変らない男 01

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 そもそも、あれが告白だったのかどうかも定かじゃないんだよね、うん。

 昨日、友達だとばかり思っていた男が、振られて自棄になっていたあたしに言った。
「お前、俺と付き合ったら?」
 三年付き合っていた彼氏に、他に好きな人が出来たと告げられた日の夜の事だ。仕事が忙しくて彼氏とは一ヶ月近く会えて居なかった。大事な話がある、と言われて、都合が付かないと申し訳なく答えたら――メールに一言そんな事が書かれていた。
 そろそろプロポーズか、なんて期待した自分が馬鹿だった。
 終業後、高校以来の友人でありながら上司でもある坂入哲也を連れて、あたしは居酒屋を梯子した。明日も仕事だというのに、最終電車を逃しても、哲也を放さなかった。
 愚痴り続けるあたしの文句に、哲也は聞いているんだかいないんだかな態度で付き合ってくれていた。
「何で何時もあたしはこうなんだ!!」
 付き合うのは何時も、草食男子ばかりだった。何をするのもリードが必要な、笑顔の可愛い男が好物だった。何時だってあたしの意見を優先してくれるような男達――にも関わらず、別れ話だけは何ともきっぱり切り出してくる。
 虚しい絶叫を上げて、机に突っ伏した時だった。
 入って三十分の店で未だにお通しを突いていた男が、頬杖を付きながら言ったのだ。
「……はぁ?」
 脈絡も無い言葉に、何の冗談だと顔を顰めた。
 今あたしは何で振られにゃいかんのだ、という話をしただけで、次の男が欲しいなんて話しはしとらん。
 それに、
「やぁよ、あんたあたしのタイプじゃないもん」
 それが全てだった。
 哲也は、どちらかと言うまでもなくあたし同様、がっつり肉食系だ。狙った獲物は逃さない。一度牙を立てたら、骨まで綺麗に戴きます、といった感じ。顔も好みの中性的、というか線が細く、尚且つ細身――という条件とは正反対で、身長百八十センチオーバーのがっしりした体躯を持っている。顔立ちもまんま肉食獣なんだよね。
 だからこそ男女の垣根関係なく、十年も友人関係を結んでいるわけだけど。
「第一、あんた彼女作らない主義でしょうが。気持ち悪い冗談言ってないで、あんたこそ自分の恋愛をどうにかしろ」
 昔から無駄にモテるのが、この坂入哲也という男だ。特定の彼女は作らないけれど、周りには掃いて捨てる程女が居る。寄って来る女は全員戴いちゃいながら、「ヤルだけだ」と豪語しちゃうような鬼畜男。
 そんな男だと知りながらも、社内の女性陣の視線は熱い。イケメンな上、エリート街道まっしぐらの部長さんは、優良物件なんですってよ。
 でもあたしは、御免だ。
「俺はお前とだったら付き合いたいんだけどね」
「まだ言うか」
 慰めにしても質が悪い。
 お互い酒には滅法強いので、別に酔っているわけでは無いのだろう。
 そんなくだらない冗談は無視して、あたしは愚痴を再開する。
 だって、大好きだったの。あたしの名前を『みさちゃん』って呼ぶ、穏やかな笑顔。忙しい仕事の合間に、あたしを気遣うように送られてくるメールを見るのが、坂入哲也という上司のパワハラに喘ぐ日々の癒しだった。彼の小さな部屋の、狭いベッドで、抱き合って眠るのが好きだった。朝に出てくる、サラダと食パンだけの朝食は物足りなかったけど。
 出逢ったのは前の職場の同僚が主催してくれた合コン。頭数合わせに誘われたんだ、って困ったように笑った顔にノックアウトされた。無理矢理連絡先を聞き出して、三ヶ月待って告白した。「僕でよかったら」とはにかんだ笑顔は、あたしを身悶えさせた。可愛いなオイ、なんておっさんみたいな感想を持った。
 体の関係になるまでは長かった。三つも年上のくせに、全然手を出して来ないので――まあそれが醍醐味だ――こちらから迫ったんだっけ。
 ああ、どうしてあたしじゃ駄目だったんだろう。
 三年間、いい関係を築けていたと思ったのに。
 純朴な彼の顔を思い出して重苦しいため息を吐いた頃には、哲也の空気を読まない冗談を忘れ去っていた。
 ――のに。
「おーい、美咲?」
 大体、あたしは男に『お前』とか、呼び捨てにされるのは嫌いなのだ。
 横からあたしの髪を一房、引っ張ってくる哲也。億劫に顔を向けた先、
「俺がお前の事、ずっと好きだって知ってた?」

 ――まだその話引っ張るの!? と、文句は言えなかった。

 こちらを見つめてくる哲也の瞳は、とても冗談とは思えない程真剣だった。にも関わらず口元には薄く笑みを刷いている。
 男のくせに、色気まで漂っていやがる。
 するり、と大きな掌に頬を撫でられて、びくりとしてしまう。
 その様子を見て、哲也は喉の奥で笑った。今にも獲物に飛び掛らんばかりの獣の顔をしていた。
 カウンター席から、思わず立ち上がってしまった。
「美咲?」
 甘ったるい声が名前を呼んだ。
 あたしの視線は、哲也の瞳から離れない。離せない。
 質の悪すぎる冗談だ、と頭の中で叫んでみても、吸引力の強すぎる哲也の目から目が離せない。
“あいつは目で女を落とすんだ”
 ふいに、学生時代に友人が言っていた言葉を思い出した。
 聞いた当初は何言ってんだ、なんて答えたものだった。長い友人期間に、哲也の瞳をそんな風に見た事なんて無かったから。
 何の変哲もない、つり上がっただけの目だ。髪の色と同じでちょっと焦げ茶なんだね、へぇ〜ってのがあたしの感想だった。
 瞬きをしない瞳が、あたしを覗き込みながら狭まった。
「お前、俺の事好きになれよ」
 囁くように、哲也が告げた瞬間。
「っあ、」
「あ?」
 あたしは座席に下げていたハンドバックと春コートを引っ手繰ると、
「っんたなんか誰が好きになるか〜!!」
動転し過ぎた大声で叫んで、店から逃げた。

 ――恥ずかしくて、もう二度と、あのお店にはいけない。
 新鮮な海鮮サラダと肉厚な手羽先が大好きだったんだけどね!!





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