03 これは神の思し召しに違いない! 後編


  ただの親切で、高橋にチケットを譲ったのでは勿論無い。
 大樹の提案通り、二人のデートを尾行して楽しむ、という目的がある。
 佐久間と菜穂には止められるだろう事が分かりきっているから、彼らは当然のように誘わない。ただこの楽しいイベントを日向と真知子、それから高塚に話して聞かせると、三人もアタシ同様目を輝かせて乗ってきた。彼氏とのデートに忙しいと思われた真知子も、そろそろ彼女特有の飽きが来たらしい。「勿論一緒するよ」と悩む間も無かった。日向も然り、「そんな面白い事、乗らない手はないよね」と乗り気だし、唯一「俺が菅チンとデートしたかった」と嘆いてみせた高塚も、結局は楽しい事には目が無い。
 映画を見て終わりそうな高橋に、日向がさり気無く映画後のコースをアドバイスしてくれて、意外に素直な高橋は多分その通りにデートするだろうと予測をつけて。
 部活後の日向からの連絡を待って、アタシ達四人も集合した。
 アタシ達の生活圏内の映画館といえば一つしか無く、アタシ達は駅前のマクドナルドで待機していた。窓際の席を陣取って、駅の方向を黙って凝視しているアタシ達は端から見たらさぞ可笑しかっただろう。
 ここで見逃したら全て意味が無い、とばかりに、会話もそこそこに高橋と菅野の姿を探した。
 日向の紹介した喫茶店で軽く昼食でも取って映画館へ、というコースを予想したのだけれど、二人は三時前に別々にやって来た。そのせいでアタシ達はマクドナルドで二時間も待機する羽目になって、ぶっちゃけアタシは、構内から出てきた高橋にも理子にも気付けなかった。
 真知子が「あの人イイ感じ」と指差した男が「あれ高橋じゃん」という高塚の指摘でそれと発覚し、「あの子の服可愛くない?」という真知子の発言によって「っていうか理子さんじゃん」という日向のツッコミが入った。
 その頃にはアタシは人の流れを目で追うのに疲れ切って、携帯でゲームに夢中になっていたぐらいで、真知子達が居なかったらきっとこの計画は頓挫していたな、と思う。
 マクドナルドを出て菅野を追う。その強張った背中からひどく緊張しているのが分かって、何時もとのギャップが可愛いなと笑えた。
 赤信号で立ち止まる度そわそわと何度も携帯を取り出して、恐らく時間を確かめて。別段遅刻しているわけでも無いのに、車の流れと向かいを睨んだり、かと思えば鏡で髪の毛をチェックしたりしてる。
 高橋が本当に好きなんだろうなって考えていたら、隣で真知子も同じ事を呟いた。
「もう二人付き合っちゃえば良いのに」
 それも同じ気持ち。今のままの二人を見ているのも好きだけど、菅野の気持ちが少しでも早く報われれば良いのにとも思う。
 なのに、
「えーそしたら独り身俺だけになっちゃうじゃん!」
 なんて抗議を上げる高塚。
 そんな浅ましい事を言ってるからアンタはもてないんだよ!!
 信号が青にかわり、菅野が歩き出す。
 アタシ達も距離を開けて続く。
「梓が居るじゃない」
「だって羽田は、」
 不思議そうな真知子に高塚が続けようとした言葉を、アタシは奴を睨むことで留める。
 うっと喉を詰まらせた高塚とアタシを真知子が怪訝そうに見てきた。
 今はアタシの事はいいんだ、余計な事を言うなよ高塚。
 そんなアタシの事情をしたり顔で日向が救ってくれる。
「まあでも、相手がタケだから難しいんじゃない?」
「そうかな」
 うまい具合に真知子はそちらに思考を呼び戻されてくれたようだ。
「高橋だって、かなり理子の事気にいってるじゃない」
「でもあいつお子ちゃまだから」
「そうそ。俺がどんだけ可愛い子の話とかエロイ話振っても、全然乗ってこないで呆れ顔だしっ」
「最近の高塚なんて理子さんの話しかしない位なのに、あいつ全然気にした風もないんだよね。それ所か「おまえの頭の中はそんな事ばっかでお目出度いな」とか毒づいてたのは……昨日?」
「そうそう」
「高橋が菅野を恋愛対象に見てる感じは無いよね」
 アタシ達三人がうんうん頷いていると、真知子はそれでも「えぇ〜」と不満顔でいる。
「でも同中のマチ的にはぁ、高橋が女の子とあんなに楽しそうにしゃべってるの見たの初めてだし」
「理子さんが初の女友達ってのはそうなんだろうけど、タケに今すぐ恋愛に目覚めなさいっていうのは難しいと思うよ」
 同意、という意味で日向の言葉に頷くアタシと高塚。
 真知子は目を瞬かせて、それから爆弾を落としてくれた。
「でも高橋、中学の時彼女居たよ?」
 ――え?
 思わず立ち止まってしまったアタシに、高塚が激突して「ぐぇ」と声を漏らした。
「……え?」
 先を歩いていた日向も、振り返って目を見開いている。
 真知子だけが可笑しそうに笑う。
「あーやっぱ知らなかったんだぁ」
「や、え。だって……」
「マジで!?」
 驚いた。
 完璧思考が追いついてこない。なんだかすごく動揺してしまって、アタシ達三人は真知子の次の言葉を食い入るように聞いてしまった。
「一コ上の先輩でね、紀子先輩のお友達。その先輩がしつこかったっていうのはあるかもしれないけど……でも、うん。付き合ってたっていう噂、あったよ」
「え、噂?」
「んーと、付き合ってたんだとは、思う。でもマチ達の学年では、先輩がそういう風に言い振らしてるだけっていう話もあって」
 彼女が居た、と言い切ったくせに、真知子は自信なさげにそんな事を言う。
 どういう事よ!!
「や、でも、うん。付き合ってはいた。高橋が先輩を好きっていうより、先輩が付き纏っているって感じはあったけど……良く高橋の部活を待って、一緒に帰ってたから」
「どっちよ!?」
「今となっては自信ないんだよー。だって高橋、理子といる時程楽しそうにしてなかったから」
 思わずアタシが真知子の頭をはたくと、真知子が「痛いー」などと顔を歪めた。
 全く要領を得ない真知子の言葉。
 高塚は呆気にとられて、固まっている。
「でもね、二人がチューしてたって目撃証言もあったしね!」
 握り拳を作って真知子がそう完結した。
「高橋が……ありえねぇ……」
 嘘だろーと呟く高塚にアタシも一票。良く事態が飲み込めない。
 アタシ達に見つめられて居心地が悪くなたのか、真知子は明後日の方向に視線を逃がして。
 次の瞬間「あっ!」と声を上げた。
「っていうか、ねぇ! 理子行っちゃったよ!?」
 ぐい、と腕を引っ張られた。
「兎に角、それ保留しといて行こう。今は、あの二人の事、だろ」
 ため息をついた後、日向も高塚の背を押して歩き出した。
「……だね」
 今は確かに、考えても仕方が無い。真知子はそれ以上知らないようだし。
 渋々、といった感じでアタシも後に続いたけれど、今はもう、高橋と菅野のデートどころでは無くなってしまっていた。
 これは休み明け、情報集めに奔走しなければ!
 そんな事を心に決め、映画館へ向かった。



