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13 異なる国 5
模擬試合の会場となる広間は、学校の体育館を彷彿とさせる造りだった。
二階席はぐるりと試合場を囲みどこからでも臨める形となっており、試合場自体も、床から数段せり上がっている。
体育館の中央に、ボクシング等の舞台があるような感じだろうか。
広間の二階席にはゼラヒア殿下やリカルド二世などの招待客。一階には出場者と、哀れにも警備に残されてしまった最低限の兵士以外。
二階席では酒や軽食なども振舞われ、試合が始まる前の時間を楽しんでいる模様だ。
俺は、といえば、緊張気味のクリフの隣で待機中。ライドは酒瓶をかっくらいながら、他の出場者と雑談中といったところか。
ドレスから着替えて、髪を項で結って。手にした木剣の感触を両手で確かめながら、緩む頬を感じる。
ルカナートに来てからも早朝の素振りに励んできたが、こうやって試合形式の訓練をする事は相当久し振りだ。
さっさと負けて終わらせろ、と言われてしまったし、相手が少年である事も考えれば、大した試合にならないとしても――嬉しい。
篭手や膝、足首や肩、それから胸元に当てられた防具は、グランディア王妃である俺への配慮。怪我をしないようにと言われ、ネヴィル君同様着けられたもので、だから俺とネヴィル君の試合はあくまでも、腕試しというか、その程度。
なので、誰も期待してないだろう。
高校の大会では、俺の試合といえば多くの観客を呼んだものだが、今日に限っては、その後に行われる精鋭達の試合ばかりが待ちわびられてる。
出場者の一人であるクリフは、だからこそ青褪めた表情でかちんこちんになっていて。
そういえば俺も、クリフの戦闘技術がいか程のものなのかは知らないな、などと隣を見ながら思う。
事情通だから、という理由以外にも、王妃の近衛隊長になるくらいなのだから一応それなりに実力はあるだろう。でなければ、その地位に突然抜擢されたクリフに従わない者も居る筈だ。
それにクリフは体格にも恵まれている。長身だし、がっしりとした体躯に、筋肉質な手足。胴長な分、手も長い。出場者の誰と比べても見劣りしない。
「そんなに緊張しなくても、遊びみたいなものなんだし」
膝の上で両手を組んでいるクリフにそう声をかけてみると、色を失くした顔がこちらを向いた。
「そうはまいりません」
それから重苦しく息を吐いて、
「国の威信が掛かっているのです。どうあっても負けられません」
「……そんな大袈裟な」
「大袈裟なものですか!」
クリフはまさか自分が出場するとは思っていなかったのだ。グランディアから二名が出場する話になった時、ライディティルとおそらくその副官のどちらかが出場すると思っていた。だから、試合とはいえ精鋭達の戦いっぷりを見れると、単純に気色を浮かべた。
けれどそれは、鶴の一声。陛下に命じられて否が言える筈もなく、こうして出場者席に座っている。
ルカナート、グランディア王国、ゼールフォン王国からは2人ずつ。モノス公国と他3国で1人ずつ。計10名で行われる試合はトーナメント形式で、その組み合わせは既にくじ引きで決まったようだ。
バアル王国からは参加者無しで、出場したがりそうなラシーク王子に至っては観客席にすら姿が無い。興味が無いと素っ気無く言っていたラシーク王子が、以前ブラッドの早朝訓練の様子を嬉々として見たがっていた人と同じ人間だと思えないくらいだった。
まあ兎に角出揃った精鋭の中で、クリフは完全に萎縮してしまっていた。
「でも、二試合目でライドと当たるんだし。流石にライドには勝てないんだから、頑張って一勝くらいはさ?」
「……それは、そうなのですが」
厳選なるくじ引きの結果、一試合目を勝ち上がれば、次の対戦相手はライドなのだ。グアンディアの筆頭騎士、当代随一の実力者と謳われるライドになら、負けて当たり前という話である。
だがクリフの視線の先には、第一試合の対戦相手が居る。
「……体格じゃ無いでしょ?」
クリフの懸念の理由が分かってしまって、俺は慰めるようにも鼓舞するようにも取れる口調で言った。
「そう、ですね」
