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04 嘘と真実 8



 伯爵家であるクラウディ家が名を馳せるようになったのは、二代前の事である。
 それまでは貴族といいながらも、領地を持つ身でもなく、貴族院に所属するわけでもなく、王国の民の四分の一である貴族の中でも目立たない部類の家であった。
 領地を与えられた貴族は管理する領民からの税金で、その手腕によっては贅の限りを尽くしたし、貴族院に所属する家系であれば国の政に携わる名誉もあった。しかし貴族の半分はそのどちらでも無い。何百年もの間に膨れた貴族の半分は昔取った杵柄に縋るか、職を持つかのどちらかだった。
 それ故貴族という家名だけは誇れても、実情は少し裕福な民衆とさして変わらない者がほとんどだ。
 クラウディ家もまた職持つ家系だった。始めは画商であった。まだ名の売れぬな絵描きの絵を本人から安く仕入れて何倍かで捌いていた程度のそれが軌道に乗ると、その商いは国内だけに留まらず諸外国にも広がり、やがては王族すら相手にする商家となった。その際の独自のルートが二代前にグランディア王家の目に留まり、外交官としての身分を与えられ貴族院に名を連ねるに至った。
 その二代の間に貴族院の中でも確固たる地位を得た今、貴族社会に置いては無視できない権力を持って君臨している。
 現当主バルバトス・クラウディは、その地位を野心持って高めようとしており、長兄であるガリオン・クラウディは有能な外交官として父の野心を手伝っていた。
 クラウディ家の外交能力はグランディア王国にとって助かるものに違いなかったが、バルバトスの思惑を思えば些か、度が過ぎた。
 エディアルド・アラクシス=グランディア・リカルド二世にとっては、意見の対立しがちな相手として厄介に感じられていた。
 ――果たしてそんなクラウディ家の次男として、誰をも羨む一族に連なる者として、ルークは生まれた。
 長兄ガリオン、三男バルツァーとは腹違いのルークはクラウディ家の中では腫物の扱いではあったが、母親の美貌を受継いだ次男をバルバトスは溺愛しており、随分な自由を与えている。
 その結果、享楽に溺れるのである。
 成人して社交界に姿を現してすぐに、その名と共に、彼の豪遊振りが話題になった。
 賭け事、酒、女だけに限らず、朝な夕、遊び呆けているという噂は真実以外の何物でもなく、かといってそれがクラウディ家やルークの名を貶めたかといえば、そんな事は一切なかった。
 美貌以上にクラウディ家の外交感覚を受継いでいたルークは、人付き合いに置いて、欠点がなかった。
 巧みな話術、気遣い、微笑み――それらは老若男女違わず、誰にとっても好感を持たせた。
 彼のそれの十分の一でも、リカルド二世陛下にあれば良いのにと言われるぐらいのものである。
 クラウディ家にとってルークは汚点では無く、家名を売る道具であり裕福さの象徴だった。

 それ故の自由を謳歌しながら、ルーク・クラウディは二十歳になった。

 ルークがティシア・アラクシス=グランディアを目にしたのは、そんな折だった。
 まだ社交界のデビューには至らない十四歳の王女殿下。
 その兄リカルド二世を思えば、花のように愛らしく天使のように清らかだといわれる彼女の美貌が噂だけのものではないと想像出来る事だったが、実際に目にするまで、ルークにとってそれは関係のない事だった。
 どんなに美しく可憐であっても、冷血と恐れられる国王陛下の妹王女である。そして今まで公の場に出る事のほとんどない、国王陛下が目に入れても痛くない程に可愛がり(あくまでも冗談として噂されていた)王城の奥に隠してきた王女殿下である。
 放蕩者の自覚があるルークは、兄王にも王女にも近づきたくはなかった。
 遊び相手に選ぶには、面倒すぎる相手だ。
 そう思い続けていたのに、ティシアを目にしたルークが抱いたのは、初めての感情だった。
 それを一目惚れと呼ぶ事を、その時のルークは知らない。
 程なくして父親から
「王女殿下とお近づきになりなさい」
と命じられた時、バルバトスの野心など知らないルークは、奇妙に高揚した己の胸中を持て余していただけだった。
 バルバトス同様貴族院の多くがリカルド二世を快く感じて居ない事は知っていたが、まさか自分を足がかりに王女殿下を手駒にしよう等と考えているとはとても思っていなかったのだ。
 自分の魅力が彼女にも通用するとは思えなかった。彼女の魅力の前には、自分はちっぽけでしかなく、まさか王女が自分に好意を持ってくれるなどと、傲慢にはなれなかった。
 惹かれるままに時を過ごし、後戻りの出来ない恋心を自覚した時、ルークはそれを愛と呼んだ。
 そして自分の今までの行いを恥じ、この後は清廉な自分に生まれ変わろうと決めた。
 ――ルークがバルバトスとリカルド二世の思惑に気付いたのは、それより後の事である。



