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12 獣の住む城 5



 前日の事があったからだろうか。翌日の朝食は、どうやら女性陣は各自、宛がわれた部屋で摂る事になったようだった。
 マリッサ様は気分が優れず、ゼールフォンの王妃はホームシックにかられ泣いているとか何とか。
 男性陣は食事の後に街に出掛けるらしい。なので俺は、自由にしてろと言付かった。
 護衛と見張りにダガートの兵士が付いて回るが、許された限りに城を見てくれて構わない、との事。
 朝錬をして、朝食を摂って、暇だったので陛下に前夜勧められた詩集を手に取って――物の数分でギブアップ。
 マリッサ様とお喋りにでも興じたい所だったが、マリッサ様はお休みになられてるとの事で、モノス大公も看病の為に城に残っているというので、諦めた。
 話し相手の一人であるヤコブは、『狼』の格好をしてリカルド二世に連れ出されてしまったので、クリフ相手に鍛錬と勉強を数時間した後、昼食を摂って、城の中を見て回る事にした。
 ルカナートに来る事が決まった際、シリウスさんに言われていたブラッドの『狼』としての役割を、こなす為でもあった。
 つまり求められていたのは、諜報、としての仕事。
 俺に何が出来るとも分からないが、俺の全国言語読解力が大いに役立つだろう、というのがシリウスさんの言。異世界人の立場も警戒心を抱かれにくいから、ようは何でも良いから有益な事を見聞きして来い、という事だった。
 とりあえず城の構造を把握してはどうか、というクリフのアドバイスを聞いて、ダガートの兵士に案内をお願いした。
 ――ら、何故だかヨアキム将軍と紹介されたあの眼帯の男性が、その役目を担ってくれた。
 ゼラヒア大公殿下が不在の時分は、ヨアキム将軍が城の留守を任されているらしいのだが、そんな大任を負った人に案内される辺り、警戒されているのかもしれない。
 これはあんまり気負わずに、単純に城探索を楽しんだ方が良いかもな。
 時間の大半をつぎ込まれた、ゼラヒア大公殿下が収集したという絵画や工芸品の、細かい謂れはどうでも良い。廊下に飾られた豪華な細工の置物だったり、派手派手しい色の壷だったり、古い蔵書だったりは、目新しいのは最初だけで途中で飽きた。
 熱心に説明してくれるヨアキム将軍には悪いが、「へぇ」とか「はぁ」とかしか相槌を打てない俺を前に、最終的には「遊戯室へ行かれませんか」と提案してくれた。
 それにしても、どうして金持ちっていう人種は収集癖があるんだろうか。それも古いもの、とか珍しいもの、に目が無い。
 ステータスだと言われればそれまでだか、何でもかんでも集めれば良いという物でも無いだろう。広く浅くでは無く、これ、と決めた物を極めて欲しいものだ。
 ヨアキム将軍に先導されて、回廊を歩いていると、何やら賑やかな声が聞こえてきた。
 きゃっきゃと、可愛らしい笑い声が響いている。
 俺が何となく足を緩めると、それに気付いたヨアキム将軍が左の方向を向いた。
 調度歩いていた所が建物と建物を繋ぐ屋根つきの渡り廊下で、格子窓からは雪が降り続いている様子が眺められる。
 ヨアキム将軍はその窓から外を覗くようにして、言った。
「ネヴィル殿下とセルト姫が遊んでおられるようです」
「セルト姫?」
「殿下のご側室のお一人です」
 俺も格子から下界を見下ろしてみる。
 ちらちらと舞い落ちる雪粒も何のその、もこもこと温かそうな外套を着た小さな子供が、走り回っているのが見えた。髪の長さからして、それが多分セルト姫という側室なのだろう。まだほんの子供、である。
 周りには沢山の大人が侍っているようだ。
 少し視界をずらすと、ネヴィル君の、レモンのような明るい金髪も見える。
 ネヴィル君は手に握った紐で、何かを引っ張っているような――。
「!?」
 俺は思わず格子を両手で掴んで、その様子を凝視してしまった。冷たい感触に裸の手が冷えるが、それよりももっと、体の奥底が震えた。
「――っ何を!?」
 言葉は最後まで続かず、俺は走り出していた。
「ツカサ様、どちらへ!?」
「下!!」
「階段はこちらです!」
 驚くヨアキム将軍に短く答えると、走っていた方向とは反対を示されるので、慌ててUターン。
「連れて行って下さい!」
 叫びながらヨアキム将軍を急かして、俺は階段を駆け下り、中庭へ飛び出した。
「――ちょおっと待ったぁあ!!」
 中庭に飛び出様、叫べば、そこに居た全員の視線が俺に集中した。
