恋する夏。 2


 夏真っ盛りの海水浴場は、人で溢れ返っていた。浜辺を埋め尽くすような荷物と人の塊、点在するパラソル。その中を縫って、何とかスペースを見つける。
 持って来たレジャーシートに荷物を置くなり、皆競うようにして水着を脱ぐ。
 テンションはマックスだ。
 私もベアトップのマキシスカートを脱いで、早速水着姿になる。好みが似ている私と羽田は、色違いのシンプルなビキニ。羽田が迷い無く黒を選んでしまったので、お揃いを避けて白にした。菜穂は可愛らしいピンクの水着。フリルスカートが、更に彼女を愛らしく見せる。真知子は、ぽっちゃり体型を隠したい、と、パレオを撒いた、ハイビスカスが描かれた明るい水着。それぞれ個性が出るものだ。
 男子諸君は、というと――水着より、肉体美に目がいってしまう事だろう。
「流石スポーツマン」
と、恥ずかしげもなく彼らの露出された上半身を凝視した羽田は、満足そうに腕を組んでいる。
 皆、無駄な贅肉の無い鍛えられた体つきをしていて、割れた腹筋なんて、もう眼福だ。
 私も真知子も、羽田と同じ様に臆面も無くその肢体を眺めたりなんてしてしまう。男の身体という奴には、兄貴で耐性が出来ているのだ。それでもやっぱり、高橋の身体はじろじろ見れないんだけど。
「いやあ、いい眺めだなぁ」
 対して男子陣も、主に高塚君がにやけ面満開で言った台詞は、羽田に「目つきがキモイんだよ!」と蹴られて終わったが、それは高塚君の役所みたいなものなので、皆スルーだった。
 高塚君はしばらく羽田に蹴られた腹部を押さえて悶えていたが、皆が完璧に無視していると、やがて飽きたのか、思い思いに準備をしているみんなの背後から話を振ってきた。
「じゃ、どうする? とりあえず、海入る?」
 しかしその提案は、荷物を漁り終わった羽田が素っ気無く却下。
「その前に、日焼け止め塗る」
「お嬢様、オレがお塗りしましょうか〜?」
「うっせ、高塚。日向、背中塗って」
「はいはい、お嬢様の仰せの通りに」
 同中コンビはそんなやり取りをした後、「ちっくしょー! 日向ばっかりー!!」と叫んで海に突進していった高塚君をやはり放置して。
 佐久間君と菜穂は、二人の世界に入り込んで、持って来た浮き輪の空気入れ。
 残った高橋が呆れ顔で「残念な奴」と海の方向を見ながら言うのに頷きながら、ふ、と気付く。
「真知子は?」
「あっち」
 羽田に言われて彼女の指が指し示した方を見れば、真知子は見知らぬ二人組と談笑していた。いかにもチャラそうな、男達。
「……アレは、知り合いじゃぁないよね?」
 一応確認の為に聞いても、羽田の答えはやはり素っ気無い。
「ナンパ」
「……何時の間に?」
「今の間に」
 少し心配になったけど、真知子はすぐにこちらに戻って来た。
「さ、海行こっか?」
 なんて何事も無かった顔で笑われては、あまり突っ込む気にもなれない。
 ――良しとしよう。
 羽田も日焼け止めを塗り終わったようだし、菜穂の浮き輪の準備も出来たようなので、私達は波間を漂う高塚君に合流する事にした。



 はしゃいで、はしゃいで。
 その場から真っ先に離脱する事になったのは、私と羽田だった。
 ちょっと自分の体力の無さに辟易する。
 羽田はというと、食料チャージ。時々持って来た食料をチャージしに海を上がる羽田に付き合って、荷物の場所へと戻った。
 レジャーシートに座って、一息。
「あ……やばい。食料切れた」
 なのに羽田と来たら、すぐに立ち上がってしまう。私はもう少し休みたいのに、食べ物の事となると途端に腰が軽くなる羽田は、
「ちょっと何か買ってくる」
と足早く去ってしまった。
 頷く間もなく人込みに消えた羽田を見送って、もう一度嘆息。
 海の中は異様に体力を消耗されたけれど、炎天下の浜辺は上と下からの熱気がひどい。まるでバーベキューで網焼きされている肉の気分になる。
 途端に喉の渇きを覚えてカバンを覗いてみたけれど、持って来たペットボトルのミネラルは、海水浴場に辿り着くまでに高橋に飲まれてしまった。
 我慢するか、と思っても、一度自覚してしまうと、どうにも飢えが治まらない。
 私の忍耐力はすぐにポイント消費して、飲み物を求めた身体は、自然と海の家を目指すのだった。

