黒山羊亭冒険記「春はまだ来ぬ〜凍える塔〜」


 闇が濃く世界を覆い、命の多くは静やかな眠りにつく。
 そんな中でも黒山羊亭は人で満ち、酒や踊りに喧騒とそれぞれが楽しんでいた。
 亭の屈指の踊り子であるエスメラルダは店にそぐわない2人の子供を前に、酒を傾けた。
 この世界は人種の坩堝。特にエルザードには雑多な生物が集まっている。それによる利点も数多。集まるものは情報・冒険・店――時には悪行も、そのすべてを内包するのが栄え潤う街の常でもある。
 冒険者の多くが利用するこの黒山羊亭にも様々な問題が持ち込まれては、それを解決する為の動きが始まる。よってエスメラルダにとっても、依頼の仲介は一回や二回の事では無い。
 困ったように眉根を寄せて、小さな子供――精霊の2人組みはエスメラルダを見上げた。
 精霊といえば珍しいものでも無く、その存在は御伽噺に語られるだけに終わらない。けれどその2人組みは御伽噺でしか無かった。
 エルザードに昔から伝わる御伽噺の中に、【春の王】という話がある。春の化身、春のように朗らかな王。そして王に仕える双子の精霊。それの暮らす常春の世界。子供を愛す王は春になると美しい庭に子供を招き、共に遊び戯れる。――たったそれだけの事なのだが。
 常春の庭に誘われた子供達は、王の加護を受け一生を春の日差しを受けて過ごせるだろう。それはこの世界の聖獣の加護に近い。故に春の王は聖獣の一種なのではという説も密かにあるが。
 エスメラルダの前に座る二人は双子というよりは分身と言える程良く似ていて、片方は長い髪を左で結い、片方は右で結っているという事意外では瓜二つだった。
 膝下までの長衣には美しい刺繍が施され、その袖は広く弛んでいる。長衣の下のズボンは足首で窄み、質感は麻と呼ばれるような少しごわついたものだ。とある世界の東洋文化の中に見られた事のあるような服だったが、無論エスメラルダは知らない。
「王は悲しみにくれていらっしゃる」
「深く深く、沈んでいらっしゃる」
よく似た顔が、よく似た声で紡ぐ。ため息を吐き続けるエスメラルダに、精霊は尚も言い募る。
「常春の庭に長く子供の姿は無い」
「招いても応える者はあまりに無い」
「王は嘆く。高き塔に閉じこもり、泣き暮らしておる」
「王が悲しむ。世界は凍りつき、暖かさを失っておる」
「春の王は冬の王に成り代わる」
「春の花は凍てつく礫と成り代わる」
「助けてたもれ。春の王が壊れる前に」
「救ってたもれ。春の世界が閉ざされる前に」
 悲痛な声が、この世のモノとは思えぬ清澄さを持って響いた。




黒山羊亭冒険記「幾千の星―星に願いを―」

シリアスでもギャグでも◆人数個別〜◆

 星が降る、と言われている日が、もう間近に迫っていました。

 今まで空を彩るだけであった数多の星が、次々に空を滑る――正しくは星の外層に衝突して消える――そんな、数百年に一度の星の営みが、もう間近に迫っていました。
 その営みの事を学者達が難しい言葉で飾り立てていましたが、ソーンに生きる者達にとってそんな論理などどうでも良い事です。
 【星に願いを】……一つの星が空を駆け下りて消えるまでの間、同じ願い事を三度唱える事が出来ればその願いが叶うという噂で、街は賑わっていました。
 黒山羊亭の踊り子エスメラルダも例外ではありません。
 この夜ばかりは黒山羊亭も店を閉じ、夜の帳が落ちるのを今か今かと待っていました。

 やがて夜が来て、星々が空を駆け下りる時――貴方は、何を願いますか。




白山羊亭冒険記「幾千の星―夜行列車―」

シリアスでもギャグでも◆人数個別〜◆

 星が降る、と言われている日が、もう間近に迫っていました。

 今まで空を彩るだけであった数多の星が、次々に空を滑る――正しくは星の外層に衝突して消える――そんな、数百年に一度の星の営みが、もう間近に迫っていました。
 その営みの事を学者達が難しい言葉で飾り立てていましたが、ソーンに生きる者達にとってそんな論理などどうでも良い事です。
 【夜行列車】……数千の星に混ざってその夜、不思議な列車が空を駆るという空想にも似た話が街を密かに流れていました。その列車から見る外の風景は、見る者の望む【何か】を映すというのです。
 例えばもう会えない人の姿や、懐かしい過去や、理想の未来を。
 貴方が心からそれを望む時、列車は貴方の前に姿を現すでしょう。

