06 可能性の話


 休日、家でぼうっとテレビを見ていると先日戻って来たテストの点が振るわなかった事について、母親がお小言を言い出した。別に教育ママでは無いのだけど、腹の虫でも悪かったのだろう。昨夜父親と取り留めの無い事で喧嘩していたし、その鬱憤晴らしだったのだと思う。
 だけど長くなりそうな説教を聴いていられる程出来た娘では無かったので、早々退散決め込んで、軽く化粧して家を飛び出した。
 アルバイトもしていない、雀の涙程――なんて言ったら両親に怒られるので、あり難く頂戴しているお小遣いでは気晴らしに遊ぶなんて事も出来ないし、別段行きたい所も無かったから時間潰しにと、通学の定期圏内にある駅ビルでウィンドウショッピングでもするか、と思った位だった。
 何となくブラブラしながら、見るとはなしに店を覗いていって、販売意欲満々なキレイなお姉さん達を愛想笑いで振り切りながら、時々携帯で時間を確認したりして。
 そんな感じで、何時も通りといったら何時も通りの、休日を終えるのだろうと思っていた――というか、何も考えていなかった矢先。
「お姉さん」
と、肩を叩かれた。
 反射的に振り返って、ヘラヘラと笑う男性の姿を認めた瞬間、足を止めてしまった愚かさに眉間につい皺が寄ってしまう。
 お姉さん、とか言われたけど、明らかにあんたの方が年上だろうが。なんて心中で突っ込みながら、男を無視して歩き出すことにする。
 これがただ単に道でも聞きたい迷子だったら酷い態度でゴメンナサイだが、生憎道案内をしてあげるようなお人よしでも無い。
「無視しないでよ、冷たいなー」
 それでも男は早足になったあたしの横に並ぶように、小走りしながら話しかけてくる。
「ね、お姉さん。さっきから行ったり来たりしてるみたいだけど、暇でしょ?」
「暇じゃない」
「まあまあまあ」
 何がまあまあ、なのだ。
 隠しもしない迷惑顔を男に向けても、男は気にした風も無い。へらへら、軽そうな外見に似合いの薄ら笑い。
 年はあたしより二、三上だろう。高校は絶対卒業しているだろう。行ってたらの話しだけど。暗い茶髪は人気の俳優を彷彿させる髪型で、右耳に一つ、ピアス穴が確認できる。服装は黒いシャツに薄手のパーカーを羽織って、細身のジーンズ、パープルとイエローのちょっと奇抜な印象のスニーカー。首にはごついネックレス、先程肩に触れた右手にはこれまたごつい指輪が二つ嵌っていた。顔立ちは可も無く、不可も無く。タイプじゃ無いから、ほいほいついていきたくなる相手じゃない。
 タイプだった所で、愛想良くついて行ったりする気は、元から無いけど。
「お姉さん、俺と遊ばない?」
 そんな風に男を批評してみたりしてるあたしも、至って普通。身の程は知っているから客観的に見て、可も無く不可も無く不可も無く、って分かってる。身長も高くもなく低くも無い、あと二cmで160に到達出来たのに、と悔やんでいるぐらい。頭も運動も平均、顔も十人並み。そして体型も平凡なもの。可愛いもきれいも無い、「平凡」「中の中」「普通」、以前付き合っていた彼氏には「普通が一番」とか全然嬉しくない評価をされた。
 それでも多少シャレッ気があれば、ナンパされる事ぐらいあるもので。
 そして例え身の程知らずと思われようと、ナンパされているこちらに、選ぶ権利があって当然。
「遊ばない」
「えーなんでぇ?」
「何でも」
「いいじゃんいいじゃん。俺、ケンゴっての。何ちゃん何ちゃん?」
「他当って」
 それでもケンゴと名乗った男は、しつこかった。大抵お一人様の男は、一回断わればあっさり去っていく。時たま「ブス」なんて悪態つけられる事もあるけど、大体は後腐れもなく次へと向かっていくだろう。例えばこちらが他の女友達と一緒で、相手にも男友達が一緒な場合にはしつこい事も多いけど、そういうのは友達に興味津々であたしはわりかしスルーされる。それに一対一で遊ぶよりも気軽に思えたりして、軽い気持ちで応じるような事もある。
 行き交う人の流に乗って、ビル、というより、駅からビルへと続いている歩道橋をひたすら歩く。目的も無いから時々外の空気が吸いたくなって、ビルから出てまたビルに戻る。そんな事を繰り返していた合間の事。もしかしたらナンパ待ちのように見えてしまうのかもしれない。
「他じゃヤなんだって。俺、キミの事すっごいタイプ!!」
「おべっか嫌い」
「いや、マジで!」
 ぐいっと腕を引っ張られる。途端に、へらへら笑いをおさめて真面目な顔――をしてくれても、ドキとかないから。
「とりあえずさ」
 ケンゴとやらの手が、くいっとどこかの方向を指す。アレに見えるのはマクドナルドか。黄色いエムのマークがお馴染みの。
 幾らお小遣いが赤貧だって、お手軽なファーストフードに惹かれたわけじゃないって、先に言っておく。
 毎日学校帰りに寄って貪りたくなる程、あそこのポテトは大好きだけれど。
 何だかなぁ。
 平凡なあたしは、平凡なケンゴの、一風変ったナンパ文句に、射抜かれたりしちゃったわけで。

 このナンパ男が、この後彼氏に就任するなんて、ちっとも予想して無かったんだけど。



「キミが俺を好きになる可能性がどれだけあるのか、ちょっとあそこで話し合おうじゃないか」

 思わず心が開いちゃったので、あたしは素直に着いて行ったりしちゃったのでした。




関連作 : 「第一印象から決めてました」 「種明かしをしよう」「ストロベリーチーズケーキ」





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