相手は、何食ってそんなに大きくなったのか、というくらいの大男だ。俺にとってしてみればクリフだって大概大男だが、その男は縦も横もクリフより二周りは大きい。腕なんか樹齢百年は越してそうな大木だ。そして何故だか上半身裸なのだが、その身体には大小様々な傷が刻まれていて、まさに歴戦の勇士といった風貌なのだった。
「王妃殿下の近衛隊長としても、無様な負けだけは晒せません」
などと、既に負けムードなクリフが溜息をつきたい気持ちも分かる。
面を取れば一本勝ち、みたいに、勝敗条件が分かりやすい剣道ならば、どれだけ体格に差があっても負けない自信はある。けれど今回は違うのだ。
戦闘不能になった方の負け。勿論生死のやりとりをするわけでは無いので、どちらかが『降参』をコールする場合というのが一般的だ。それは剣を飛ばされた、などの戦闘手段を奪われた時や、剣を首に突き立てられた時などに潔くコールするという意味だ。
もちろん剣以外の拳や蹴り技等は、禁止である。
武具は全員共通して、木剣一本と木盾。
見るからに力自慢のクリフの相手は、木盾すら粉砕してしまいそうだ。
俺だったらどうするだろうか。速い動きで掻き回して、背後を取る以外の選択肢は見付からない。一度でも剣を合わせたら、こちらが使い物にならなくなる。
同じ事をクリフに出来るかと言われたら、どうだろう。狭い舞台の上で、攻撃を掻い潜りながら背後を取るのは至難な気がする。
上手いアドバイスが見付からないまま、沈黙する。
そういう意味ではライドも同じじゃないだろうか。クリフが彼に負けた場合、ライドの第二試合の相手がその大男なのだ。
だからといってライドにアドバイスを求めては、意味が無い。
「……頑張ろう」
「……そうですね」
結局、そんなやり取りが出来ただけだった。
そうして全ての準備が整って、まずは俺とネヴィル君の模擬戦が始まる事になった。
そういえば姿が見えなかったネヴィル君は、けたたましいファンファーレと共に、わざわざ兵士の一隊を引き連れて入場行進し、現れた。
それから自信満々に剣を突き出し、まるでホームラン宣言をする野球選手のように「負けない」宣言をかましてくれた。
そうするとふつふつと俺の負けん気も湧くものだが、ネヴィル君の一太刀を盾で受け止めた瞬間に、頭上から殺気を感じて萎えた。
負けなければいけない。それも早急に。
何せリカルド二世に散々言われたのだ。愚かだ、間抜けだ、考え足らずだ。余計な事ばかり漏らすその口を、金輪際閉じておけ。そんな事を、淡々と。
理由は分からないがそう念を押されたからには、負けないとならない。
そうでなければ、ネヴィル君にはあっという間に勝ってしまえる。
大雑把に振るわれるだけの剣は、受け止めるのも跳ね返すのも避けるのも簡単。
だからこそ、逆に負けるのが難しい。
子供のチャンバラごっこのように、剣と盾を当て合って、数分。
多分見ている人達もなんら面白くも無いだろうに、それでも観客である兵士達は、ネヴィル君の応援と歓声を絶えず上げている。
勝ち方を考えた事はあっても、負け方を考えた事は今まで一度も無いのだ。どうやったら自然に負けられるのか分からず、俺は防戦一方だった。
試合が始まる前に、どうやったら負けられるのか聞いておけば良かった。
考える間にも、反射で身体が動いてしまう。
そうこうしている間にもネヴィル君は体力が尽きてきたのか、剣筋が更に大振りになる。
「えいやっ」
と声を上げて、ネヴィル君が剣を横から叩きつけてくる。
その軌道を目で追いながら、閃いた。
剣を合わせる瞬間、柄を握る指先の力を緩める。
鈍い衝撃に合わせて手放した俺の木剣が宙を舞った。跳ね飛んだそれは回転しながら壁にぶち当たる。
肩で息をしながら目を見開くネヴィル君を前に、俺はゆっくりと両手を上げてコールした。
「参りました」
その瞬間に、大歓声。
審判役の兵士が、ネヴィル君の勝利を告げる。
――良かった。ちゃんと負けられた。
そう安堵の息をつくものの、頭上から落ちてくる冷気は、消えなかった。
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