 やがて夜が来て、星々が空を駆け下りる時――貴方は、何を望みますか。




黒山羊亭冒険記「雪虫花」

シリアスでもギャグでも◆北の森の魔女◆

 深夜になっても、黒山羊亭の喧騒は止まない。飲めや歌えや大騒ぎ、冒険者は一日の終わりと始まりを祝うかの様に騒ぎ明かす。
 そんな中カウンター席でエスメラルダを独占するは、北の森の魔女。
 黒山羊亭きっての踊り子エスメラルダを独り占めするとは良い度胸、と冒険者達が思っても、相手が北の魔女であっては口に上せるものは無い。
 この魔女に纏わる噂話は、彼女の機嫌を損ねた者達の壮絶な末路で終わる。しばらく前には己の弟子さえ豚に変えて海原に放り出したというのだから――。
「雪虫花? ――雪虫って、白い虫でしょ? 寒い冬の最中に舞う姿が雪みたいだっていう……」
 知っているかと聞かれて、エスメラルダは自分の持つ知識を披露してみせた。桃源と呼ばれる美しい楽園都市の中の森に生息するそれが、冬の名物だと聞いた事がある。
 魔女はそうだ、と頷いて首を傾げるエスメラルダに続けた。
「そうだ。けれど何も、冬にだけ生きている虫では無い。雪虫は冬にだけ目覚める――冬以外はそう、属にいう冬眠をして過ごす不思議な虫さね」
「初耳だわ」
 素直に驚嘆してみせるエスメラルダ。
「あの森はね、冬場以外は侵入禁止区域となるのさ。雪虫花を守る為にね」
「で、それって何なの?」
「冬眠する雪虫が――栄養を享受する為に群がる花だよ。白い茎に二枚の白い花弁をつける。その中心に雪虫が好きな蜜が含まれているのさ。その蜜に群がる雪虫が、花をより一層大きく見せてくれるさね。その姿たるや言葉に出来ぬ程美しい」
「へぇ、一度見てみたいわね」
「その写真が、とんでも無く高く売れるんだけどね……桃源の密かな財力源でもある。禁止区域である上に、花目的の輩が沸いて出るから、警備も厳しいらしい」
 不機嫌に鼻を鳴らして魔女は、コップに注がれた火酒を口に含んだ。その大酒飲みを不思議そうに見つめながら、エスメラルダは問う。
「それで、今度の依頼は?」
「……だから、その雪虫花の蜜さね」




黒山羊亭冒険記「古代花」

シリアスでもギャグでも◆北の森の魔女◆

 その夜、最近は馴染み客となっていた北の森の魔女が、目に隈を作った顔で現れた。
 大変な焦燥ぶりに、横暴で有名な彼女を遠巻きにする客達でさえも、心配して声をかける程だった。
 その魔女は不機嫌に鼻を鳴らしながら何時もの如くカウンター席に陣取り、エスメラルダに声をかける。依頼があるらしい。
「今度は、どうしたの? また、花の蜜?」
 最近の魔女の依頼は悉くが不思議な花の蜜であった為、今回もそうかと早合点するエスメラルダ。魔女は疲れた声で応じる。
「今度は花そのものさね」
「ふーん。何時も気になってたんだけど、何で毎回花が関係してるわけ? 何か意味でもあるの?」
「………次の機会にでも、話すよ。今はとりあえず疲れていてね」
 言外に察しろと言いたげなそれに、エスメラルダは不快に思うよりもまず、興味本位に走った質問を恥じて頬を染めた。
「そうね、悪かったわ。――それで、詳細は」
 水だけを頼む彼女を慮って、エスメラルダも早々に依頼書にペンを走らせる。
「古代花、が欲しくてね。絶滅種に数えられるインカという黄金の花で、花弁が重なって豪奢なイメージを持っている。既にお目にかかれない代物なんだけどね、それが……」
頷きながら依頼書の項目を埋めていくエスメラルダに、魔女も簡潔に言葉を続けた。
「とある無人島に、咲くというさね。その島は木々も生き物も古代の匂いを未だ多く残していてね」
「それを取って来いって言うのね」
「ああ、ただし問題はね……」
 ぐいっと水を飲み干して、魔女は忌々しげに呟いた。
「その島自体がどこにあるのか、皆目見当もつかないって事だ」
 そうして肩を竦めると、黒山羊亭を後にする魔女。
 残されたエスメラルダは机に突っ伏して、ため息を吐いた。




黒山羊亭冒険記「紅蓮花」

シリアスでもギャグでも◆北の森の魔女◆

 黒山羊亭は深夜になろうとも、人の出入りが絶えない。武骨な冒険者も、美しい踊り子も。最近では馴染み客となっている北の森の魔女も。
 黒い噂が何時も付き纏い、悪魔のようだと揶揄される彼女も、エスメラルダと談笑していると普通の女性に見える。
 さてそんな魔女が遠い北の森からはるばるやって来たのは、依頼の為だった。
「かつて不死鳥の住処だったとも言われる、東の活火山にね」
 酒の所為か、何時もは不機嫌な彼女の口調も少しばかり明るい。
「紅蓮花っていう、鮮やかな紅い花が咲いているのさね。マグマの中でも滅びる事無く、炎にも負けず咲き誇る屈強な花なんだ。甲羅のように固い黒い茎と葉の上にね、外側が大ぶりの花弁、内側になるとそれが小さく細かくなっていてね、色合いが外側から内側に向けて更に濃い赤へとグラデーションになっている」
「今回はその紅蓮花の採取なのね」
 北の森の魔女の依頼は、これで四度目だが、何れも珍しい、エスメラルダでもお目にかかった事もない初耳の【花】の採取だった。
「そうさね」
 頷く魔女を視界に入れながら、エスメラルダは件の場所を思い描く。
 東の活火山は、今でも時々火を噴いている古い山だ。マグマの深度も浅く、常に湯気が立ち上るような場所だ。草木一本生えず、仮に上空を飛ぶような鳥が居た場合、それは数秒の後に焼き鳥となって土の上に転がるような有様である。
「大分、危険な場所よね……。それで、その花自体はどこに咲いているの?」
「頂、だと思った方が良いだろうね。上から見て、火山は空洞のようになっているだろう? その根元から頂までびっしりと咲いている筈さね。取ってくるなら、上からの方が楽だろうよ」
「……はぁ……」
 楽とは言っても、常人では近寄れないような熱気の中である。曖昧に頷きながら、それでもエスメラルダの手は依頼書を埋めていった。




黒山羊亭冒険記「いざいかん、お化け退治」

ギャグより◆北の森の魔女の弟子◆

 その夜、黒山羊亭のドアにぶつかるようにして転がり込んで来たのは、黒いローブを着たひょろ長い体躯の青年だった。
 悪い噂に絶えない、北の森の魔女の弟子である。何時も困ったように下がった眉が、今日は二割ぐらい大袈裟に下がっている。その眦には涙がたまっている。
 彼が悪魔のようだと言って憚らない師匠、つまり魔女に何かしらいじめられると、彼はそんな情けない顔をして黒山羊亭に愚痴を零しにくるのが常だった。
 しかし今日の彼は。
「おばばばばばばば」
 エスメラルダの顔を見るなり、奇声を上げたのである。
「おば、ば、おば、ばけけ」
「はぁ?」
「おおおおぉばけ!!」
「……おばけ?」

