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14 箱庭の子供達 2



 ルカナートに一人取り残されてからの日々は、ひたすらにネヴィル君とセルト姫の相手をするだけだった。朝食から始まり、遊び相手、二人の勉学中にも一緒にいるように強要され、お風呂だけはなんとか逃げて、就寝まで。
 早朝の鍛錬中は、まだ二人は夢の中なので唯一の一人の時間と言ってよかった。
 あとは城外に出る事は禁じられ、常に2人からの兵士に見張られる事になった。
 そんな日々が、5日過ぎた。
 ――もはや懐かしくさえ感じるが、グランディアに召喚された頃も、同じように安穏と過ぎる時間に慣れて――と言うか逃避して、楽観的に「旅行に来てるみたい」とか「まあなんとかなるか」なんて考えていたっけ。
 別に普通に過ごす分には、この場所も特段悪い場所ではないのだ。
 寒いけど。夜に光る目を見るとびびるけど。居心地は悪いし、心細いけど。不気味だけど。
 でも、自分の居場所はここではないと思ってしまう。
 自分が居たいのは――ここでは無い、と思ってしまう。
 ラシーク王子曰く、毎日グランディアからの使者が俺の返還をせっついて来てはいるらしいのだが、なしの礫。
 だから、ネヴィル君は説得出来なくてもゼラヒア殿下ならどうにかしてくれるだろう……と思って、彼の帰城を待つものの全くその様子が無い。
 ――ほんと、どうにかしてくれよリカルド二世!!

……と悶々としていたら、あまり良く眠れなかった。
 明けた6日の朝は何時もより早く目覚めてしまう。
 両隣ですやすやと眠るネヴィル君とセルト姫の温もり。愛くるしい寝顔。微笑ましく感じたのは最初の内だけだった。
 そもそも何故夫婦の間に挟まれなければならないのかも疑問だが。
 1週間前までは、隣に居たのはリカルド二世だった。広い寝台の上、とは言え、美貌の異性と眠るのは中々の緊張感だった。寝相は良い方だが、万が一殴ってしまいでもしたら殺されるんじゃないかという恐怖もあった。
 けっして、寝心地の良い環境では無かった筈なのに。
 慣れとは恐ろしい物である。
 朝起きて見る隣の空白が――そこに気配だけを確かに残したそれが、恋しくさえあるなんて。
 我知らず漏れた嘆息を吐き切って、俺は静かに寝台を下りる。
 二人を起こさないように足を忍ばせ、ソファに掛けていた毛皮のガウンを羽織ると、そのままそこに凭れた。
 そうして首に提げている懐中時計を、服の外に取り出した。
 本来、ネックレスにするには重い代物である。装飾品としても、見栄えは良くてもけしてドレスの胸元には似合わない。
 普段は荷物に入れっ放しで、正直存在を忘れていたそれ。何時かリカルド二世が、何の説明も無しに寄越したそれ。
 あの朝、何かの予感でもあったのかリカルド二世はそれを身に着けておけと命じた。
 他の荷物は全て持ち帰られて、着の身着のまま取り残されたので、あの命令が無ければこの懐中時計は俺の手には残らなかっただろう。
 中央には双子石の片割れであると言う、石。特殊な鉱石で、1つを二つに割ると磁力を発して、常にお互いの在る所を向き合う、と教えてくれたのはクリフだった。その特性ゆえに、主に指輪にして夫婦が持つものだという、嬉しくない補足付きで。
 リカルド二世と引き合う俺の双子石は、常に同じ方角を向いている。
 ラシーク王子の予想では、国境の砦に滞在しているだろうという話で、多分その場所からは移動していないのだ。
 一人取り残された日から、これは俺のよすがだった。
 必ず、迎えに来てくれる。
 悔しいけれど。本当に悔しいのだけれど。リカルド二世は何だかんだと言って、『切り捨てない最善』を選んで実行していく人だと――もう知っているから。



