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13 異なる国 1
ドラグマから帰ってからも、俺はブラッドとして、何だか色々な物を見せられた。大抵案内してくれるのは、ヨアキム将軍の配下の兵士二人だった。
ツカサとして案内された宝物庫や、城下町の鍛冶場や、山頂からの景色や――そんな物を見て帰る度に、リカルド二世に尋ねられる。
そこで何を感じたか。
どうやらあの【サンジャルマの眼】を感じた時のような、ああいう不思議な感覚を覚えたかどうかが知りたいようだった。
けれども、答えはノー。
ただ、あのサンジャリアンの少女の住処だという、寒々とした地下の牢屋だけは様子が違って見えた。
灯りも無い、暗くて黴臭い、およそ人が暮らすに適さない場所。何とは言えない生臭さというか、怖気立つような陰鬱な独特の空気というか、そういう物の中に、言葉では言い表せない何かがある。
それは恐ろしいような、それなのにどこか安堵を覚えるような、良く分からない感覚だった。
一方でツカサとしては、ネヴィル君やセルト姫と遊んだり、ゼラヒア殿下の妃や体調の回復した奥様方との会話に花を咲かせ、雪国での滞在の日々を過ごしていた。
そんな中で、驚くべき人と再会する事になった。
それは、ルカナート城建城を祝いにやって来た俺達とは用向きの異なる、客人だった。
引き合わされた時、何故彼女がここに居るのか分からなかった。
何の遺恨も無いように微笑んで、彼女は俺に抱擁を求めた。
まるで仲の良い友人に接するかのように、楽しげに。
「……ファティマ様」
何とか彼女に応じた俺の声は、固く強張ったものになってしまった。
ファティマ・アル・ナージャ。
ラシーク王子の異母姉である、バアル王国の姫君。過去にリカルド二世陛下の側室であった彼女は、『あの夜』の事件を受けて、国許で謹慎処分にされた筈だ。
アマ・ダ・マという、女性だけが暮らす修道院のような場所で、罪を償う為に暮らすのだ、と。
その筈の彼女が、自分達より先にルカナートに滞在している。
その理由もまた、考えられないようなものだった。
曰く、彼女はアマ・ダ・マへと向かう道中に姿を消し、捜索中の身の上だったのだ。
お抱えの吟遊詩人であったイクタルさんの協力で、旅芸人に紛れてルカナートにやって来て、そしてゼラヒア殿下の客人としてもう半年、滞在しているという。
その事がバアル王国やグランディア王国に伝わって、今回ラシーク王子が彼女を迎えに来る目的で俺達の一行に加わっていた。
――というような事を、ファティマ姫は事も無げに言った。
「こうしてまた貴女に会えて、嬉しくてよ」
抱擁を解いて艶やかに笑うファティマ姫は、俺を殺しかけた事など無かったようで。
「……私も、です」
俺に、そう答える他に、どう出来たというのか。
「貴女とは色々とあったけれど、全て忘れて、新しい関係を築いていきたいわ。わたくしを許して頂戴ね?」
「……勿論」
付け足しのような謝罪とも言えないそれを受け取って、頷く他に、何が。
青光りする縞柄の毛皮の下に、バアルの露出の激しい衣装。寒いのか暑いのかはっきりしない格好の、最早懐かしさすら覚える傲慢な姿勢。
驚愕が過ぎ去った後残ったのは、ただただ呆れる心だけだった。
しかも過去には子供も産んだ事がある、良い歳した成人女性がこれなのだ。子供のまま大人になってしまったような印象の彼女に、真剣に向き合うのは馬鹿らしかった。
彼女は聞いてもいないのに、グランディアでの側室生活がそうであったように、ここの暮らしも大概退屈だと嘆き、俺もまたそうであろうと同情するように思い出したような労りを言葉に乗せて、途中から全て右から左に聞き流している俺を気にした風も無く延々と喋り続けて、ようやく愚痴を終えて満足したのか、最後にはあっさり俺を解放した。
またお話しましょうね、と、会話らしい会話など紡げてもいないのに、そんな事を言って別れた。
一緒に部屋を抜け出したラシーク王子が、「すみません」とうんざりした顔で言うのに苦笑して、自室に帰るなり寝てしまったわけだが。
どうにもファティマ姫は自国に帰る気は更々無いようで、ラシーク王子はその事を困った事だと嘆息しながらも、それ程困ってもいないような表情だった。
そもそもルカナートへはその城の築城を祝いに来た筈が、祝いらしい祝いもそこそこで、毎夜開かれる宴も、大した規模も無い。そもそもルカナートという場所は、山間にある三つ程の集落と城が建てられた山壁の小さな街の事であり、ゼラヒア大公夫妻とヨアキム将軍以下兵士を除いて、近隣から集まってきた村人が暮らす場所なのだ。
それらが宴に参じる事は無く、ただ招待された俺達が芸人の催す芸を見たり、吟遊詩人のイクタルさんの歌声を聴いたり、何だかんだと適当な会話を繰り広げるだけの、ちょっとした誕生祝のような雰囲気があるばかり。
ゼラヒア大公はダガート国王の住人居る弟の末席であり、しかも国王に煙たがられてルカナートなんていう辺境に追い出され、寂しく余生を送っている――ような、そんな人らしい。