 数分後。
 落ち着きを取り戻した彼に聞いた所によると、どうやら彼と魔女が住む北の森の屋敷で、お化けを見た、という話だった。魔女は一昨日から十日間、屋敷を留守にしているというのだが。その彼女が留守の筈の、誰も居ない庭で、彼はふわふわと闇夜に浮かぶ白い物体を見たのだという。最初は目の錯覚とも思ったが、まるで人魂のようなそれは何度も何度も青年の目に映った。そして昨晩、思い切って正体を確かめようと庭に出た――所までは、男らしいのだけれども。目の前をその光が遮って、しかもどこからか「ケタケタケタ」という不気味な笑い声のようなものが聞こえて。
 そのまま慌てて山を駆け下りて、今に至るというワケである。
「こ、怖くて、家に帰れません!!」
 けれど誰も居ない屋敷に万が一魔女が帰って来てしまったら、その後のお仕置きも同じくらい恐ろしい事になる。
「お化け、ねぇ……」
 呆れ顔のエスメラルダが、面倒臭そうに呟いた。



黒山羊亭冒険記「幻影花」
黒山羊亭冒険記「黒葬花」
黒山羊亭冒険記「永遠の華」
黒山羊亭冒険記「夢魔の檻」
黒山羊亭冒険記「世界征服を夢見る鳥」
黒山羊亭冒険記「求めよ、さすれば与えん」
黒山羊亭冒険記「間違った魔法陣」
黒山羊亭冒険記「ジプシー」
黒山羊亭冒険記「ヴァンパイアの恋」
黒山羊亭冒険記「花火雨」
黒山羊亭冒険記「屍達の残夏」

黒山羊亭冒険記「一角獣と薔薇の花」

白山羊亭冒険記「おとぎの国」

ギャグより◆道化◆

【おとぎの国】
世界を彷徨う異空間。おとぎ話の住人が、それぞれのおとぎ世界で、それぞれの人生を生きている。
時々何処かの異世界と接触し、迷い込んだ者達におとぎの世界を体験させる。

◆ラプンツェル〜Rapunzel〜
 上も下も前後も不覚、ただただ真白な空間で【アナタ】は途方に暮れている。何故こんな事に、と尋ねようにも、己以外に居るのは奇妙な道化ただ一人。
 その道化はひたすらに話続ける。止まらない。

『ココはおとぎ話……【ラプンツェル】の世界!! 聞いタ事ぐらイはアリますカ!?』

 尋ねておきながら答える間も与えず、道化はさらに続ける。

『夫婦の間に出来た待望ノ子供!! ソノ子供はアル事情がアって魔女の塔ニ閉じ込めらレテ育ツ事にナルんだけどモ!!!』

 それは美しい娘への嫉妬だったのか、それとも娘を失う事への恐れだったのか、兎にも角にも魔女はラプンツェルという名の娘を塔に閉じ込め続けた。
 ラプンツェルは長い長い髪の毛を持った娘。魔女は塔にただ一つある窓から垂らされるそれを梯子代わりに塔を上る。その様子をとある国の王子が見つけ、魔女の声を騙って王子は塔の中へと――二人は魔女の目を盗んで、逢瀬を重ねていく。

『紆余曲折シテ、二人は何時しか夫婦にナルのだけれド……』

 流れのままに話に耳を傾けていた【アナタ】だったが、そこで道化の声音が明らかに悲痛な色を帯びたのを感じ取って顔を上げた。
 道化はしょぼん、と二股の帽子と共にうな垂れている。

『この世界ハ、崩壊シテしまうカモしれナい……」

 すんと小さく鼻を鳴らす道化が何故か急に哀れに思えて、【アナタ】はその時……。

『エ!? アナタに出来る事!!?』

 涙や鼻水で濡れた顔が、一瞬で元通り! 道化は笑顔で【アナタ】の両手を取ると、がっしりと握り込んだ。

『勿論アリますトモ!! 王子の高所恐怖症を治しテ、塔の中に連れ込ム事デス! チナミにラプンツェルはそんな王子を上カラ見ていテ、モウ、既ニ………愛想を尽かしテいるケドね★ソンナ二人ヲさぁ!! 幸せなカップルに!!!』



◆ヘンゼルとグレーテル〜Hansel und Gretel〜
 気が付くと何故か、目の前にはただ真白な空間が広がっていた。首を傾げて思考を巡らせてみても、何故かこの一瞬前の事がさっぱり思い出せない。
 何をしていたのだろう、どこにいるのだろう。そう思って振り返った時、【アナタ】の視界に現れたのは――。

『やぁやあ、紳士淑女の皆さン!! お揃いで!!』

 二股の帽子をユラユラと揺らして、星のペイントと大きく象られた赤い唇の化粧を歪ませる、笑っているのだか泣いているのだかわからない奇妙な道化が、小さくお辞儀をしてみせる。
 その道化の言葉通り、これまたいつの間にか、【アナタ】の周りには人影がいくつも。
 その全員に語るように、道化は続ける。

『ここはおとぎの国――【ヘンゼルとグレーテル】の物語の中ダヨ! 時々アナタ方ノ様な異界のオ方を迷い込まセル不思議空間――捩れ曲がって本筋を逸れタ物語ヲ修正させル為に、世界ガアナタ方を誘ったノです!!』

