01 please, you see me. 3


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 国王の寝室が後宮に移って久しいが、それでも、後宮を訪れない夜は必ずあった。戦で王都を離れ、留守になる事もあった。けれどそれは職務の為で、国王陛下としての務めを果たす為に必要な留守だった。
 先に寝ていて良い、と言われる夜を、マゼルは月に数度、経験した。
 寂しくなかったと言えば嘘になるが、それでも国王の責務を理解していたマゼルは、国王の身体を労わる事はしても責める事など一遍も無かった。
 ――責める必要など、無かった。
 ある時、気づいた。
 不規則だと思われた、後宮を訪れない夜が、月に一度、必ずその日である事に。

 年の近い者があった方が良いだろう、という国王の気遣いで、マゼルが異世界から召喚された折、二つ年上の娘がマゼルの侍女に抜擢された。元々は厨房の小間使いであった娘で、良く気がつくし愛想も良いと評判ではあったが、庶民の娘であった事が少しだけ波紋を呼んだ。
 けれど自分自身が王妃の器でない事を承知のマゼルからしてみれば、貴族の娘達に傅かれるよりも気の落ち着く事だった。
 メイナという名の侍女とマゼルはすぐに打ち解け、まるで友人のように過ごす事が出来た。
 教師が教えてくれない街の暮らしや、城の隅で交わされる噂話から、マゼルはこの世界の一端を知った。そうして彼女が語る国王陛下の姿は、マゼルが見る国王とも、教師が語る記録とも異なった。
 国王が生まれた年、彼が戴冠した年、幾つかの戦での勝利や敗退、国王としての軌跡も勿論知りたい事の一つではあったが、教師が知る必要の無い事と切り捨てた国王の人となりもまた、マゼルは欲した。
 幼い頃の国王がどう育ち、誰を友に何を感じ、そうしてここまで生きて来たか――勿論城の小間使いでしかなかったメイナが語れる事では到底無かったが、それでもリシェルの話から想像を掻き立てて、マゼルは物事の輪郭を補った。
 良く笑う、明るい娘だった。
 マゼルが尋ねれば、瑣末な事でも詳細に教えてくれる。時々話が脱線したし、何事も恋愛事に繋げてしまう性質だったけれど、マゼルはメイナの事が大好きだった。
 メイナもそう思ってくれていたのだろう。
 事ある毎にマゼル様はお優しい、そう言って、マゼルを苦笑させた。出自が低い事で、嫌な思いも散々したのだろう。例えばメイド等も、仕事振りは勿論の事意識や洗練された行動を認められ、元々働いていた場所で太鼓判を押されて送り出されたような、厳選された女性ばかりであったし、王族に仕える侍女達は貴族出身の娘達だった。マゼルに近しい、という理由で侍女になったメイナは、仲間達の中に居場所が無かった。
 それ故にマゼルに心酔し、彼女はけして触れてはならない秘密を、暴いてしまった。
「これ以上、マゼル様に嘘は申せませんっ」
 そう言って泣き噎せいだありし日のメイナを、マゼルは何時までも忘れる事が出来ない。
 目元を真っ赤に染め、腫れた唇を戦慄かせ、スカートをきつく握っていた細い指。
「お優しいマゼル様」
 わぁっと泣き出して、嗚咽の合間に搾り出される言葉。
「なのに、なのにっ!」
 今宵は陛下はいらっしゃらないのね、と。そう、マゼルは遠く呟いただけ。その声に寂しさは滲んでしまった事だろう。昼にも公務で二人揃って出掛けたばかりなのに、だからこそ、寂しい。そんなどうにもならない事を呟いてしまった。
 化粧台を整理していたメイナの顔がくしゃりと歪んだのは、その直後の事だ。
「エマンジェスティに相応しいのは、マゼル様なのに!!」

 嘆くメイナの口から、マゼルは初めて聞く単語を拾い上げた。
 それらを拾いながら、メイナの言わんとする事を、彼女の肩を抱いて宥めながら聞く。

 己が呼ばれるレスティという呼称に、側妃という意味がある事。
 エマンジェスティと呼ばれる正妃には、城内にある王妃の間が宛がわれる事。
 自分が側妃として、後宮にある事。

 知らされた事実に眩暈を覚えた頃、マゼルは知った。

 国王が今、この時、何処に居て何をしているのか。



 数日後、緘口令を敷かれた真実を語った罪で、暇を出されたメイナは永久にマゼルの前から姿を消した。



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 狂おしい程に愛しても、あの方はけして私を見ない。
 そうと知っていたら、これ程までに愛さなかったのに。

 ……そうと知っていたら、愚かな夢など見なかったのに……。


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