手を繋ごう。 2
菜穂がもし俺に助けを求めてくれたら、と。
そんな事を思いもしたけれど、実際問題、俺が出来る事なんて、無かった。
菜穂はいじめられる必要なんて無い、とてもいい子だ、と俺が菜穂の学校に乗り込んで主張しても、それは火に油を注ぐだけだと分かっていた。俺の自己満足でしかないのだと分かっていた。
四六時中一緒に居てあげらるわけでもないし、側で護ってあげられるわけでは無い。そして、菜穂はそんな事を望まないだろう。
俺がいじめの原因の一端を担っている事実が、無性に悔しかった。
でもそれなら、俺が無闇に菜穂に近付くのは得策では無いと考えて、俺は朝の短い間だけを菜穂と過ごす事に決めた。
奈穂がもし助けを求めたら、奈穂がもし限界だったら、すぐに動けるように、その顔色を窺いながら、情報収集に努めた。
中学二年生の冬の終わり、奈穂が楽しそうに、言った。
「明日ね、理子ちゃんと買い物に行くの!」
詳しく話を聞くと、クラスは違うけれど、今一番仲の良い友達なのだ、と。
菅野理子、という女の子。その子がどんな子か、菜穂は目を輝かせて教えてくれた。
その女の子が、何時かの下駄箱の女生徒だと、何となく分かった。その時の外見の印象と、菜穂の話すそれが同じだったからだ。
少なくとも、学校が、菜穂にとって居心地の悪いだけの場所じゃなくなったのだと――その事に安堵した。
それからも菅野理子という彼女の話は、菜穂から何度と無く聞く事になって、菜穂と同じ様に俺は理子さんを崇拝するようになる。
親に頼み込んで、菜穂と同じ公立校へ進学する事になった。
勉学だけは怠らない、と約束して、今度こそ菜穂の近くにいられるようにと――そうして、一学年の夏休み、俺から告白して付き合う事になった。
屈託無く笑う菜穂は、何時かのいじめをやはり何所かで引き摺っていただろう。
友達作りには難航したようだし、関係を発展させる事に苦労しているようだった。
時々酷く心細そうにしている所を見かけたけど、そんな時は何時も理子さんが、さり気なく助け舟を出してくれているようだった。
理子さんは菜穂を甘やかすわけでもなく、かといって見放す事も無く、調度良い距離感で菜穂の背を押してくれる人。それは何時か俺が望んだポジションだったけれど、彼女になら譲ってもいいだろう。
奈穂が俺に気付いて、笑顔で駆け寄ってくる。
また転ぶんじゃないかと思った瞬間、何かに躓くように前にのめったが、何とか踏ん張った。
そして照れたようにはにかんだ後、駆け足を徒歩に切り替えて、近付いてくる。
「菜穂」
彼女の名前を呼びながら手を差し出せば、すぐに重なる温もり。
その手を離す事が無いように、と祈りながら、俺は微かに力を入れる。
「手を繋ごう」
と。
付き合いだして暫くして、新ちゃんが言った。
あたしは小さく頷いて、新ちゃんの大きな掌に手を重ねた。
小学校の頃、登下校の時に何時もあたしを引っ張ってくれた手。
触れると、とても安心した。
指先に力を込めると、新ちゃんも返してくれる。
見上げた先には優しい笑顔。
ずっと、ずっと、こんな風に。
おじいちゃんになってもおばあちゃんになっても、ずっと。
この手を離す事の無いように。
この手が、離れる事の無いように。
あたしは、それだけを祈るよ。