 仰々しい語り口調で道化は、『アナタ方は運が良い!!』等とのたまった。

『この世界は聞くに涙、語るニ涙。貧しさは時に、家族サエ捨てさせル。……ヘンゼルとグレーテルのお話、アナタ、ご存知デすカ??』

 【アナタ】が知らない、と首を振ると、道化は深刻そうに頷いて物語を掻い摘んで聞かせてくれた。貧しさに森に捨てられた兄妹が、森の奥でお菓子の家を見つけ、優しそうなお婆さんに誘われて、そのお菓子を食す。しかし優しいと思われたお婆さんは実は人肉を好む魔女で、兄妹を太らせた末に喰らおうと考えていたのだ。けれど真実を知ると同時に兄は囚われ、妹は魔女の言うままに兄を太らせる為泣きながらご馳走を作り――けれども最後には、兄妹の愛の成せる技か、魔女を退治するのだと。

『ところがネ!! 今回のコノ兄妹ったラ、本当にモウ、涙が出ル程阿呆ナノです!! 魔女の思惑ナド露知らズ、囚われル必要もナイまま――魔女の言うママにぶくぶく太り――食されル寸前!! アナタ方にはゼヒぜヒ、魔女の網の様ナ視線ヲ掻い潜っテ、兄妹ヲ救出シてやって欲しいノでス。魔女は強いカラね、気をつけテ!!!」

 何故自分がそんなに七面倒な事を、と思った瞬間、道化は重要な一言を紡ぎ出した。

『ちなみニ!! アナタ方が現実ニもドル為ニハ兄妹ノ救出が絶対条件でス!!!』



◆灰かぶり〜Aschenputtel〜
 今の今まで、白山羊亭でランチタイム、の筈だった。
 なのに瞬きした次の瞬間に、目の前から頼んだばかりの料理は愚か、机も椅子も、白山羊亭の喧騒さえもが消え去った真っ白な空間に移動していた。
 どこまでも広がる白。
 天と地の境も無く、あるものと言えば――。
 こちらを凝視する、二股帽子の道化。顔には涙と星型のペイント、大きく象られた唇に、派手な衣装のピエロ、ただ一人。

『アナタ、今暇!? 暇だヨね!? 暇でショう!?』

 ぴょんと跳ねて近付いて来た道化が、【アナタ】の困惑気味の表情など意にも介さず捲くし立てた。

『チョット、お願いがアルんダ★ 勿論、聞いテくレルでしょウ!?』

 暇じゃない、とは言えない雰囲気。むしろ言葉を挟む隙が無い。
 こちとらお腹を空かせての昼食タイムだったのだ。頼んだ料理が冷めてしまう、と埒の無い事を考えながら、道化の話を半分聞き流す。
 話の捩れ曲がったおとぎ話の国? はん、どうでもいい。
 灰かぶり――シンデレラの世界? それがどうした。
 シンデレラと言えば童話の代表格である。継母と義姉にいじめられた少女が魔法使いやら鼠やらの協力で舞踏会に行って、王子様と出逢って、脱げたガラスの靴を頼りに王子様が少女を見つけ出すという、王道中の王道。
 その狂ったお話を修正して、ハッピーエンドに導きたいらしい。
 そんな事より、

『エ、帰り方?』

 やっと道化の話を遮って【アナタ】が問うと、道化はにたり、と不気味な笑顔を浮かべて。

『ワタシのお願イ、聞いてくれたラ教えるヨ?』

 ……それは脅しといいませんか。

『あのネ、とりあえずシンデレラは、舞踏会ニ行きたくナイ、むしロ今の生活デ全然満足しちゃッテル、至上最強ノ現実主義者ダから。彼女いわク『王子様と結婚? ハハ、無い無い。舞踏会で見初められるって何、こんな平凡な私を?そんで何、お妃様とかになっちゃうわけ?ハハ、ますます無い。っていうか無理。うん、無理。嫌』……だそうダ!!兎に角、王子様と出会わなイと話が始まらなイから、そういうツモリでヨロシク!!』



◆長靴をはいた猫〜Der gestiefelte Kater〜
 【アナタ】は今の今まで、白山羊亭で昼食を楽しんでいた筈だった。
 それなのに今は、前後左右どこまでも続く、ただただ真っ白な空間で奇妙な道化の長い話を聞く羽目になっている。
 サーカス等でお目にするピエロだ。派手な衣装、二股の帽子、大きく象られた唇、涙や星型のペイント。よよよ、と大袈裟にしなを作り、身振り手振りを交えて道化が言う所には――
 おとぎの世界を忠実に再現した異世界、【おとぎの国】は時々捩れ曲がって物語りをおかしくしてしまう特性があるらしい。例えば王子様とお姫様が出逢って恋に落ちてハッピーエンドといった物語が、二人とも自立して結婚なんてナンセンスなんて言ってしまったり。そうやって物語通りに進まないと、その世界はやがて崩壊してしまうのだ。
 そうして今もまた、崩壊の憂き目に合っているのが。

『長靴をはいた猫ノ物語、アナタはゴ存知?』

 そう問われて、首を振る。名前くらいしか聞いた事が無い。

『ある青年ガ、死んだ父親ノ遺産トして貰っタのが猫でネ★ 本来なら猫なんテ食べテお終イニなっちゃう所、ソノ猫が優秀デ。長靴ヲはくだけデ、まるで人間サナガラ。そうしテ猫サンは色々アッテ王様と仲良くナルんだ。ソレから青年を侯爵に仕立テ上げテ、王様と青年ヲ引き合わせルんダ!! 猫サンのお陰で立派ナ領地とオ城を手に入れテいた青年を王様が気に入っテネ、お姫様と結婚すル事になっテ、めでたシめでタし――とイウお話デス♪』

 どうにもその捻り狂った世界をハッピーエンドに導かないと、この世界を抜け出せないらしい。そう理解して、【アナタ】は本題に入る事にする。
 つまり、どんな風に物語が捩れてしまっているか、だ。

『話ガ早くテ助かルヨっ!!』

 そう言って道化が手を叩くと、煙と共に現れたのは――

『猫サンと、長靴でス★』

「にゃー」
 真っ白い毛並みの美しい、間違いなく猫。傍らには凝った作りの長靴がある。ただしどう見ても、猫のサイズには合っていない。猫は毛づくろいをしながらもう一声。
「にゃー」
 ……長靴なんてはきようのない、愛玩動物。
 無表情で道化を振り返る【アナタ】。

 ――ちくしょう、もういねぇ!!



