ぶっちゃける男 01

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 彼氏に振られた、と報告した後の二週間、気を使ってか職場の皆様は仕事帰りにご飯に誘ってくれる事が多くなった。代わる代わるにご馳走してもらった結果、財布はかつて無い程潤っていた。
 ご飯は女子だけで行く事もあれば、同僚と二人きりという事もあったし、行ける人は皆で飲みに、という日もあった。哲也も参加する日はあったが、あたしが徹底的に避けていたからか、それとも哲也にその気が無いだけか、全く何の変り映えもない関係が続いていた。
 最初の一週間ほどは哲也の態度に振り回されていたあたしだが、ある日を境に吹っ切れた。
 それは就業後、長井さんと飲みに行った夜の事だ。
 長井さんが連れて行ってくれた小洒落たバーで、あたしは愚痴の延長でこう言ったのだ。
「あたしの友達の話なんですけど」
 こういうと大概が自分の事だ、という法則がこの時のあたしの頭には無かった。
「今までも、これからも男友達だと思っている相手に「好きだ」って言われて、悩んでて」
「へぇ?」
 面白そうに跳ね上がった長井さんの語尾なんて、気付きもしないで、
「でもそれから何かモーションかけてくるって事でも無いんですって。だからどうしていいのか分からないって言ってて。あたしそういう経験無いから、相談受けても何て答えていいのか分からないし」
 だから長井さんの意見を参考にしたいな、なんて殊勝な言い方をして、チラと彼女を窺った。
 長井さんは綺麗な色のカクテルを、艶っぽい唇で受け止めながら。
「私だったら、だけど。その相手とこれからも友達で居たいなら、相手がモーションかけてこようがこまいが、変らない。何時も通りよ」
 百戦錬磨の合コン魔と過去に言われていた長井さんは、既に旦那がいる身だったりする。若いわね、なんて揶揄するように呟いて顔ごとこちらに向いた。
「知らない振りで、相手にも悟ってもらうわよ。こちらはどうするつもりもない、って。相手がどういうつもりなんて考えてもわかんないし、焦れた女に何とかしてもらおうなんて考えている男なんだとしたら、それこそ願い下げ。あ、でもそういうのあんたの好きな草食系っていうの?」
「どちらかっていうと肉食――って、友達の話です!」
 この時点で長井さんにはバレただろう。勘の鋭い彼女に相談した辺り、あたしもヤキが回ったものだ。何て考えても、その当時のあたしには余裕なんて全然なくって、家に帰り着いてから愚行を悔やんだのだけど。
「そうね、友達の話だったわね。まあでも、こっちから動いた時点で関係に変化は起きちゃうと思うから。相手とどうにかなりたいならどういうつもりか詰め寄って聞いたらいいし、聞かなかった不利をすれば今まで通りの関係でいられるんじゃないかしら。それで相手が諦めるなら、今まで通りでいられるかもしれないし、相手に避けられちゃうかもしれないけど――まあそれまでよね」
 まあでも、長井さんにそんな風に言われて、覚悟が決まったのだ。
 そうだよね、と長井さんの言葉を受け入れたあたしの頭の中から、靄は一瞬で消え去った。
 
 あたしがどうしたいか。
 そんなのはもう決まっているのだ。
 今までの関係があたし達のベスト。哲也がどうあれ、あたしは一番の友達である哲也と、これからも仲良くやって行きたいのだ。

 結論が出てしまえば、それまでだった。
 元彼の事も良い思い出に分類済みのあたしは、次の恋も、結婚も、焦らずともその内時期が来るだろうと、普段の生活に戻っていた。
 だからゴールデンウィークも間近になったある晩、哲也に飲みに誘われたって――そりゃ全く今まで通り、という風には行かず若干構えてしまったものの、「友達、友達」と唱えながら、一緒に居酒屋に出かけたのだ。
 それでどうしてか、ゴールデンウィークの2日目に、あたしが行くはずだった神田君達との遠出に、哲也も参加する事になって。
 そこからどうしてか、哲也の怒涛のアプローチが始まる事となった。



