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04 嘘と真実 9



 ルークさんを、怖いと思った。
 思ってしまったら、茶番劇を続ける事が難しくなってしまった。

 ――あの日。

 ルーク・クラウディという人に危機感を抱いた俺は、半ば崩壊していた計画途中で言葉を無くし、心配そうに見つめてくるルークさんを凝視する事しか出来なかった。
 気がつけばルークさんの代わりにクリフの心配顔が間近にあり、背後に控えていたクリフが俺の前に膝をついて顔を覗き込んでいる状態だという事に考え至った。
 控え目に肩に置かれたクリフの手は、俺を揺すろうとしていたのか、既にした後なのか。
 はっとして目を瞬けば、クリフは安堵の吐息を漏らした。
 クリフの一歩後ろでは立ち上がったルークさんも緊張した面持ちを緩め、
「何の反応もなされないので、驚きました」
と呟くクリフに同調するように頷いていた。
「お疲れの所、長々とお待たせした上お引止め致しまして申し訳ありません。部屋を用意いたしますので、お休みになられたらいかがでしょう」
 それを言ったら勝手に訪問したのも、無礼な物言いでルークさんの時間を邪魔したのも俺だけど、優しいルークさんは労わりに満ちた声でそんな事を申し出てくれた。
「これからすぐ、王都へ戻られるという事ではございませんでしたら、ぜひ我が家にご滞在下さい。不十分なもてなしにはなってしまうかもしれませんが……お許しいただけるなら、ぜひ」

 ――そんなこんなで疲労感満載の俺は、一も二も無く頷いていたわけで。



 長逗留するつもりは全く無かったけど、とてつもなく居心地が良いルークさんの屋敷に滞在して、早三日。
 最初は突然の訪問客に戸惑っていた屋敷の人たちも、村の人達も、程なくして俺とクリフを受け入れてくれた。
 長閑な村人は皆、ルークさんに負けず劣らぬ人柄の良さで、日がな一日暇な俺がぶらぶらと散策していると声を掛けたり、村の特産物であるという果物をくれたり、丁寧に案内をしてくれたり。
 村の子供達も幼少期のクリフがそうだったというように騎士に過分な憧れを持ち、チャンバラごっこに夢中で、俺がそれに混ざれば喜んで相手をしてくれる。
 ルークさんとは、毎日農場で馬の世話をする。怪我をしてルークさんが保護をしたという件の野生馬の事だ。
 ヴェジラ山脈はグランディア王国の国境であり、山脈自体も王国内という位置づけではあるが、山脈を含む山岳地には古くから多くの民族が犇き合って暮らしており、ヴェジラ山脈の実りは全てその民族が所有しているという。というのも実りを巡って民族同士の諍いが絶えず、過去にはグランディア王国もそれに漏れず諸民族との戦を繰り広げていた。後、果ての無い諍いから元来穏健派のアラクシス王家は手を引き、以来ヴェジラ山脈はグランディア王国であってグランディア王国でない土地という位置づけになっているという。
 従ってヴェジラ山脈に生息する野生馬も諸民族の所有物という事になり、常であれば無駄な争いを避け、件の馬も放置される筈であった。
 ただルークさんはそういう事情であっても瀕死の馬を放置する事が出来ず、保護したようなのだ。そうして責任を持って、自分で世話をしている。
 見目からしてグランディア産では無いと分かるヴェジラ特有の短足のその馬が、グランディア王国内の農場に居るというだけで、諸民族の目に留まれば争いの種になる。
 いざとなれば自分が全ての責を被るという覚悟で、ルークさんは農場を買い取ってまで、その馬の保護をした。
 ――そんな経緯を聞き、俺はルークさんと共に滞在中の馬の世話を買って出た。飼育経験が無いから出来る事は数少ないけれど。
 数日とは言え密度の濃い時間を過ごすルークさんとは、もう既に何十年来の友のような気安い関係だ。
 アレクセス城に居るより気楽で、もうずっとここに居たいと思うくらいに、俺は村の生活を満喫している。
 当初の目的を明後日に追いやる俺を、クリフは一時間おきぐらいで諫めてくるけれど。
「それで、何時アレクサにお帰りになるつもりです」
 咎める色を隠しもしないクリフのしかめ面も、もう見慣れたものになりつつあった。
「えー……?」
 のらりくらり、俺はクリフの言葉をかわす。
「ロード・ルークを諦めたのであれば、すぐにお帰りになるべきです」
「それは無理だよ」
「では早々に作戦を再開すべきです」
「それも無理だよね。あの穴だらけの計画じゃあ、通用しないし」
「では計画を早急に修正下さい」
「その為にはルークさんをもっとちゃんと理解しないと」
「では具体的に、何時、お戻りになるおつもりで?」
「ルークさん次第かなぁ」
 ではでは五月蝿いクリフは、俺が暢気にそんな事を言っていると、最終的にはこうくる。
「あまりに長い時間、陛下を欺く事は不可能です」
 こう言われると国王陛下への恐怖を捨てきれない俺は、大きなため息を答えにする。
 分かったるんだよ、そんな事は!
 ――と声に出して言わないのは、その反論が無意味だからだ。
 あの恐ろしく整った美貌の陛下は、俺の存在自体には無頓着。俺がハンナさんの紳士化教育にひいひい言っていた時も、乗馬に夢中になっていた時も、早起きして鍛錬場で剣を振るっていた時も、陛下が直接俺に関わってくる事は無い。たまに、ほんとに偶然、顔を合わせる機会以外は、俺がいてもいなくても関係が無いという感じだ。ただ顔を合わせた時には嫌味と冷たい睥睨を忘れない。
 でも結局は俺の事は全部、ハンナさんやライド任せ。
 あの人は俺がティシアに相応しくないんだと発覚しようものなら嬉々として、自発的に裁きにやってきそうだけど、それ以外には興味がなさそうだ。
 そんな陛下だからこそ、俺がアレクセス城を抜け出した事にも気付いていないだろう。
 まあでも、気付いた時には何が起こるか分からない。そんな事になったら断罪しに乗り込んで来そうだな、というのが、計画を知る人間の総意ではあったから、「ロード・ルークの首根っこ引っつかんでさっさと戻って来い」というのが、旅立つ日のライドの有難い助言だった。
 城に居る皆は、今頃帰路の途中だとでも思っているだろう。
 当然俺も、そのつもりだった。
 俺の予定では、無事にルークさんから本音を引き出し、無理矢理でも何でも、それこそ馬の背にくくりつけるでも構わないからルークさんを王都に引き摺って帰って、国王陛下の眼前で「そういうわけだから!」とふんぞり返るつもりだった。
 ルークさんのルークさんたる【問題】も、エスカーニャ神の加護で安易に取り除けると思っていたし。
 今までが何だかんだ俺によりよい方向で進んで来たから、そう出来るものだと、どこか無意識に考えていたのだ。
 でもルークさんの【問題】が俺と陛下で一致している“ソレ”ならば、そんなに簡単にどうこう出来るものでは無いのだと知ってしまった。
 今、陛下の了承無しには王都に舞い戻る資格の無いルークさんを連れて帰ろうものなら、言い訳も許されず切り捨てられると思う。
 けれど俺の危機感を過剰なものだと一笑するクリフは、改心したルーク・クラウディなら何の問題も無いという結論に至っている。
「……欺くっていうのは、言い方おかしくない?」
 結局巧く事を説明出来ない俺は、そんな風に話の方向を変え、クリフのあきれ返った嘆息を聞くだけ。
「私も妻を待たせている身なものですから」
 ゲオルグ殿下の前で、俺を一生の主とばかりに誓言していたクリフと同一人物とは思えない物言い。
 この三日の間に随分俺への態度が変ったものである。
 まあでも、王城勤めの一般兵から王室警護の近衛隊への配属が決定して、帰城の折に正式な辞令が降るという順風満帆なクリフさんですから? さっさと帰って奥様の喜ぶ顔が見たいんでしょうし?
 二の足を踏み続けている俺が文句を言える筋ではない。
「……」
 最終的には沈黙に逃げる俺をクリフがどんな顔で見ているのか、背中に目のない俺には分からないけれど。
 先延ばしするだけ追い詰められているのは、ちゃんと分かっているのだ。
 それでもこの日も、俺はクリフを無視して、溶け込むのに躍起になっている新参者のように、村を散策して周っただけだった。