◆ブレーメンの音楽隊〜Die Bremer Stadtmusikanten〜
 たった今の事だ。【アナタ】は白山羊亭への扉を開けて、店内へ足を踏み入れた筈だった。所が入り込んだ先は、何も無いただただ真白な空間で。
 慌てて振り返った先にも、見慣れた景色は無かった。
 あるのは、否、居たのは、奇妙な道化ただ一人。二股の帽子、白い顔に大きく象られた唇、涙と星型のペイント、派手な衣装。
 おどけた様に一礼して、道化は歌う様に捲くし立てた。

『おとぎの国へヨウこそ!! ここはブレーメンの音楽隊の世界! アナタを歓迎しマス★』

 ――歓迎しなくていいので帰して下さい。
 嬉々として語る道化に、【アナタ】は嫌な気配しか感じられない。
 それもその筈、

『捩れ曲がったコノ世界ヲ修正してクレルまで、アナタは帰レまセン!!』

 ――意味が分かりません。
 そんな【アナタ】の訝しげな視線に答えるように、道化は続ける。

 もう仕事が出来なくなったおいぼれのロバ、ネコ、イヌ、ニワトリ。彼らは音楽隊に入る為ブレーメンを目指す。ところがこの四匹、とんでも無い方向音痴で、辿りつく前に森の中で天使のお迎えが見えてしまう程。そんな時森の中に一軒の小屋を見つけて、休憩しようと考える。運が良い事に小屋の中にはご馳走が! 運の悪い事に小屋には泥棒が! 四匹はそれぞれの背に乗り、窓の外からその奇妙な姿と鳴き声で泥棒を追い出そうと画策する。ところがよぼよぼの彼らの足腰は、それぞれの重さに耐え切れず潰れてしまい、叫び声は泥棒達の笑い声に掻き消され。そんな事をしている間に、また天使のお迎えがやって来てしまう始末。

『本来なラ、四匹は見事泥棒を追い出シ、ご馳走を手に入れテ、小屋に住み着くんダ。そしテ小屋で音楽ヲ奏デなガラ暮らすノ。それでメデタシめでたし★』

 ――いや、それもうどうにもならなくないですか。

『四匹に腹式呼吸をマスターさせルとカ? 泥棒役をヤッテ追い出されテみるとカ?』

 あはははーと笑いながら、道化は華麗にターン。その背後には鬱蒼とした森が広がっている。そして目を凝らせば、とぼとぼと彷徨う四匹の動物のシルエット。

『頼んだカラねー★』

 それに眼を奪われている間に、道化の姿は消えていた。



◆かえるの王さま〜Der Froschkonig〜
 聞いた事があった。極稀に、迷い込むという【おとぎの国】という異世界の話。おとぎ話を忠実に再現した童話の世界は、時々捩れ曲がっておかしな話に変わってしまうのだという。そしてその世界に迷い込んだ者は、その物語を修正しなければ元の世界に戻れないのだ、と。
 だからってまさか、自分が迷い込むとは。
 【アナタ】はおとぎの国の案内役だというピエロの話を、半分聞き流しながらそう思った。
 二股の帽子、派手な衣装。白い顔には大きく象った唇と、涙と星型のペイント。
 ゆらゆらと揺れる帽子が小憎たらしい事この上無い。

『ココ、【かえるの王さま】の世界ヲご存知? 知らなイ?』

 まだ何も言っていないのに、道化はにこにこと笑いながら話を続ける。歪んだペイントが不気味だ。

『アる時王女様ガ、泉に金の鞠を落とシテね★ ソレを蛙ガ友達ニなってクレル代わりに拾ウと言うワケ。王女様ハ約束したモノノ、大の蛙嫌いデ、鞠を拾っテもらいナガラも蛙を置いテ帰っちゃウの。所ガ蛙ハお城マデやってキテ、約束を守レと言うンダ。王様の言いつケで王女様ハ嫌々ナガラも一緒に夕食ヲ取ルんだけド、蛙も図々しくテ王女様ノ寝室にアガルんダ。流石に王女様もキレちゃって、蛙を壁ニ叩きつけテ!! 何故かそのおかゲデ、蛙の魔法が解ケて王子様に戻ルんだケド……』

 本来ならば、その後に王子と王女はお互いを許しあい、王女は王子の求婚を受けてめでたしめでたしとなる。

『ところガネ★ 王女様はコウ言うノ。「王子に戻った所で、カエルだったのよ!! 気持ち悪い、無理!!」そして王子様モこう言ウの。「いくら嫌いだからって壁に叩きつけるような女に求婚なんて出来るかっ!!」』

 さもありなん。



◆青髭〜Blaubart〜
 世の中には不思議な事があるもんだ。そんな感想を浮かべながら、【アナタ】は暢気に辺りを見回した。お昼にしようと白山羊亭を訪れた筈なのに、何故か入った先は前後左右上下全て真白な空間で。
 そして何故だか正座をつき合わせて、【アナタ】は道化と向かい合っていた。
 ゆらゆらと揺れる二股の帽子、白い顔には大きく象られた唇と、涙と星型のペイント。派手な衣装に身を包み、何が楽しいのかニコニコと言葉を連ねている。
 しかし表情と話の内容が合っていない。
 捩れ曲がって本筋とは異なるエンドを迎えてしまうおとぎ話の世界、それらは崩壊して消えていく運命にある。その崩壊を止めて欲しいと頼まれて、こうやって話を聞いているのに。