「王女殿下のご婚約に関して、陛下はどのようにお考えか」
 そのような事を貴族院に注進されたのは、ある日の議会の事だった。
 緊張した面持ちの男を前に、言葉少ななそれだけで、リカルド二世は多くを理解した。
 男の背後でバルバトス・クラウディが密かに笑ったのを見逃さなかった。
「どう、とは」
「あと二年で成人される王女殿下におかれては、まだご婚約もされておいでにならない。……つまり、王家の血筋に関しましては」
 その後を言い淀む貴族院に、元老院が俄かに沸いた。王家アラクシスの血族は何もリカルド二世とティシアだけで絶えるものではない。叔父にあたるゲオルグ・アラクシスにも三人の息子がおり、王位を継げる存在は数多ある。何よりリカルド二世自体がまだ若く、病一つない健康体であるから、これから幾度でも子は望めよう。
 リカルド二世の孕んだ怒気に気圧されたのか口を噤んだ男の代わりに、バルバトスが続きを引き取る。
「御子の事は、我らの心配が過ぎましょう。しかし、懸念せずにはおれない事とご理解下さい」
「無論」
「だから、というわけではございませんが、ティシア王女殿下には一刻も早くご婚約を頂ければ――我らも民も安心できましょう」
 リカルド二世には二度の離婚歴がある。そして、子供は無い。一度目は随分口を酸っぱくして進言されたものだが、二度目のそれの際には、結婚や離婚に関しては何も言われなかった。それから三年が経とうと、それらの事は話題にすらされなかった。
 それすら、今日の日の布石だったのかとリカルド二世は鼻白む。
「王女殿下にはもっと公の場に顔を出して頂きたいのです。王女殿下のお相手に、どうか我が子を目通す機会があれば、と」
 バルバトスの後押しを受けてか、最初の男が声を高めた。
 余が結婚して子供を儲ければ満足か、そう言おうとしてリカルド二世は止めた。
 そういう問題ではない事を、理解はしていた。
 保守的な貴族院とは対立する事も多く、お互いに排斥しようと時期を見計らっていた。
 勿論彼らはリカルド二世を退位させようとしているわけでは無い。リカルド二世もクラウディ家の外交術を失う事は痛手だ。
 つまり、どちらが優位に立てるかどうか、という事なのである。
 その時期が、今。
「……よかろう」
 権力に固執するバルバトスの思惑に、だからこそリカルド二世は乗ったのだ。

 まさか放蕩息子と有名なバルバトスの次男に、ティシアが恋をするとは思わずに。

 ルーク・クラウディという男は、バルバトスの次男というだけでもリカルド二世の許容範囲の外に居た。
 その上に何故か好意的に語られる醜聞がある。
 そしてまず、ルーク・クラウディには外面しか無い事をリカルド二世は見抜いていた。
 外見だけでは、これから幾度も押し寄せる荒波を越えてはいけない。
 ティシアを守る術にもならないのに、足を引っ張る要素だけはあるとくる。
 どれだけルークが真摯にティシアを愛そうと、お互いに想い合っていようと、彼がティシアを幸せに出来るとは露程も思えなかった。

 これまで自分に逆らう事をしなかった妹王女が幾度も自身に背いた事に驚きはしても、リカルド二世は自身の決定を覆さなかった。
 そして駆け落ち等という馬鹿な行為に走った二人を強引に引き離す事を、一分も躊躇いはしなかった。
 それによって貴族院との確執が深まろうとも。

 ――かくしてルークは辺境の地へ追い払われ、ティシアはツカサを召喚するに至る――。




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