。
 時々あたしの気持ちに比べて相手の気持ちが少ないんじゃない、なんて真理を突かれる事があったとしても、それで特別堪える事なんて無かった。
 だって、それは当たり前だった。何時だってあたしが相手に惚れて、押して押して押し切って付き合って、その内に何となく気持ちがこっちに向いてきたんじゃない? とか思う程度。ベタベタに甘やかしてくれる相手なんて居なかったし、あたし自身がそんなの御免だった。
 それ所か、あたしの気持ちを上回る愛情を示してくる相手だったとしたら、あたしは多分、途中で逃げ出しただろう。
 あたしにとって、相手に愛されるという恋愛は未知の領域で、多分、それが怖かった。
 あたしがどんなに熱を上げていたって相手が冷静だったから、だから余裕でいられたんだ。
 同じだけの想いを、もしくはそれ以上の想いを、ぶつけられる事の心地良さを知らなかった。
 ――という事に、不覚にも哲也の告白で気付かされて、あたしはまるで恋愛初心者のように、人様のご意見をあり難く賜っている、という現状なのだけど。
 あたしの目下の恋愛師匠、長井さんやさおりは、最近恋愛相談という名で開かれる飲み会で、ことある毎に言うのだ。
「……だからね?」
 まるで小さな子供に言い聞かせるかのように、そして何処かうんざりしながら。
「あーだこーだ言ってないで、さっさと付き合っちゃいなさいよ」
 友達だ、恋愛対象外だ、なんて御託並べてないでさ? 普段甘いカクテルなんかを飲んでいる長井さんは、ビールのジョッキをテーブルに叩きつけて、唸るように言う。
 私甘いお酒しか飲みませーん。チェーン店の居酒屋? 無理無理。小洒落たバーじゃないと落ち着きませんから!! そんな雰囲気の長井さんに今まで連れて行かれたのは大人な雰囲気のムーディーなバーなんかが多かったけど、最近は会社から近い居酒屋である。食べ物もチーズやサラミなんかを摘まんでいた人が、ビールにはたこわさよね、と、毎回頼んでいるそれを美味しそうに摘まんでいる。
 同意するように隣で頷いているさおりも、当たり前のようにビールを煽っている。
 会社の飲みでは何時もワインかカクテルであったのに、そういう場と女子会――女子会か?――では、食べるものも飲むものも違うらしい。狙っていようが狙ってまいが、男の前でビールの大ジョッキなんか飲んで女度を下げてなるものか、なんて。これまたあたしの知らない領域の話。
 そんな彼女達に、あたしの煩悶は通じない。
「いいじゃん、男友達が今更恋愛対象になったって」
「べつに、好きなわけじゃないもん」
 もん、とか。ついいじけた口調になってしまうのは、長井さん達があたしが哲也を好きだっていう結論をつけて話を進めようとするからだ。
「でも、好きじゃなくたって付き合えるよ。付き合ってから好きになる事もあるんだし――美咲の今までの彼氏みたいにさ?」
 無邪気な笑顔で、痛い所をついてくるのはさおりだ。
 ええ、ええ。分かっていますとも。付き合う前も付き合ってからも、今までの歴代の彼氏達がそれ程あたしを好きじゃなかったくらい。それこそ居心地の良い友達関係にちょっと恋愛のスパイスからめたくらいのものでしょうよ、ええ。
 本物が現れたら、何年付き合ってようがあっさり捨てられちゃう様な存在ですよ、どうせあたしなんて。
「あんただって、本物見つけたら、あっさり前の男に見切りつけてんじゃない」
「ちーがーいーまーすーう。ただ、いくら友達関係に毛が生えた程度の恋人同士だったとしてもさ? 一応三年も付き合った彼氏彼女ですよ? しかもこっちは振られんのにさー何も無かった顔で、むしろ再会を喜ばれたってさぁ? それが例え社交辞令だとしてもっ!」
 長井さんを真似るように、あたしもジョッキをテーブルに叩きつける。
「あたしにも彼女にも、少しは気を遣え? っつーか!!」
「そういう所が好きだったんでしょ?」
「そういう所が好きだったけども!!」
 さおりの突込みを反復しながらも、あたしは先日、偶然街中で出逢ってしまった元彼とその今カノの事を思い出して、憤りというのか悔しさというのか悲しみなのか、兎に角綯い交ぜになった複雑な感情を吐露する。
「好きだったんだけどもー」
 付き合っていた頃は、何だか素っ気無かった小動物が懐いて心を開いてくれたかのような、そういう幸福感ばかり感じていたのだ。親しみを込めて、ふにゃりと笑った顔。出逢った時には絶対見せてくれなかった彼の素顔が現れると、それだけでもう、わしゃわしゃ撫でてぎゅーっと抱きしめ潰したくなるくらい。
 多分あたしが振られたのでも無くて、メール一通なんかでの終わりじゃなくて、もっとちゃんと分かり合って別れていられたら、同じ気持ちを抱いたに違いない。
 でもあたしは、三年間のお付き合いをメール一通で切られたのだ。その前から彼の心が別の所へ向かっていた事も気付いていたけど、それをこちらが知らん振りで繋ぎ止めていた事に気付いてたからこそ、優しい――悪く言って優柔不断な元彼が、あたしの傍にいてくれただけの話で。
 そりゃ会って早々「ごめんね」なんて謝罪されても腹が立った。言い訳されても未練を覗かせても、もう今更どうにもならない位の時間が流れて、あたしとだったら照れて――今考えると照れてたんだか分からないけど――渋っていたくせに、当たり前のように隣り合わせで座った二人は、肩を寄せ合って密着していて、そんな姿を見せられただけでも虚しいのに!! 