『【青髭】の世界ヲ掻い摘むトネ、こうイウ話デス★』

 青い髭が特徴の男、通称青髭。(そのまんまだ)
 彼が新しく娶った娘、新妻。ある時青髭は数日の外出の折、新妻に屋敷の鍵の束を渡してこう言う。
「どこにでも入って構わないが、この金の鍵の部屋だけは開けてはならない」
 ――なら最初から渡さなければいいのに、とは思っても口にしてはいけない。

『大抵コウ言われレば開けたくナルのが人間ノ性。本来なラ新妻は部屋に入っテ、その中に前妻の死体ヲ見つけちゃウんダ。ソレが青髭ニばれて殺されカケタ所、ナンとも良いタイミングで新妻の二人の兄ガ助けニ来て、青髭を逆ニ殺しちゃウの★ ソレで新妻ハ青髭の屋敷と財産ヲ手に入れテ大金持チになッテ、お終い』

 そんな話を嬉々として語る道化が不気味だ。

『だけどネ、新妻ハ、二人の兄にソレはソレは可愛がられテ育っテ、ものすっゴク純粋で。真っ直ぐで。無垢デ!! 言い付け通リ、「開けちゃ駄目と言われたから開けないわ」と約束を守っテしまウわけ。天晴レだネ★ 人間の鑑ダね★ 幾度青髭が外出しヨウと、新妻はチットも扉を開けないノで、二人は中睦まじく年老いテいっちゃうンだ!!』

 困ったね、と笑う道化。どちらかというとそれこそハッピーエンドじゃないのだろうか、と小首を傾げる【アナタ】を無視して、道化は

『とりあえず、青髭をヤっちゃえば良くナイ!?』

 ――そんな恐ろしい結論に達しなくても!!



◆裸の王様〜Der Konig ist nackt〜
 白山羊亭は何時の間に、趣向を変えたのだろう。四方八方何処までも真白な空間でまず【アナタ】が考えたのは、そんな突拍子の無い事だった。
 ルディアの変わりに居るのは、奇妙な歌を歌う道化ただ一人。

『王様、ハ、は・ダ・か〜♪』

 頭上で震える二股の帽子、白い顔面に涙と星型のペイント、大きく象った真っ赤な唇が印象的な、ど派手な衣装のそいつは、体をくねらせながら近付いてくる。

『ようこソ!!』

 そうして【アナタ】と目が合うなり、道化は片手を上げて言った。思わず同じように手を上げて返してしまってから、怒涛の勢いで話し始めた道化に口を挟む隙も与えられず。

『こコハおとぎ話の住人ガ暮らスおとぎの国★ 裸の王様ノ世界デス!』

 ある詐欺師が『馬鹿や自分にふさわしくない仕事をしている者には見えない不思議な布地を織る事が出来る』と嘯いて城にやって来た。喜んで服を作ってもらう王様だが、当然服なんて無い。けれど見えないとは言いにくい王様も、臣下もこぞって『素晴らしい』と褒め讃えた。新しい服で街中をパレードするも、皆が皆見えないとは言えない。

『アア、愚かナ事。でもネ、ある少年が、こう叫ぶノ!! 「王様は、はだかだ!」って。本来なら下着くらいハ着てル話なんだヨ、公共良俗的ニ!』

 おとぎ話の世界にも公共良俗なんてあるのか、とどうでも良い事に感心する【アナタ】。ここまでは完全に他人事だった。

『ダケドね、どうやら世界が捩レてしまッテ。王様、おとぎの国警察に捕まっちゃウの、マッパだかラ★ 王様居なくなっちゃウと世界が成り立たナイから、ソウするト、この国崩壊しテ消えちゃウノ。ダカラ、それを止めて欲しいと思っテ!!』

 それまで帰さないからね、と笑顔で言われて、【アナタ】は目を剥いた。



◆つぐみひげの王さま〜Konig Drosselbart〜
 扉を開けたら、そこは雪国でした――もとい、何も無いただっ広い、白いだけの空間だった。突如現れた道化が、おとぎの国への入り口です、と教えてくれた。
 おとぎの国、というのは、おとぎ話の住人が暮らす異世界らしい。時々世界が捻り曲がり、本来の物語から逸脱してしまうらしい。本筋通りに物語が進行しないと、やがて世界が崩壊して世界中からその物語が消失してしまうという。
 道化の感情のまま、しょんぼりとくたびれた二股の帽子。白い面には雫と星型のペイント、真っ赤に象られた唇の化粧を歪ませながら、道化は語った。

『ここハ、今まさニ崩壊の憂き目ニ合ってイル【つぐみひげの王さま】ノ世界!!』

 美しいのに気位が高くて傲慢な王女様。その王女様の婿候補を呼んでの晩餐会で、王女はその相手に対してとんでも無い暴言を吐きまくる。その一人の顎が尖っているのを見て「つぐみひげの王さま」などというあだ名をつけて、王女様は笑っていた。それに怒った父親が「今から最初に城にやってきた男の妻になれ」と言って、その通りに王女を物乞いに嫁がせた。物乞いの家で家事をしたり、自分で商品を作って売ったり、召使として城で働いたり、次第に心を入れ替えていく王女様。最終的に物乞いはつぐみひげの王様が化けた姿であり、二人は結婚する事になる――のだが。

