template by AAA -- material by NEO HIMEISM







BACK  TOP  NEXT



12 獣の住む城 3



 通された部屋は、酷く目に痛い、絢爛豪華な部屋だった。壁をくり貫いた小さな窓が二つ、鉄扉で閉じられている他の壁は、色鮮やかな刺繍が施された分厚い布地で覆われていて、家具は全部金色で無駄に光り輝いている。
 毛皮の絨毯に、毛皮の天蓋付きベッド。暖炉だけが唯一、そのままの石造りの外見を晒していた。
 呆気に取られて固まる俺の心情を、ライドがぼそりと呟く。
「落ち着かねぇな〜。俺達の部屋もこんなだったら堪らねぇよ」
 荷物を運び込む騎士達から離れて、ライドはあちこちを探っている。壁布を捲ってみたり、暖炉の中を覗いたり――と、部屋の中を一周して念入りに調べた後、ソファに座った陛下の所にやって来る。俺はその隣で、ヤコブが出してくれたお茶を啜る。
「異常は無い。他の部屋も確認して来るが、何かあるか?」
「いや」
「分かった」
 言葉少なに返した陛下に頷いて、ライドが部屋を出て行った。
 騎士も持ち込んだ荷物を片すと、陛下の視線に促されて退出して行く。ヤコブだけが残って、衣服の類をタンスにしまっている。
「リカルド二世陛下、晩餐にはどちらをお召しになりますか」
「余の事は良い。お前はツカサの準備にかかれ」
「畏まりました」
 深く一礼して、ヤコブは腕を捲くる。そうしてから、陛下の瞳の色のような薄い水色のドレスを抱えて俺を呼んだ。
「お疲れの所申し訳ありませんが、こちらへ」
 広げられた衝立の向こうへ呼ばれる。
 俺は嫌々ながらも立ち上がって、衝立の向こうで待つヤコブに従った。
 着ていた衣服をさっさと脱いで、下着姿になる。下着と言ってもブラとショーツの上に膝丈のワンピースを着ているから、別段恥ずかしい事も無い。ヤコブ相手にはもう慣れてしまった。
 最初は恥ずかしそうに頬を染めていたヤコブも同様に、着々と準備を整えていく。
 王妃のドレスは、大体がこの色。後は白か、淡彩色の物が多くて、ユーリ様が好むような派手な赤だったり、ティアに似合うようなピンク系統は全く無い。
 背中を交差していく紐をヤコブに結んでもらって、髪を後頭部で纏め、イヤリングにネックレス、化粧も少々。
 部屋の中は十分に暖かいので、この格好で居ても寒い事は無い。
 ヤコブに太鼓判を押され、ソファに戻る。陛下の着替えは既に終わっていた。
 大抵国王と王妃はお互いの外見の色を着衣や装飾に取り入れるもので、陛下もまたそれに習う。だから陛下は白銀の上下の正装の襟と手首辺りの袖に黒を使っている。
 詰め襟の学生服をアレンジしているみたいな様相で、少し面白い。
 その上に、左肩に担いだ白い布をベルトみたいなもので腰で留め、終わり。
 陛下の格好は何時もシンプルで、派手派手しさは無い。結婚の儀式の時だけはもっと豪華だったな、と何となく思い返しながら、俺の方には視線を寄越しもしない陛下の隣に戻った。
 陛下は熱心に読んでいた本を閉じて、机の上に置いた。
 背表紙に書かれていたグランディア語の題名が、自動的に日本語になって頭に記憶される。
「……詩集?」
 長い題名を要約すると、そうなった。
「今朝、シリウスから届いたそうだ」
「……はあ」
「興味があるなら、貴様も読んでみれば良い」
「………はあ」
 そういえば謁見の間から出る際に、ルカナート側から調度この本が入っている位の包みを、手渡されていたっけ。
「余らが王都を発った後に、城に届いたらしい」
 ――つまり、それをシリウスさんが、わざわざルカナートに送ってきたって事? っていうか何で、自分達より先に、それが届いているんだろう。
 そもそもが、詩集である。グランディアに戻ってからじゃ駄目だったんだろうか。
 っていうか、陛下が詩集なんぞを読むという方が驚きなんだけど。
 何とも言えない気持ちでリカルド二世を眺めてみる。
 陛下と詩集がどうしても結びつかない。陛下だったら、小難しい経済誌みたいな物を好んで読みそうだと思うんだけど。
 そういえば何時だったか、自分の為にルークさんが詩を自作してくれるのだとティアが自慢げに惚気ていた事があったけど、陛下もそんな風に詩を詠んだりするんだろうか。
 ――どの顔で?
 こんな無表情で、抑揚の無い喋り方で、愛の詩なんかを詠んじゃったりするのかな、陛下も。
 うわぁ、気色悪い。
 ――等と、失礼な事を考えていたのを見透かされたのか。
 横目でギロリと睨まれて、慌てて視線を逸らした。