 朝の鍛錬を終えて、浴場で汗を流した後は朝食である。時間に遅れるとネヴィル君の機嫌が悪くなるので、なるべく早めに到着するように心掛けているのだが――毎回、その道すがらに顔を合わせる人が居る。と、言うか、待ち伏せされている。
 今日も今日とてにこやかな笑顔を貼り付けている、その様はどこかラシーク王子に似ていて、つまりその笑顔に裏がありそうで怖い。
「おはようございます、ツカサ様」
「……おはようございます、エイジャナ」
 当たり前のように隣に並んで、広前への道を行くエイジャナさん。
「今日も精が出ますね。我が主にも見習って頂きたいものです」
「私も幼い頃は、同じでしたよ。今はもう習慣となって、怠ると調子が悪いので。それにネヴィル殿下には、勇猛な兵士の方々がついていらっしゃるのですし」
「どうでしょう。その兵士の中に裏切り者が潜んでいるとも限りません」
 何て事の無いように、エイジャナさんは笑う。
「自身の身を自身で守れるのが一番ですよ」
「……エイジャナも、そうなのですか?」
「……と、言いますと?」
「つまり、エイジャナも自身を守る術があるのでしょうか?」
「成程。いえ、私は、しがない楽師ですから」
 お互いに何所か探るような会話。
 エイジャナさんの外見は線も体躯も細く、何なら最近、顔色が悪い。確かに戦闘力がありそうなイメージは無いが、この異世界において俺の認識は余り役に立たない。
 と、ここで長閑に思考を遊ばせている場合ではないのだ。エイジャナさんは日常会話の中に突然奇妙な話題を挟んで来るので、その隙を与えると厄介な事になる。
 会話の主導権は恒に、俺が握っていなければいけない。
「エイジャナ、お聞きしても宜しいでしょうか」
「何でしょうか?」
「以前から気になっていたのですが、ネヴィル殿下とセルト姫のお母上はどうなさっているんですか? セルト姫がお母上に貰った人形を大事にしていらしたのは知っているのですが、それ以降全く聞いた事も無くて……」
 ふと、エイジャナさんと視線が交わる。
「お二人の母君は、王都にお暮らしです。もっとも、セルト様の母君は先日お亡くなりになりましたが」
「そ、そうなんですか?」
「ええ。ゼラヒア殿下の不在は、実はその為なのですよ」
「でも、その……それでは葬儀などがあるのでは」
「ええ」
「セルト姫は、行かれないのですか?」
「セルト様はご存知ない事です。ですからツカサ様もどうぞご内密に」
 平然と告げられた言葉に、俺は愕然としてしまう。なんの事情があったら、母親の死を知らされないなんてことになるんだろう。あんなに小さな子供が。
 そもそも、あんなに小さいのに親元を離れて結婚して、ってどんな心境なんだろう。
 けしてセルト姫が不幸に見えるわけでは無いし、毎日楽しそうな様子ではあるけれど。
「王族と言うのは、ダガートに限らずそんなものですよ」
「……」
「ところで、ツカサ様はサンジャリアンの娘に会ったそうですね」
「……え?」
「ネヴィル殿下の供の……」
 供と言うよりあれは、奴隷か玩具だ。冷たい雪の中、裸と変わらぬ格好で引き摺られていた、手足の不自然に細い少女。生気の乏しい瞳で、感情を知らない表情で。それでも清廉な空気を持った不思議な少女。
「……ええ。お会いしました」
 眉間に皺が寄る。あれきり俺が目にする事は無かったが、グランディアの騎士達が時折見掛けていた。やはりネヴィル王子に引き摺られていて、普段は地下牢の部屋に居るのだとか。
 地下牢!! 地下牢が部屋って!!!!!
「初めて見るサンジャリアンはどうでしたか?」
「初め――……」
初めてではない、と言うのを寸でで堪える。ルビスでユスラ達サンジャリアンに会ったのは極秘事項だ。
 それはそれとしても、彼女の扱いに抗議したり、非難したりは出来ないので慎重に言葉を紡ぐ。
「とても繊細な顔立ちと――独特な容貌は、初めてラシーク王子を拝見した時と同じで、ただただ驚くばかりで、」
「いえ、そう言う事では無く」
 エイジャナさんは話と共に、俺の前に出る事でその歩みさえも遮った。後少しで広間だと言うのに、その所為で足が止まってしまう。
「サンジャリアン固有の、印象です。異世界人であるツカサ様だからこそ感じる、何か。何か特別な力の波動や、空気感。そう言う物はありますか」
「サンジャリアン固有の、ですか……?」
「例えば我々、ダガートの民にはどんな事を感じましたか? バーリアンには? グラディアンには?」
突然、興奮したように矢継ぎ早に尋ねられる。
「えぇと……」
 勿論、ある。
 最も強烈に、それと感じられたのはサンジャリアンだけだ。彼等の圧倒するような空気と、彼等に関わる際に脳内にちらつく、緋の眼の紋様。他の誰にも見えないらしい、その紋様が見えるのが自分だけと言うなら、それこそ異世界人なればこそ。
 それから――ダガートは、と言うか、この国に近付く程に強くなった寒気。あれがただ冷気から来る震えや心細さだったのかは分からない。それがダガート国に対してなのか、ダガート人に対してなのかも。この国の真白に吹雪く雪景色を見るだけで、腹の底に重い何かが落ちて来る。そんな感覚。
 それを言葉にするのは難しいし、エイジャナさんが何を知りたいにしろ、口にすべき事では無い、だろう。
 だよね、リカルド二世!?
「外見の差異以外に、それぞれの特別な印象は、特にありません」
 そう答えると、エイジャナさんは暫く俺を見据えて……小さく首を振った後、踵を返した。
「それは、残念です」
エイジャナさんの声音は淡々と、響いて消えた。




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