『困っタ事に、王女様ハ人目デつぐみひげの王様ヲ気に入ってシまうノ! だカラ最初の晩餐会で話が終わッチャう、とんでモなくつまらナイ展開★』

 いいじゃん、それで。と思う【アナタ】を尻目に、道化は地団駄を踏んで、子供みたいに駄々をこねた。

『そんナつまらない話、絶対に駄目!! だカラ、何とかしテ、王女が王様をこき下ろすヨウに仕向けテ!!』

 とんでも無く面倒臭い。【アナタ】は煩わしそうに柳眉を歪めた。けれどどうしても、拒絶出来ない理由が。

『ジャなキャ、エルザードに帰レないと思エッ!!!』

 ――脅されました。



◆ホレ婆さん〜Frau Holle〜
◆人くい鬼〜Der Okerlo〜
◆狼と七匹の子山羊 〜Der Wolf und die sieben jungen Geislein〜
◆黄金のがちょう〜Die goldene Gans〜
◆六羽の白鳥〜Die sechs Schwane〜
◆マレーン姫〜Jungfrau Maleen〜
◆人魚姫〜Den Lille Havfrue〜
◆ピノッキオの冒険〜Le Avventure di Pinocchio〜
◆マッチ売りの少女〜The Little Match-Seller〜
◆赤い靴〜De rode sko〜
◆親指姫〜Little Tiny or Thumbelina〜
◆雪の女王〜Snedronnigen〜
◆みにくいアヒルの子〜Den grimme aelling〜




白山羊亭冒険記「フランソワーズ改造計画!」

どっちかっていうとギャグ◆恋愛◆

 ルディアはとにかく、辟易していた。白山羊亭で楽しく飯を食べる筈だった冒険者もまた、お互いに目配せしながら居心地が悪そうである。
 明るい陽光が注いでいるにも関わらず鬱蒼とした空気――それをかもし出しているのは、ルディアの前でめそめそと泣きじゃくる青年だった。
 青年は犬の獣人で、ふさふさの耳と尻尾を生やしている。名前は、フランソワーズ。
 水だけで酔っているのか、一枚の写真を見ながらぐずぐずと呻いている。
「もう、僕は駄目だぁ。――何をやってもいい事が無い……死にたい……死のう……僕なんか生きる価値無いし……うあぁ、僕は、僕は………」
 五時間程水だけで居座って繰り返し続けている。ルディアが「元気を出して」と声をかけても、どんな慰めも叱咤も、フランソワーズの気持ちを和らげ無い。
「……困ったなぁ……」
 ルディアは極力、白山羊亭ではどんなお客さんにも楽しく過ごして欲しい。どんなに気持ちが落ちてても、白山羊亭を出るときには明るく元気に還って欲しい。ここは幸せな空間であって欲しい。
 勿論フランソワーズに帰れといっているわけではけして無い。ただ、彼を楽しませる術が無い事が憂鬱の種なのだ。
 フランソワーズは見た目からして、お世辞にも格好良いとは言えない。長い髪の毛が邪魔というだけで無く、目は小さくって下がった眉が情けない。服装は野暮ったいし、楽しい話も出来ない。口をつくのは卑屈な言葉ばかりで、超が付くほどのネガティブ思考だ。体力も無いし暑いのは駄目だし、かといって寒いのも得意でない。女の子に好かれる要素が少ないのも確かだ。
 ――フランソワーズは今、恋をしている。写真の君は愛らしい人間の少女。マルチーズを抱いて笑う少女は可憐だ。
 散歩をしている彼女に一目惚れしてから、フランソワーズはずっとこうなのだ。話しかけれもしない。告白なんて夢のまた夢。どうせ僕なんて、が口癖。
「……これはもう、フランソワーズを変えるしか無い、わよね……」
 この恋が成就しようとしまいと、友人としてフランソワーズをどうにかしたいと、ルディアは小さく決意した。





白山羊亭冒険記「帰ってこない雪だるま」


「――雪だるまが、帰ってこない?」
 ルディアは素っ頓狂な声を上げて、思わずティーカップを落としそうになりながら。
「雪だるまって……アリアが家の前に作ってた?」
 アリアと呼ばれた少女はすん、と鼻を鳴らして頷いた。
 アリアは近所に住む金髪碧眼の可愛い少女で、何時も元気に外を駆け回っている。そんな彼女が雪が降り積もった後、大きな雪だるまを作っていたのを思い出しながらルディアは言った。
「つまり……どういう事なの?」
 雪の塊でしかない雪だるまが、自分で動いて消えたとは考えにくい。だからといって、誰かが盗んでいくような代物でも無い。普通の、極有り触れた、それこそどこの家の前でも子供が作って遊ぶようなそれだ。
「昨日の夜、寝る時にお外見たら居たのよ。でも起きたら、居なくなっちゃった」
「それって、えっと……溶けちゃった……んでは、無いの?」
 言葉を選びながらも、ずばり言って見せるとアリアはううん、と首を振って。
「お隣のルードの家の雪だるまはそのままだったの。昨日も今日もお天気が悪いでしょ? だから溶けたりするわけないって、ルードが」
 今度はルードという青年を思い出す。立派な邸宅に召使と共に住んでいる、ちょっと変わり者の青年だ。博士号を持つ天才で、医学に覚え目出度いと聞く。それだけ優秀ながらアリアのような子供達と泥んこになって遊ぶような性質を持つ。
「ルードが依頼をしたら、って言ってくれたの。それから、夢の話もしておいでって」
「夢?」
「うん! あのね、アリア、雪だるまが居なくなった前の夜、夢を見たの。アリアが雪だるまに巻いてあげたマフラーしたね、男の子。雪だるまにつけた赤いボタンのような、兎みたいな目をした男の子。でね、アリアに言ったの!! また明日遊んでねって」
「……それって、もしかして……」
「アリアはね、それが雪だるまだと思ってるの。でも、また明日が無かったから、変だなって思って!」
 

