雛鳥の思う事。


 愛とか恋なんて、知らない。
 女の子は可愛いし、好きだと思えるし、時々我儘で意味不明でうざったらしく思っても、恋人同士のお付き合いというのは楽しい。キスもセックスも、大好きだ。
 でもそれが恋とか、愛かなんて、分からない。

 例えば、だ。
 オレの母親は所謂二号さんで、未婚でオレを生んだ。父親という男はどこぞの社長だとか言うが、オレは実際会った事は無い。けれど母親はそんな男と未だに関係を続けているし、愛人としての立場を享受している。本妻という人も、その子供達も、見て見ぬ振りをしているらしい。会社が軌道に乗っているのか、羽振りの良い男は愛人の母親と息子であるオレの生活を、沢山の貢ぎ物で補填してくれている。
 お互いがそれで良いなら、オレも別段構わないと思う。大人の事情なんて知りたくないし、知った所でどうしようも無い。
 ただ、不毛だとは思う。
 母親と男が純粋な愛情で結ばれているのだとしても、何らかの利害が一致しているのだとしても、不倫というやつに世間様は優しくない。まあ、他人の意見なんて知ったこっちゃあないというのがオレと母親の総意なので、別にどうでもいいけど。
 でもそれが、愛とか恋なんてやつなら、オレは理解に苦しむ。

 もう二つ三つ例をあげよう。
 オレが中二の頃に、初めてお付き合いした――と言っていいのか――兎に角初めてのヒト。オレにセックスの楽しさを教えてくれたのは、夜中に遊び歩いていた俺がつるんでいた族の先輩だった。百獣の王って格好良いじゃない、なんて理由でつけられた「獅子」という名前が嫌いで、なのに染め上げた金髪が鬣みたいだとからかわれて、ライオンなんて意味不明な呼び名で呼ばれていた頃。その女は一人「日向だし、雛鳥みたいな頭だから」という理由でオレをヒナと呼んでいた。なんだか子ども扱いされているようで気に喰わなかったが、獅子と呼ばれるより、勿論ライオンなんて言われるより、万倍マシだったし、響きは悪くなくて好きだった。
 そんな事で好印象を抱いていた彼女に誘われて、オレ達は身体の付き合いを始めた。
 その理由は彼女が報われない恋、というやつに疲れたかららしかった。相手は既婚者だとか教師だとか、はたまた義理の兄だとか――その全部だったようだが。
 当って砕けて次にいくだとか、もしくは泥沼に進展してみるとか、諦めるとか、それが出来たら苦労しないと、彼女はずっとそんな想いを引き摺っていた。
 高校受験を期に終わった関係なので、その後彼女がどうなったかは分からない。
 でも当時も思ったように、恋ってやつは何て面倒なんだろうと思い続けている。

 純粋、という例では、高校の友人佐久間とその彼女の菜穂ちゃんだろうか。
 隣同士に住む幼馴染の恋人同士。お互いが初恋で、高校に入って付き合い出すまで、他の誰にも揺らいだ事すら無く――高校を卒業して同棲を始める段になっても、お互いしか目に入らないという盲目振りだった。
 ……恐ろしい!!
 菜穂ちゃんも可愛らしい女の子だし、ちょっと天然というか、おばかというか、そういう所が微笑ましい子だ。甘え上手で、佐久間もべたべたに甘やかしていた。対して佐久間も頭脳明晰スポーツ万能、冷静沈着な上に、実家は医院。非の打ち所の無い良い男なのは認める。
 だからと言って、菜穂ちゃんは血が苦手なくせに、一緒に医院を経営していきたいからと、看護科に進学して?
 医者を目指す佐久間は、菜穂ちゃんと一緒に居たいからという理由で、進学校では無く偏差値の低めな高校に入学してきて?
 オレには真似できない。真っ直ぐ過ぎて、そら恐ろしい。

 分からない、という意味では、もう一組の友人カップル、高橋健ことタケと、理子さん。
 お互い容姿端麗ですごくおモテになる。引く手数多、より取り見取り。
 何だろうな。彼らはすごく面倒なすれ違いを繰り返し、喧嘩し、こじれてばかりいる。タケは鈍感で理子さんの気持ちに気付かずに、理子さんは頑固で自分の気持ちを口にせずに。真っ直ぐで直情的なタケは、口が悪いのも手伝って、時々刃物程鋭い言葉で理子さんをズタズタにし、真面目で冷静で大人な理子さんは顔で笑って心で泣いている。
 もっと楽なお付き合いが、簡単に出来る二人なのに。
 それでも一緒に居れば楽しそうに幸せそうに、ちゃんとカップルにも見えるのだから不思議で。
 ちゃんと繋がっている感じがするのが、不思議で。

 そういうのが恋とか、愛とかというのなら、オレのお付き合いはとても薄っぺらい。
 相手は誰でも良い。告白されれば、恋人になって、デートして。誘われればセックスして。そんな事の繰り返し。
 乞われれば、好きも愛してるも言えてしまう。
 誰か一人。特別な唯一。そんなものは知らない。
 だから、オレはオレの今までのお付き合いを悔いも恥じもしない。今のままで構わないし、楽だ。

 でも、時々。
 身近な人達の恋愛を、その幸福を、時々、少しだけ、羨ましくも思う。
 何時か、オレも出逢うだろうか。
 誰に後ろ指さされても貫けるような、苦しくても悲しくても捨てられないような、恥ずかしいくらい盲目的な、理屈ではない所で惹かれるような、そんな愚かでも美しい、恋とか愛ってやつに。
 ――出逢えたら、いい。


 雛が飛び立つその日まで、オレの話はもうおしまい。






TOP



Copyright(c)12/01/15. nachi All rights reserved.