 菅野と大樹が太鼓判を押しただけあって、映画は面白かった。
 暗がりの中、離れた席の二人の様子は窺えないから、その間はアタシ達も映画に集中した。隣でしきりにジュースを啜る高塚に時々邪魔されながらも、それなりに映画を楽しんで。
 映画の感想をあーだこーだと話し合っている三人の後を、話に入る事無く移動している間も、アタシはずっと、高橋の過去について考えている。
 どうにも納得がいかない。あの高橋に、彼女。その辺り、詳しく知るにはやっぱり紀子さんに話を聞きたい。彼女、であった先輩の友人らしい紀子さん――高橋のお姉さん。後で真知子に連絡先を聞こうかどうしようか。
 出産間近な彼女に興味本位でそんな事を聞くのも気が引けてしまう。
「……ねぇ、梓もそう思わない!?」
 ふ、と。
 呼ばれて俯いていた顔を上げれば、爆弾を落としてくれた真知子はちっとも気にした風も無く、満面に笑みを浮かべていた。
「あ?」
「だからぁ!!」
 よっぽど映画が面白かったのか、主演男優の事を「ショーン様」等と呼びながら、彼のアクションシーンがいかに格好良かったかを語ってくる。
「どうでもいいよ、そんなん」
 なんてため息混じりに返せば、不満顔。
「それどころじゃないんだってばー」
「何よ、梓。そんな怒らなくってもっ」
 頬を膨らませた真知子の横で、高塚がかわりに真知子の相手をしてくれる。
 すっと、隣に人の気配。さり気無い動作で移動してきた日向と目が合う。
「……何」
「心配し過ぎ」
「何が」
 日向の目にはからかう様な色。高校生になって異様に落ち着きを見せるこいつは、中学の頃は相当な悪餓鬼だった。表向き不良、と呼ばれる程殺伐としたものでは無かったけれど、無免許でバイクを乗り回していたのは記憶に新しい。
「何って、二人の事」
 ズボンに突っ込んでいた手で、後頭部を掻く仕草。
 チラリ、と視線をやればこちらを向いた日向の顔には穏やかな笑顔。
「そんなに心配しないでも、あの二人その内くっつくよ」
「……」
 そんな心配はしてない、と口を開きかけたアタシを、日向の二の句が遮る。
「俺もね、真知ちゃんと同じで。理子さんと居る時のタケって楽しそうだと思うんだけど。でもそれ以上に、本人が気付いてないだけで、」
「……分かってるよ」
 別に、アタシが二人をくっつけようと頑張らなくっても、その内自然に付き合ったりするんだろう、なんて。
 今日の目的を悟られて、アタシは舌打ちした。
 最初に言った通り、興味本位も勿論、二人を観察したいだけってのもある。
 だけどそれ以上に、あの二人だからこそ、早く幸せになって欲しいって思う――言葉にするのは恥ずかしいけど、友情。
「まあさ、今日は楽しもうぜ。これから行く店、パスタがマジ美味いから」
「……少しぐらい、進展するかなあの二人」
「しないんじゃない?」
 なんて、軽く言う日向が憎らしい。
 それでも、人の事情を知りすぎるくらい知っていて、それでいて時々人を子供扱いするこの友人に救われている自分が居るから恐ろしい。
 頭を撫でようとした日向の手を叩き落とし、アタシは真知子と高塚を追い抜いた。
「ほら、二人を見逃すよ!」
「……別に場所分かってんだし、急がなくてもいいのに」
 日向の呟きは、当然のように無視した。



 ――それから、喫茶店で軽い食事を取る二人を眺めていたけれど、やっぱり進展なんてする筈も無く。
 何時も通り、甘い雰囲気なんて漂う事は無かったけど、菅野も高橋も笑顔が満開だった。





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