 その光景を見て、クラリ、と眩暈がした。海の家が大行列だったので諦めて、そこかしこに並んでいた自動販売機を目指してきたのに、それらは軒並み売り切れだった。何故かあったか〜い、のジャンルの飲み物さえ完売。
 ちゃんと補充しといてよ!!と思っても、補充した先から無くなっていそうだ。
 しょうがない、と踵を返して、もう一度海の家を目指す。諦めて皆の下へ戻ってもいいけど、とりあえずもう一度。
 なのに、振り返った矢先、道を塞がれてしまう。
 大柄な二つの影が、調度良い影を作ってくれた事に若干安堵したものの、いかにもナンパ、という風情の二人組の男に眉間に皺が酔った。
「君、超かわいーね!」
「……どうも」
 横をすり抜けようとしたが、前をすぐに阻まれる。
「一人なら俺らと遊ばない?」
「一人じゃないから」
「なんなら友達も一緒に!」
「彼氏と来てるから」
 良くあるナンパ文句と応酬。適度に流して退かなければ、投げ飛ばす選択肢もありだ。
 等という事を頭の中で考える。しかし、一言紡ぎだすだけで身体の水分が蒸発してしまう気がする。勿体無い。
「どいて」
「どかなーい」
 強引に二人組みの間を突き抜けようと思ったら、肩を押された。途端に、嫌悪感が増す。
「君みたいな可愛い子、一人にする彼氏なんて捨ててさ? 俺らと遊ぼ?」
 か弱い(自分で言うのも何だが)女に向かって、自分達の力を誇示するようなやり方は気に食わない。例え相手が好みの男で、ついていくのに吝かでない状況だったとしても、力技で動こうとする男は願い下げだ。
 私が後ずさったのに気付いた瞬間、じりと距離を詰めてくる。
 私は投げ飛ばす間合いを計っただけだけど、怯んだのを好機と見る二人組は、
「怖がらなくても大丈夫だって。俺達紳士だからー」
 何て、脅しともとれる言葉を吐き出す。
 決定。投げ飛ばす。
 ただ、柔道技を決めるには、服という掴むべき場所が無い。こいつらの腕を取るのは嫌だ、生理的に。
 作戦変更。空手技に切り替えよう。
 顎に掌低をかまして、逃げよう。
 そう決めて、構えた時だった。
 男の一人が、背後に引っ張られるようにして消えた。
 言葉通り、引っ張られたのだろう。突然現れた陽光に目を眇めた私の耳に、どさりと重い音が聞こえた。どうやら、尻餅をついたらしい。と思ったら、今度はもう一人の背後から、手が生えた。
 ――のでは無く。
「てめぇ、人の女に何してんだ!!」
 何とも良いタイミングで現れた高橋が、残った男の肩を抱くようにして投げた。
 思わず、安堵の溜息をつく。助かった、という意味ではなく、攻撃を仕掛ける前で良かった、という意味で。
 高橋の肉体に恐れを成したのか、それとも不機嫌オーラ満載の鋭い眼光にびびったのか、二人組は一目散に逃げ出す。
 わーお。
「っとに、理子!」
 すぐさまこちらに向き直った顔は、厳しい。鼻息が荒い、わけでは無くて、息遣いが荒いのは。
「探しただろ、馬鹿!」
 走って来てくれたのだ、と分かれば、現金な事に喜びしか沸いてこない。
「お前は、ほんとに……」
 あーくっそ、と悪態を付く、その苛立った態度が嬉しいなんて言ったら、怒るだろうか。怒るだろうな。
「助かりました」
 自分の能力に自信はあるけれど、こうやって助けてもらうのも悪くない。
 ナンパ男への嫌悪感なんてあっという間に彼方へ去っていたし、喉の渇きも忘れていた。
 見上げる高橋の、不機嫌顔。何時もの、眉間に皺を寄せた顔。
 へらへらと笑う私がお気に召さない高橋は、何か言いたそうに口をまごつかせたが、やがて大きく息を吐いて、私の右手を取った。
 しっかりと握られる、手と手。
「腹減った。オゴれ」
 了解しました、と繋がれた手を握り返して、私はもう一度、高橋を見上げて笑った。





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