 それからそう時間が過ぎない内に、晩餐の時間がやって来た。
 兵士に案内されて、食堂の長テーブルに座る。広い部屋の中、上座に座るのは勿論ゼラヒア大公殿下。左側にはその正妻、向かいに一人息子だという少年。
 子息の隣がリカルド二世に用意され、俺はその隣。向かいはモノス大公夫妻。ラシーク王子は末席に座っていた。
 食事が始まってからは、それなりに和気藹々とした雰囲気が広がっているものの、時折視線が俺に集中しているのは――異世界人が物珍しくてしょうがないのだろう。
 特に不躾なのが、ゼラヒア大公殿下の息子さんである、ネヴィル君だ。上半身を机に乗り上げるような前のめりな体勢で、食事そっちのけでこちらに視線をくれているので、居心地が悪い。
 余り行儀が良いとは思えないんだけど、ご両親も、勿論他の招待客も、咎める人は居なかった。
 しかし食事が進むにつれ、途切れる事のなかった会話にぽつぽつと穴が出来始めると、待ってましたとばかりにネヴィル君が声を発した。
「おい、お前」
 名前を名乗ったにも関わらず、ネヴィル君は呼ぶ気も無いのか。子供ならではの無邪気さと、傲慢さ、それから侮蔑の滲んだ呼び掛けだった。
 極近い所で冷気が迸った、気がする。
「お前の住んでいた所は、どんな所だ?」
 およそ、人に物を聞く態度だとは思えないが、まあよしとしよう。この世界に来て、リカルド二世を筆頭に偉そうな物言いをする人には耐性がついているので、俺はにっこり笑顔で、もう何度口にしたかしれない回答を返す。
「私は、ニホンという島国で生まれ育ちました。この世界の陸、を調度このお皿に例えると、ネヴィル様の小指にも満たない島です。この世界との差異は殆ど無いかと思いますが、ニホンには四季がありました」
「シキ?」
「はい。一年の間に四度、大きく気候が変わるのです」
 ネヴィル君同様、座に着く皆様、興味津々のご様子だ。
「始めに訪れる春、という季節は、グランディアの様な穏やかな気候です。芽吹きの季節で、草木や花々が咲き出します。次に来る夏は、ぐっと温度が上がって熱くなり、その後の秋は涼しく、最後の冬は、貴国と同じように雪が降るような寒い季節になります。それぞれの季節毎、食せる物も、見える景色も変わるのです」
「それは、良い事ですの?」
「……と、私は思います」
 顔を巡らせると、困惑気味の視線とぶつかる。
 これも、まあ、今まで何度と無く見た事のある表情だった。俺が今まで自分の世界を説明してきた相手は、皆、身分ある方々だ。食べたい物は取り寄せて何でも食べる事が出来、見たい景色も好きな場所へ出掛ける事が出来る。
 一年の間に四度も気候が変われば、着る物も変わる。日が落ちる時間が変われば、外を出歩ける時間が変わる。雪が降れば除雪が大変であるし、暑ければ水に困るだろう。それぞれの地方で抱える問題を、同じ土地で抱えなければならない。
 ただ少なくとも俺が生まれた時代には、既にそれらは、進化した技術によって苦に思う程の物では無い。
「異世界は、そのような面倒な所なのか? もっと面白い話は無いのか」
 ――詰まる所そう、ネヴィル君が歯に衣着せず言うように、期待外れなのだろう。皆さんが想像している異世界像は、きっともっと突拍子も無い。
 この世界では有り得ない話をご所望なのなら、空を飛ぶ鉄の乗り物とか、遠くの人と喋れる技術とか、まあ色々あるけれど、理解されなさ過ぎて説明が面倒なので。
「ご期待に添える話は、残念ながら何もありません。あちらも、こちらと大差無いのです」
 表情を曇らせて、謝罪なんかしてみせる。
 ネヴィル君は一気にこちらに興味を失くしたようで、落胆の溜息をついて呟いた。
「退屈しのぎにもならんな」
「そう申されますな、ネヴィル様。ツカサ様自身が仰るように、異世界と言っても何も特別な事等無いのです。そもそもがその力に頼ろうなどという事自体、わたしには理解出来ませんがね」
 新興国ゼールフォンのザクセン国王の物言いは癪に触るものの、言ってる事は正しい。顎髭を梳きながら失笑する彼の目は、真っ直ぐにリカルド二世を見据えていた。
 しかし、陛下は何所吹く風。
 俺も自分が特別だなんて微塵も思ってませんが、今馬鹿にされているのは、陛下の王妃である俺と、貴方の国ですよー?
 陛下は一人だけ別世界に居るように、初めから殆ど話には入ってこない。ただ黙々と出て来た食事に手をつけているだけ。
 そんな風にしていても、影が薄いなんて事は無い。物を咀嚼する姿さえ、女性陣が見惚れて手元が億劫になってしまう程で、俺とは違った意味で視線を集めていた。
 ザクセン国王は陛下が何の反応もしなかった事が不満なのだろう。舌打ちめいた息を吐き出して、それを宥めるように向かいに座っていたベンジー王太子が声を発した。
 ベンジー王太子は、年の頃40半ばでザクセン国王と変わらないようだが、国家と同じようにダガートどゼールフォンの金魚の糞的な立場なのだろう。
 先程から、お二人の機嫌伺いに忙しい。
「そのお話はもう宜しいではないですか。所で、ザクセン陛下は何か珍しい物をお持ちになったとか?」
「ああ、そうであった。オンリウム殿下とネヴィル様に、ぜひとも見て頂きたいのです。珍しい、黄金色の鳥でしてな」
「黄金色!?」
「左様でございます」
 ネヴィル君が喜色ばんだ声を上げると、ザクセン国王は我が意を得たりと、声高になった。
「宜しければぜひ貰って頂きたいですな」
「そうと決まれば、すぐに見せよ! 何所にある!?」
「ああ、では……」
 話題が移り変わったので、俺は煩わしい視線から逃れやっと食事を楽しめる――と思ったのだけど。
「その前に、余からもその方らに見せたい物がある」
 ゼラヒア大公殿下がおもむろに、そう切り出した。




BACK  TOP  NEXT


Copyright(c)2013/04/19 nachi All Rights Reserved.