だから、グランディア王国の国王ともあろう人が、自国の祝祭を放り出してまで訪なう価値なんて無い、というのはライドの言だが、ファティマ姫の言うように、招待客の誰もが滞在期間が過ぎ行く程に退屈を感じているようではあった。
リカルド二世がどう思っているかは何時もの無表情からは窺い知れないけど。
そういえば、そもそも何時までルカナートに居るつもりなのだろう、と俺が疑問を感じ出したのは、滞在が七日を過ぎようという時だった。
何時もはゼラヒア大公殿下と出歩いているリカルド二世が、珍しく自室で読書に耽っていたので、同じように珍しくネヴィル少年からの遊びの誘いが無く暇を持て余していた俺は、陛下が読んでいる詩集の背表紙を見つめながら、声を掛けた。
背後の大きな寝台に寝そべっているライドの姿も視界に納めながら、どちらかが答えてくれれば良いな、という風に。
「グランディアには何時帰るんですか?」
思った通り、リカルド二世は無言を貫く。
数秒待っても、こちらの質問に答える気も無いようで、詩集に目を落としたまま、長い指がぺらりと頁を捲る音が微かに響いて。
それだけ。
ただその背後で、大柄な影がのそりと起き上がった。
寝台で胡坐をかき、本当に寝そうになっていたのか胡乱な表情で欠伸を一つ落としたライドが、頭を大きく回しながら言った。
「報せが来るまで」
「……報せ?」
「そう」
陛下と同じような端的な、意味の分からないそれ。
「まあ良いから、黙って待ってろよ。そんなに長く居る必要はねぇから」
甲冑を脱ぎ捨てて完全なオフ状態であるライドは、爆発した頭髪を揺する。
肌蹴たシャツの胸元には、首から下がった六角形のペンダントが見えた。隆起した筋肉の隙間に窮屈そうに納まって、何だか酷く不恰好だ。
これがウィリアムさんであったら普通にスルーする所なのだが、邪魔臭そうな装飾品を好まない大男の首に下がっているそれが滑稽で、説明の不足を怒るのを忘れて、凝視してしまった。
ライドがそれに気付いてか、まるで俺の視線から隠すように、軽く身を捻った。
--隠したと思ったのは間違いだったかもしれない。そのまま勢い良く寝台に倒れ込んで、動かなくなる。
「……寝るのかよ」
釈然としないまま小さく突っ込んで、眼前の陛下に目をやるも、相変わらず詩集を読んでいるリカルド二世も、やはり何かを答えてくれる素振りは無い。
昨夜、またしてもシリウスさんから届いた三冊目の詩集は、『祈りの詩』と題してある。
最初に届いたそれより薄っぺらく、二冊目に届いた物よりぎゅうぎゅうに文字の詰まった、詩集。
リカルド二世は飽きもせずそれを読んでいるので、どうやら本当に、この人はこの類の本が好きらしい。
幾ら好きだからと言ってわざわざ届けてもらわずとも、グランディアに帰ってから読めば良いものを。
にも関わらず、シリウスさんからの届け物の中身を知ったゼラヒア殿下が呆れたように、己の所蔵の中から貸してくれた詩集には目も通さないのだから、不思議だ。
まあ、暇潰しに手に取ったそれの中身が、『ダガートは崇高なり』みたいな内容を延々書いた物だったから、面白くないのかもしれないけど。
届いたのは詩集だけでなく、今テーブルの上に置かれた氷菓子もその一つ。透き通った薔薇色の、角砂糖のようなそれは、俺が好んでいるお菓子だ。
それ自体はダガートに定期的に献上される品の中にもあるらしいけど、それらがルカナートに巡ってくる事は殆ど無い。
というより、ルカナートへはダガートから物資が渡って来る事は皆無らしい。
追いやられた、という表現が正しいゼラヒア大公の暮らしを補うのは、確かにダガートへの献上品ではあるのだが。
他国から渡って来る献上品は、必ず、俺達が通ってきた関所を通過する。そこからダガートの中心へ向かう輸送路の最中で、その一部をルカナートの兵士達が――頂戴するのである。
しかもそれを、各地に潜むサンジャリアンの残党の所為にするというのだ。
かつてのルカナートがそうであったように、緋眼の民の隠れ里は、未だに存在する。それらの民達が輸送品を強奪しているという図式は確かにあるようだが、実はそれを隠れ蓑に、ダガートの各地で同じような行いをしているダガート民もいるそうな。
実際の所、サンジャリアンが輸送品を奪っているかは定かでは無い。
他国の多くの人間が神聖なサンジャリアンが、そんな盗賊のような真似はする筈が無いと思っているようだ。
それらの話は、宴の最中の会話で知れたものだけど、普段は聞けないそんな些細な情報が、有益な情報なのだとライドが言っていた。
つまり、そんな小さな事ですら、普段外には漏れて来ないのだという。
それだけで、ルカナートを訪れた意味はある、らしい。
「ツカサ」
黙々と氷菓子を摘んでいたら、唐突に呼び掛けられた。
抑揚の無さで声の主はすぐ知れる。
最近、「貴様」や「おい」と呼び掛けられる事は少なくなっていた。
「……何ですか?」
だけどやっと人並みに扱ってもらえているような気がしても、嬉しくなんて無い。
「暇なら、働け」
だって、言う事はちっとも優しくないのだ。
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