template by AAA -- material by NEO HIMEISM







BACK  TOP  NEXT



10 王妃の生活 6



 陛下が俺の事を心配している、なんて。
 クリフは一体何を見てそんな事を言うのだろうか。
 一通りの説明を終えて再び沈黙した『狼』は、けして俺の疑問には答えてくれなかったけれど。
 はっきり言って、そこには何の信憑性も無い。

 今だって。
 目の前で黙々と食事をするリカルド二世は、まるで俺の存在なんて気にも留めない。
 居ても居なくても同じというより、居ないも当然。その目に俺を映す事なんて無い。
 週の一日程、俺とリカルド二世が一緒に朝食を摂るのは、習慣というより義務だった。城内での仲良しアピールのようなもので、多忙な陛下がそれでも一緒に朝食を摂れるように計っている、というような事を印象付ける為の時間だ。
 向かい合うと言っても、長方形の長いテーブル越しで、その間にゆうに十人は人が並べそうな距離がある。
 団欒なんてありもしない、むしろ一人で食べた方が気楽なんじゃないかとさえ感じるけれど、一年近い間そうしていれば、もう慣れた。
 食事中さえ隙の無いリカルド二世は、完璧超人。
 今日も何時もと違わぬ神懸かった美しいご尊顔は、ニコリともしない。けれど時々、本当に優しげに、微笑む事もある。
 そういう時はやっぱり仲良しアピールの一貫なのだが、それは愛しい王妃にだけ見せる笑顔なのだと、今ではもっぱらの評判だ。
 幾度見ても慣れる事の出来ないその笑顔には、悔しい事に今だに見惚れてしまう。
 どんなに陛下を嫌っていても、素敵なものは素敵なのだから仕方が無い。
 とは言え、その笑顔が演技でしか無い事も分かっている。
 俺は嫌いなりにも陛下を理解しようと努めたし、歩み寄ろうと努力もしたけれど、そのどれもを陛下は不要な物と切り捨てる。
 だから、何時だって、会話は弾まないし、一方通行。
 そんなリカルド二世だから、双子石付きの懐中時計をくれたのだって、俺の身を案じたわけではなくて、きっと何か意味がある。
 せめてそれ位教えてくれてもいいんじゃないかと思ったけど、聞いた途端に「知る必要は無い」と一刀両断されている身。
 俺がこんなにも――今日に限ってはずっと――じっとりとした視線を送っているのに、目線さえくれない陛下。
 虚し過ぎる。
 けしてルークさんとティアの様にラブい夫婦になりたい訳では全く無いが、それでも一緒に居る三年の間くらいは、友好関係を築きたいと思うのは、俺の我儘だろうか。
 もういい加減認めるしかないが、俺は拒絶というのが大の苦手で、陛下を嫌う一番の原因がそれだ。
 母親が家を出て行ってしまってから、俺はもうどうしていいのか分からず途方にくれてしまって、でも今更、今までの自分を変える事なんて出来なくなった。
 俺は兄弟に嫌われていたし、父親もまた俺を否定していたし、奇妙な目で見られたり煩われたりする事ばかりだった。
 でもそれでも、『俺』である限りは、受け入れられていた。
 きっと、変化を望んだら罰が当たる。
 そうやって必死に保ってきた『俺』を、陛下は見ない。それが嫌で嫌で――でも、陛下のそれが誰に対してもそうなのだと気づいてからは、重点をそこに置かなくなった。
 今の俺は陛下を少し、羨ましく思っている。
 誰の評価も気にせず、ただありのままそこにあるように見えるから。自分を貫いているように見えるから。後悔なんてした事も無い顔で、真っ直ぐに前を向いて立っているように見えるから。
 そんな風に自分もなりたいのだと、思う俺が居る。
 ――だから。
 幾許かの関係の変化を、願うようになっていた。
 一向に食の進まない俺に対して、リカルド二世は食事を終えてしまった様だ。優雅な所作で口を拭うと、音も無く立ち上がった。
 そのまま無言で部屋を出て行こうとする背中を、こちらも無言で見送っていると、その動きが一瞬止った。
 振り向かないままのリカルド二世が、静かに言う。
 何時も通りの、平淡な声。
「ルカナートは、寒いぞ」
「……へ?」
 呆けた俺の呟きが聞こえなかったのか、それとも聞いていて無視したのか、陛下の姿はもう、何処にも無かった。



 それから、ルカナートへ旅立つ日まで、政務に追われるリカルド二世に会う事は無かった。



 ルカナート。
 極寒の国、ダガートの、端にある街。
 治めるのはダガート国王の末弟、オンリウム・ゼラヒア大公殿下。
 ルカナート城はその一人息子の誕生祝に建造された城である。
 僅か10歳の身で二人の妻を持ち、その内の一人を殺して、その血で玉座を染めたという話がある。
 しかし、オンリウム大公が奮う権威はそう強くは無い。
 雪深い山野に位置するルカナートは王都から遥かに遠く、山脈で隔てられた孤立しているともいえる街だ。王族が与えられる所領としては貧しく、栄華の余地も無い。
 つまりそれがダガートにおけるオンリウム大公の立場だ。
 ダガートでの地位が低い、という事は、他国に対しても威勢は奮わない。
 その証拠に、今回の築城祝いに招待された国家の多くは、何らかの理由をつけて辞退を申し出ている。
 グランディア王国もまた、一月後に国王の結婚一周年の祝祭を控えている。
 ルカナートに赴けば祝祭には間に合わない。既にもう、断わる理由は十分であった。
 ――にも関わらず、リカルド二世陛下はオンリウム大公の求めに応じた。

 それが何を意味するのか、この時の俺は、知らなかった。




BACK  TOP  NEXT


Copyright(c)2012/04/16 nachi All Rights Reserved.