 全く悪びれた風も無く、残念そうに「せっかく会えたのに」――どこにかけてのせっかくだ!?
「っていうか、その男の事はどうでも良くて。今は坂入君の話だから」
 脱線しかけた話を戻すためなのか何なのか、あたしの手元にあったビールを、何時の間にか自分のジョッキを空にした長井さんが浚っていく。その所為で手持ち無沙汰になったあたしは、肩透しを食らって黙ってしまう。
 そうでした。元彼の話はもういいんだ、そんなものは。
「あんたが何を悩んでるのか、全然わかんない。ね、さおりちゃん」
「ですねー。部長なんて、こっちが土下座してでも付き合って欲しい御得物件なのにー」
「俺に黙ってついて来い、なんて普通の男だったら殴り殺したいけど、坂入君ならありよねぇ。女の歩調を省みずどんどん先歩いてっちゃう男でも、やり終わったらさっさと帰れ、なんて言っちゃう男でも、イイ、イイ!」
「部長の相手って、今までそんな感じでのめり込んじゃったんでしょうねー」
「でしょうね。でもそんな男が、今野にだけはアマアマのデレデレで、尽くしちゃう感じなんでしょ? 女冥利に尽きるわぁ」
 まあ、私の旦那もそんなんだけど。そんな風に惚気を混ぜる長井さんに、さおりが羨ましそうな溜息を漏らしているが、当事者のあたしは完全に置いてけぼりだ。
 やだよー。身勝手なおれ様男も御免だし、あたしにだけデレデレの男なんて、恥ずいし、痒いし、どん引きよ!
「極めつけに「死が二人を別つまで」? あの坂入君がそんな事言うなんてねぇ……意外過ぎ! でもちょっとキュンと来ちゃう!!」
 キャーっとにわかに酔った二人は、顔を合わせて何だか変なポーズを取る。拳を作った腕を縮めて、身体をくねらせて、いい年した女がちょっとちょっと――とか思うけど、似合っちゃうんだよね、これが。
 まあその台詞には、あたしも心中で身悶えたけれども。
「……まあ、そういう可愛い面は、今野好みでしょうよ」
 置き忘れていた羞恥心を思い出したのか、咳払いして長井さんは続ける。
「一体何が不満なわけ!?」
 騒ぐだけ騒いで満足がいったのか、さおりは個室から顔を出して「すいませーん」なんて店員を呼んでいる最中。長井さんの傍にある呼び出しボタンに届かないと知れてなのか、あたしの逃げ道にはならないという意志表示なのか、あたしの助けを求める視線には気付いてくれない。
 矛を再び戻されて、あたしは。
「……でも、付き合うって言ったって……ありえない」
「ありえなくない!!」
 永井さんの背後で、やって来た店員にビールを頼んでいるさおりが映る。だからあたしは、声を潜めたのに。
「いっそ一回ヤッてみたらいいのよ!!」
 叫ぶようにのたまった長井さんを、若い店員の兄さんが目を剥いて見てる。
 見てる見てる見てる。
「ヤッても駄目だ、っていうなら、私もあんたの意志を尊重する!!」

 ――見てるんだってばぁ!!





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