白山羊亭冒険記「古びた恋文」
白山羊亭冒険記「天使の唄が聞こえない」

白山羊亭冒険記「万華鏡の花」

白山羊亭冒険記「砂の船」

白山羊亭冒険記「空飛ぶ船」


ゲームノベル「天の雷」
ラジエルの書、本編@


ゲームノベル「おとぎの国シリーズ」


 高き空を駆るは、メルカバと呼ばれる天の車。神の玉座という意味を持つそれは、大天使ラジエルの居城を引いて何時も天空に聳えている。
 【神の知識】と呼ばれるラジエルは、ソーンという世界をその知識の一端にする為に、神に遣わされた存在だ。
 彼はセド・イラギという三面を持った天使を連れて、聖獣界に舞い降りた。

 セドとイラギという二つの人格を持った三面天使は、時々ラジエルに、記憶した物語を話してくれとせがむ。まだ少年である彼の願いを、ラジエルは何時も、淡く微笑んで応えた。

 ラジエルはソーンの為に誂えた第二の書【Sefer Raziel】を開く。

「これは、とある人物の記録だよ」

 ――おとぎの国に迷い込んだ、とある人物の――


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【おとぎの国】――それは、不思議なおとぎ話の世界。
 おとぎ話の住人が、それぞれのおとぎ世界で、それぞれの人生を生きている。
 時々何処かの異世界と接触し、迷い込んだ者達におとぎの世界を体験させる。
 ――ただし、どこか捩れ曲がった、風変わりな世界になって――。



過去に白山羊亭で募集した事のあるお話の、リメイクです。
募集し終わった作品をリメイクして募集していきます。
参加自体は何度して頂いても大丈夫です。
人数に関しては基本、同時期に発注頂いた方が一緒になりますが、プレイング次第で個別になる場合があります。

お願い:プレイングは下記の◆選択肢◆のいずれかを選んだ上で、その選択肢に合った内容を記入下さい。



◆赤ずきん〜Rotkappchen〜

◆選択肢1◆戦闘系◆
凶暴、凶悪な赤ずきんちゃんは、猟師から猟銃を奪って、自ら狼狩りに勤しんでいます。恐ろしく命中率の高い彼女のそれによって、森から狼は絶滅してしまいました。
それなのに赤ずきんちゃんは森の中で暴れるのを止めません。終いには森を通る村人さえ攻撃してしまう始末なのです。
それでも人間に対しては威嚇だけで、まだ殺傷事件になっていないのが唯一の救いでした。
ただ、村人にとって恐ろしい相手である事に違いはありません。むしろ狼よりも厄介です。
また、赤ずきんの両親やおばあさんはとっても肩身の狭い様子です。
「誰か、あの子をどうにかしておくれ……!!」
 それは村人にとっても、両親やおばあさんや、猟師や、それから森を逃れた狼の総意でした。

赤ずきんは言います。
「私を負かす事が出来たら、大人しくしてあげてもいいわ!!」


◆選択肢2◆ギャグ系◆
おとぎの国には、道化の姿をした案内人が居ます。二股に分かれた帽子を被り、派手なピエロの衣装を着ていて、白い顔に大きな赤い唇、涙と星型のペイントを施しています。
おとぎの国に迷い込んだ人に対して、物語がどう捩れ曲がってしまったのかを説明してくれる存在ですが、実際には彼自身が世界を歪めている張本人でした。
彼は何時だって、面白可笑しく過ごす為の努力だけは怠りません。
そうして今日もまた彼は、素直で明るい赤ずきんちゃんを謀って物語を改変していました。
「いいカイ、赤ずきんチャン。おばあチャンの所にこの駕籠の中身を持ってイッテ欲しいんだヨ。ネ、簡単でショ?」
赤ずきんちゃんの母親の振りをして、おつかいを頼んでいるのが道化です。
「分かったわ、お母さん」
素直に頷いた赤ずきんちゃんに、おばあちゃんの家の地図を渡します。
「でもネ、森には狼ガ出ルらしいカラ、念には念を入れテ、イツもの道じゃナクテ、この地図を見ながら遠回りシテ頂戴」
「狼が出るの? それは怖いね!」
「それニね、昨今の狼ハ、何ト人間に化けるのデスって★」
「それは、凄いね!!」
「だからネ、おばあチャンの家に着クまでは、誰に会っても、何ニ会ってモ、信用しテは駄目ヨ!!」
「分かったわ、お母さん!」
「モシかしたラ、おばあチャンに化けてるかも知れないシ……」
「そうしたら、どうしよう!?」
「その時ハ、駕籠の中身をブチまけテ、お前に食わせる飯は無いって帰ってきちゃいなサイッ! 唾を吐くノモ忘れずにネ♪」
「分かった! でもどうやって見分けたらいいの?」
「簡単ヨ! どんな人に化けテイても、狼はその耳ダケは隠せないのデスって★ だから犬耳を着けてる人は、全部信じチャ駄目!! そうイウ人を見たら、暴言吐いテ走って逃げちゃいなサイ! 何時も教えてルでショ?」
「分かった!!」
そう元気に返事して、赤ずきんちゃんは手を振りながら森へと消えて行きました。

赤ずきんちゃんを見送ってから、道化はおとぎの国に迷い込んだ人間を探しに行きました。
そうして今度は、
「アナタ達にオ願イがアルんダ!! どうカこの耳をつけて、森の中を徘徊シテいてくれないだろうカ……っ!!」
何の為に、と貴方が問い掛けると、道化はよよよと大袈裟に泣いてみせながら言いました。
「この森にハ、人狼の少年が一人迷い込んでネ★ その少年を猟師のオッチャンが誤って撃ってしまッテから、トント姿を見せなクなッテしまって……。どうにかしてソの少年を元の世界に戻したイんだよ!! 仲間の姿を見れば、出て来てクレルと思って!」
最もらしい理由だったので、貴方はその申し出を受ける事にしました。