 そうして四日、五日――ルークさんの屋敷に滞在して九日目。
 クリフの堪忍袋の緒は、ついに切れた。
 滞在中の俺の部屋にと用意された西の角部屋は、早朝とあってか薄暗く、そんな中で見るクリフの仏頂面は見た事も無い程険しかった。
 何時もの朝錬の為に起き出した5時ジャスト。
 隣室を宛がわれていた筈のクリフは俺の寝室の前で、仁王立ちしていた。
「……ツカサ様」
 朝の挨拶もすっ飛ばし、低い声に名を呼ばれ、起き抜けで呆けていた俺の頭は瞬時に覚醒を促された。
「っはい」
 思えばクリフと出会って丁寧語を使ったのは、最初の二言、三言だけだった。それなのにこの日はあまりのクリフの不機嫌具合に、軽口をたたける空気は無かった。
「いい加減に、はっきり致しましょう」
 “いい加減”と“はっきり”の語に力を入れて、クリフが言う。
 それの指す所は、鈍い俺でもよく分かる。
 目に見えてうろたえる俺。向き合うクリフは夜叉王ばり。
「結果がどうあれ、明日、帰路につきます」
 相談ではなく、決定事項。機械的な声音はまるで国王陛下のようでもある。
 お怒りごもっとも。我慢もついに限界がきたのだろう、クリフの瞳には同情の色はすでにない。
「貴方が厭を申されても、それ以上は待ちません」
 茫然と、高い位置にあるクリフの顔を見上げるだけの俺に、冷たくそう宣告して、クリフは暇も告げずに退室した。




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