 良く晴れた朝だった。あたしは実家のワゴン車、哲也は奴に似合わない可愛らしいキューブなんかをレンタルしてきた(哲也の車は二人乗りのスポーツカーなので、わざわざ、レンタルしてきた)。
 神田君とその友達六人を神田君の自宅の前で拾って、そのお母様に恐縮されながら頭を下げられて、あたしの車はバーベキューセットと神田君他三人を乗せて、哲也の車の後を着いて高速に乗った。
 哲也の車には、「あたし達乗ります」と大きく手を挙げて、三人の娘さん達が乗り込んでいった。なのであたしの方は男の子四人だ。
 何ていうか、可哀想。確か女の子の方の愛子ちゃんと義文君というのは仲間内唯一のカップルだという話しだし。
「ごめんねー」
とあたしがミラー越しに謝ると、義文君は「大丈夫です」なんて言ってたけど、心中穏やかでないだろう。だって哲也はどうみても、大人のイイ男だ。まあ女子高生とどうこうなる男では無いと思うが、奴の過去を知るだけに百%で否定は出来ない。
 保護者気取りで現れた哲也だったが、彼女たちが車に乗り込む時には爽やかな笑顔で彼女達を助けていたし。
「でも哲也、運転うまいから女の子達には安全でよかったと思うよ」
 そんな言葉が出たのは、まあ、フォローのつもりだけではない。
「え、」
「あの、ミサさんて、」
 途端戸惑った表情を浮かべる背後。あたしはそんな固まった表情より、眼鏡男子代表、の神田君の呼び方ににんまりしてしまう。「ミサさん」ていいよね、うん。元彼の「ミサちゃん」って呼び方も好きだったけど、サンもありだよ、うん。
 無駄ににたにたしながら
「あたし運転酷いよ。あらいから、酔わないように気をつけて」
それにスピード狂だしね。先を行く哲也の車がセーブしているからあたしもそれに倣っているけど、車線変更しようものならシートベルトを嫌がった義文君たちは左に右に揺れまくった。こちらが注意するまでも無く、すぐに自らシートベルトを締めてくれたくらい。
 最初の休憩場所と決めていたパーキングでは、神田君を除いた男性陣はトイレに直行していた。
 対して哲也の方は、キャピキャピと囀りながら楽しそうで。
「美咲の運転、やばかったろ」
 カルガモの親子みたいに、女の子三人を引き連れながら、哲也が神田君に話しかける。
 あたしは近くの自販機でジュースを買いながら、
「それ程でもないわよ」
なんて、変りに答えてみる。でも神田君は曖昧な表情で「いえ、はあ」なんて答えた。
「すぐ慣れるよ」
「それってお前が運転に? それとも彼らが?」
「神田君達があたしの運転に、よ」
「ハナ、大丈夫〜?」
 思わず肩を落とした神田君を慰めるように、香苗ちゃんがその背に手をやった。撫でるような仕草を見せる彼女は、小柄な女の子だ。身長は百五十センチもないんじゃないだろうか。可愛らしい小花柄のワンピースを着ている。かんちゃんと呼ばれる上林君の想い人らしい。
「……ウン、ダイジョウブ……」
「皆大袈裟なんだって」
 からから笑う私の言葉はみんな無視。愛想の良いさやかちゃんは、「あ、たっくん達きたよー」なんて話を摩り替える。
 戻ってきた三人の顔色はお世辞にも良いとは言えなかったから、あたしはそれ以上言わない事にした。

 休憩を何度か挟みながら、高速を降りて山間の街を突き進む。本日向かう先はあたしと哲也が学生時代に良く行っていた、穴場の川だ。上流に向かう路の、夏場だけ開かれるペンションを示す看板横を曲がる。ペンションが謳っているバーベキュー場なんだけど、春先には一般公開されているのをあまり人は知らない。大学のサークルでペンションを利用した時に宿の人が教えてくれたのを切欠に、それから数年毎年訪れていた。
 車酔いで使い物にならない男の子たちを放置して、哲也はワゴンからさっさと荷物を降ろしていく。
 その様子を女の子達は頼もしそうに見つめていて、何だか神田君達には色んな意味で悪い気がした。
 それでも若さゆえか、十分もすれば回復してたけど。
 手伝う、と申し出た女の子達に「遊んでおいで」と促した哲也とあたしで、川遊びに興じる学生達を微笑ましく見つめながら準備を進める。
 といっても、やる事は少ないけど。バーベキューコンロの周りに人数分の折りたたみ椅子を並べ、パラソルを差した席を作り(あたしの日焼け防止だ)、クーラーボックスを二つ卸して、重ねたその上に調理場を作る。
「ぜひ」
と言う女の子達に野菜の皮むきは任せてしまう。あたしがそれらを切って、遅れてやって来た男の子が串に差したり、という風に、皆で作業をした。
「美咲さん、お料理上手なんですね」
なんて、愛子ちゃんは名前の通り愛らしい笑顔を浮かべて言う。ちょっと嬉しくなってしまう。
「そりゃ、二十七年女やってればどうにかねぇ」
満更でもなく言うあたしの横で、哲也が鼻で笑ったが無視。
 そうですね。一人暮らし歴の長い貴方は、プロ級でしたっけね!!

 哲也の仕切りで準備はあっという間に終わって、少年たちは我先にと肉を焼き出しては頬張る。
 きゃいきゃい楽しそうに笑う少年少女を、あたしはパラソルの下で遠巻きに眺めてみる。
 その手にはノンアルコールビールの入った紙コップ。
 同じ様に対面に座る哲也の手にも、同じ紙コップ。
 時々あたし達に手を振ってくる神田君達に手を振り替えして、大人は早めに退散だ。
「天気良くて良かったねぇ」
「そうだな」
 先程までの愛想をどこに置いて来たのか、あたしの横で哲也は不機嫌そうだった。
「よくよくおモテになることで」
 女の子達はあたしに向けるより多くの視線を哲也に向けてくるので、それをからかって、固い哲也の表情を何とか和らげるつもりでいた。
 それでも、哲也はご機嫌斜めだった。
「ガキにモテても」
「そ? でもみんな、大人っぽいじゃん」
「お前以外に興味ない」

 うんざりと吐かれたため息は、あたしと哲也、同時だった。





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