 笑い声を止めたセルト姫はきょとんと瞬き、ネヴィル君は顔を顰める。
「お前!!」
 とんでも無く嫌そうな顔をしたネヴィル君は、思った程に雪を被っては居ない。大きくせり出した屋根や、立ち止まった二人の子供に傘を差し出す大人達のお陰だろう。
 しかし今はそんな事は関係無い。
「何をやってるんですか!」
 俺は怒鳴るようにして、ネヴィル君が引っ張っていた紐の先に駆け寄った。
 雪に突っ伏した小柄な少女が、顔の半分を雪に埋めたまま胡乱な視線をこちらに向けている。剥き出しの肌を赤く染めた傷だらけの少女は、手足の先に重そうな鉄球を繋がれている。
 唇の色は紫で、吐く息はか細く、今にも凍え死にそうな程だ。
 いやに脆弱な手足は、力なく雪の上に投げ出されている。
 長い事そうやって引きずられていたのだろうか、少女の体と鉄球が作ったと思われる跡が、雪の上に溝となって幾筋も残っていた。
 後から駆け寄って来たクリフが、外した自分のマントで少女を包んだ。
「何を勝手な事をしている」
 少女を膝の上に抱えたクリフの表情が、曇る。
 不機嫌そうに言いながらネヴィル君は紐を引っ張ったが、その紐をクリフが掴んだ為に、ネヴィル君の望みは叶わなかった。
「このっ!」
 大股で近寄ってきたネヴィル君が振り上げた手は、クリフに向かっている。俺は間に立ち塞がって、その手を掴んだ。
「そちらこそ、何をしているんですか!!」
「何とはなんだ!!」
 見上げてくるネヴィル君の瞳の中には、激しい怒りが宿っている。
「お前こそ、何なんだ! 何故、余の邪魔をする!」
「するに決まってるでしょーが!」
 遅れて出てきた左手も掴むと、合わせた手を組んで押し合いのような形になる。意外に力は強いようだが、如何せんまだ子供のそれなので、俺にでも押し留める事が出来た。
 おろおろとする使用人風情の女性達の他、ネヴィル君達の護衛だと思われる兵士達は、剣の柄を掴んで、じりりと近寄って来ていた。ネヴィル君が命じれば、すぐにでも剣を抜き放つだろうと思えたが、ネヴィル君の方はそれ所では無い様で、歯を食い縛って俺を押し倒そうと必死。
 腕と体を捻って、足を踏ん張って、怒りの形相で俺を睨んでいる。
「手を離せよ、異世界人!」
「嫌です!!」
 離したら何をするか分かったものじゃない。
「何があったのか知りませんが、こんなの、あんまりな仕打ちじゃないですか!!」
「何も分からないのなら口を挟むな!」
「断固拒否します!!!」
「異世界人が、余に逆らうな!!」
「何様ですか!」
「余は、オンリウム・ゼラヒアの息子ぞ!」
「だから、」
 ――どーした!!
 子供の喧嘩のような怒鳴り合いを繰り広げていたら、突然大きな影が視界と言葉を遮った。
 ぬっと伸びて来た手が、ネヴィル君の額を叩く。
 呻いたネヴィル君の力が緩み、繋いだ両手が解かれた。
「良い加減になさい」
 穏やかでいて、酷く威圧的な声の主は、隻眼の将軍だった。
 声の調子が臣下のそれではなく、悪戯をした子供を叱る大人のそれのようだったから、俺は呆気に取られてヨアキム将軍を見上げてしまった。
 その焦げ茶色の一つ目が、俺に向けられる。
「グランディア王妃も」
「……はい、すみません」
 視線が余りに冷たかったので、我に返って肩を竦める。
 すみません、大人気なかったです。
「ヨアキム」
「お客人に対して、その態度は感心致しません」
 不満げに唇を尖らせたネヴィル君はヨアキム将軍に叱られて、居心地が悪そうに視線を落としてしまう。
 どうやら力関係は、ヨアキム将軍の方が上のようだ――あの不遜なネヴィル君が、尻尾を垂れた犬のように見える。
 そういえばこの人、昨日の晩餐で、言葉通りネヴィル君を小脇に抱えていたっけ。
 ネヴィル君、主君の息子なのに不憫。
 何て事を考えてる場合じゃなかった。
 俺ははっとして背後を振り返り、クリフに抱きかかえられたままの少女を見た。彼女は物言わず、ただ大人しくクリフの腕の中に収まって、色の無い顔をこちらに向けていた。骨の形が浮き出て、哀れで直視し難く、飛び出さんばかりの大きな真紅の瞳が不気味にも見えるのに、少女には目が離せない『何か』があった。
 雪に塗れた肌と髪の色は、透き通るように白い。
 彼女が何者か――思うより早く答えが浮かんだ。
 少女は、サンジャリアンだ。
 家畜のように、奴隷のように、ダガートに扱われる、囚われの緋の眼の民。
 彼女は、ただ、そこに『在った』。




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