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間章 ラシーク・アル・シャイハン
グランディア城が僕にとって居心地が良かったためしは無いけれど、この数日というのはその最たるものだった。誰も彼もが浮き足立ち、その表情は喜びに満ち溢れている。
その理由は言わずもがな。
ティシア王女の成人祝いに続いてその婚約――それに国王陛下の婚約発表までが立て続いてしまえば、喜ぶな、という方が無理だろう。
僕だってグランディアの国民としてそれなりにこの事態を祝福してはいるのだ。
何よりグランディアの後継問題に己の意志は関係なく関わっている身としては、王位継承権第二位などという全く有り難くない肩書きが遠ざかるのは、願っても無い事だ。
けれど、それとこれとは話が別だ。
生家でも、留学先の学園でも自由を謳歌して来た僕にとっては、このグランディア城は窮屈すぎた。沢山の制約と監視と、腹の底の窺えないおべっか遣いの臣下達に、空々しい言葉達。
何を期待されているんだか、もっと幼い時分から向けらてきた含んだ視線は、重荷でしかなかった。
それにこの城の住人は年嵩で、退屈を紛らわしてくれるような人間も居ないのだ。
だからこそ何時もラシークを付き合わせてグランディアでの退屈を凌いで来た。
それなのにラシークはと言えばつい二週間程前までは僕の存在も忘れたように、一人の人間にかかりきりだった。異世界人だという不思議な青年に興味を持った様子で、その正体を突き止めようと躍起だった――というのとは、ちょっと違ったようにも見えたけど。
何がどうなってそうなったのか全然検討もつかないけれど、実はその異世界人の、しかも男だと思われた人物が、何故だか国王陛下の婚約者として公表されたのがつい先日の事。
異世界人との結婚が与えてくれる恩恵を思えば、グランディアの人間は誰でも沸き立つだろう。
そんなおめでたい城内は更に話を大きくし、本人達の知らない所で結婚式の用意を既に開始しているらしく、すぐにでも式典を執り行えるような様子らしい。
その中心に宰相シリウスや父上が居るというのだから、何ともはや。母上や姉上も乗り気で、領地に引き返したセルジオ兄様と義兄であるローナン侯爵を除いて、僕ら一家もまたグランディア城に逗留しているわけだけど。
そんな状況にあって退屈な城内に留められている僕にとっての、唯一と言って過言で無い大切な友人は――。
「――えぇえ?」
思わず不満を声音と表情に乗せてしまうぐらいに、聞きたくない台詞を口にした。
申し訳無さそうに眉を下げて、ラシークは苦笑する。
「わたしも残念だけど、父王のご命令だからね。何より姉上を兄上だけにお任せするのは忍びないよ。バアルへの帰路は果てしない」
「……そう、だとしても」
「プライドの高い姉上があそこまでするんだ。そこまで執着させたのは身内の所為だし、それを見て見ぬ振りで居たわたしにも、責任が無いとは言えない。姐上が落ち着くまで、傍に居て差し上げたいとも思うんだ。そして出来るなら、今度こそ幸せな嫁ぎ先に送って差し上げたい」
「結婚が女の幸せ、なんて古い考えだと思うけど」
真摯に言い募るラシークが面白くなくてそんな事を言ってみたけど、ラシークが意見を翻さない事はもうとっくに分かっている。
それでも簡単に承服出来ない気持ちがあった。
「バアルにいるより良いだろう」
きっぱりと言い切るラシーク本人が、その事実を十二分に分かっているのだ。
――全ては、非公式な事だ。
バアルからの申し入れを受け、国王陛下と結婚をするのはファティマ王女だと、話を知る数少ない人間は疑って居なかった。この時点で異世界人の存在は確認されていなかったし、それらの人々や――僕なんかは、国際的な事情も含めて、ファティマ王女と国王陛下の結婚はいずれ誓約されるものだと予想していたのだ。
ラシークはそれらの事を事前に知っていた節があるけれど、ウシャマ王太子やファティマ王女は、何も知らないままその時を迎えた。
はっきり言って僕は、その時のファティマ王女やウシャマ王太子の様子を記憶して居ない。僕自身かなり動揺していたし、何が起こっているのか全然理解しないままだったのだ。
ただ見た事も無い程の微笑みを浮かべる国王陛下と、手を差し出されたツカサという――ブラッドとして認識していた異世界人を呆けて見ていただけ。
聞く話ではどこからともなく拍手が沸き起こった時には、ウシャマ王太子もファティマ王女も笑顔で手を叩いていたというから、ファティマ王女との結婚話は穏便に事無きを得たのだろうと思った。
ところが蓋を開けてみれば、バアル王国との国交が断絶する一歩手前で、王太子も王女も怒り心頭。バアル国王はラシーク三兄弟に帰国命令を下し、グランディアからの完全撤退まで考えているとか。
まあファティマ王女に関しては、これも非公式だけれど異世界人暗殺未遂で強制退去の命令が下されているから、どちらにせよ一日両日中にご帰国頂く予定だったけど。
そんな状況だけれど、両国間の軋轢はそれ程深刻視されていない。何故って持ち帰って貰う報告の中に、バアルにとって結婚以上の朗報が二つ程紛れているから。
そしてその報告を持ち帰る役目を、ラシークが担っている。
そういう状況にあって明日にもグランディアを旅立つ、と言うラシークを止める事なんて僕には出来っこない。
それでも精一杯の不満を頬を膨らます事で表してみる。
「すまないね、ユージィン。まだ君と自由を楽しんでいたいけれど――そうも言っていられないようだよ。立場に置ける義務に向き合う覚悟を持たなければ」
僕が逃げ続けている現実を、怯まず受け入れる事を決めたラシーク。その表情は清々しい程で、眩しい。
思わず目を眇めて、眼前のラシークを眺めてしまう。
何も変らない。黄金を砕いたように輝く赤銅の肌。月のような冴え冴えとした瞳。バアルの定めに背くように、今日だって腕の神聖な紋様は晒されている。
それなのに、僕の良く知るラシークが、聞き慣れない胸中を語る。
「……僕は、絶対に嫌だ。お前がそうしたからって、僕は、続けない」
まるで我儘を言う子供のように、そんな拗ねた言葉を連ねたって、ラシークの答えは分かっているのに。
「それは勿論、君の自由だ。でもわたしは、知ってしまったから」
案の定、ラシークは肯定も否定もせず、同じ道を歩こうと強制もしない。
「知ったって、何をさ」
「わたしが本当に欲しい物を。だから、叶える努力をする」
欲しい物なんて簡単に手に入る。そういう立場に居るのに――? ラシークの意味する事とは違うだろう、そんな言葉が口をつきそうになって、何とか止める。
進む道を決めてしまった友人は、もうどうやっても、何を言っても、反論を許さないだろうから。
だから僕は続ける言葉を失って、溜息しか吐き出せなかった。
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