ぶっちゃける男 06

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「男として見て欲しい」
 ――と、哲也は言った。

 自分があたしを好きだという事をちゃんと知っていて欲しい。
 その上で、あたしが選ぶ恋人候補に入れて欲しい。

 哲也が望んでいたのは、そんな初歩的な段階の話だった。

 驚きの余り言葉を紡げないでいるあたしに向かって、唐突に、哲也は昔話を始めた。
 自分が如何にあたしを好きだという事を、訥々と。

 一目惚れだった。
 臆面も無く、真剣な顔で、哲也らしからぬ事を言っている。その時のあたしの感想はそんなものだった。
 一目惚れってなんだっけ。それってどういうものだっけ。
 あたしにも覚えがある感情だったけれど、そういう感覚を哲也が持ち合わせているとは思って居なかった。
 恋愛に対して常に淡々としていた、哲也が。
 哲也の昔話は、あたしとは視点が違った。それは常に、あたしを中心に語られた。それはさながら、あたしを主人公にした、平凡で取り留めの無い小説のようだった。
 そりゃあたしの事を何でも知っている筈だ、と呆れるくらい、哲也は良くあたしを見ていた。あたしの弱さも未熟さも、知っていて当然というくらい、詳細にあたしの事を語る。
 何でもかんでも記憶している。
 例えば、あたしが始めての彼氏と別れた日付もきっちり。あたしが惚気た彼氏の話もしっかり。その会話の一言一句、それすら大切なものだと言いたげに。
「好きだっつって、押せば、落とせる自信はあったけど」
 哲也らしい傲慢な言い分に、あたしは「かもね」と返した。多分、そういう事もあっただろう。哲也の横が居心地がいいのはもうとっくの昔に気付いていたし、当時のあたしだったら、哲也に流される事も出来ただろう。学生時代の恋愛は、純粋だったけどその分、浅はかだった。恋に恋をしていた。恋をしている自分が好きだった。楽しければ、良かった。
「でも、そしたら今頃、とっくに疎遠になってただろ」
 どうしてそうしなかったのか、と聞いたら、哲也は嘲るように言って、あたしは迷わず首肯した。
 あたしと哲也の性格なら、そう付き合わない内に喧嘩別れをしていそうだ。今だってそうだけど、あたしは弱い自分を認めたがらなかっただろうから。哲也と付き合って、自分が優位に立ち続けるのは難しい。あたしはきっと、逃げた。
 友情だったから、十二年も続いたんだと哲也が言う。
 異存は無い。
 哲也とあたしだから、というわけではなく、高校時代の恋愛が十数年も続くなんて奇跡だ。
 そんな事を考えていたら、哲也は。
 逡巡してから、
「笑うなよ」
と念を押してきた。
 口調は何て事ないように、でも躊躇いながら。気まずそうに瞳を揺らし、チッと舌打し、端正な顔を横に向けて。
「……美咲とは、アレだ。アレになりたい」
 苛立たしげにハンドルを指で叩きながら、言い淀む。
「何よ?」
「……笑うなよ?」
 何度も何度も確認して、やっと。
「だから、あー」
「だから何よ」
「しが」
「……滋賀?」

 余裕をぶっこいていたあたしは、項を掻いて俯いた男の顔を凝視して、固まった。

「死が、二人を別つまで、ってヤツ……?」

 ――シガ、フタリヲワカツマデ――?

 カタカナがゆっくりと漢字に変換されて、ゆっくりゆっくりと、意味を伴っていく。
 じわじわじわじわ。
 可笑しさと、面映さが浮かんできて。
「……それ、高校生の時から?」
 返って来た舌打が全ての答え。
 不覚にも、思ってしまった。

 悪くない、って。





 Really? -- end





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