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09 陛下の逆襲 3



 一体セルジオさんが何処まで知っているのかは分からないけど、情報の出所はゲオルグ殿下で間違い無いだろう。
 初対面ではブラッドで通したのに対応を変えた所を見ると、恐らく何がしかの意図がある。その辺り俺には全く予想もつかないけれど、先日のハンナさんとのやり取りもあって楽観視は出来ない。
 こういう時に感じる嫌な予感というのは、大抵当るものだ。
 セルジオさんに連れていかれた部屋で、俺は頭痛を覚えて額を押さえた。
 部屋の作りはグランディア城とそう変らない。リビングのような役割の部屋には一面の大きな窓、調度、ソファ、テーブル――寛げるスペースは、アーチ状の穴が繰り抜かれた壁を挟んで隣室に続いている。部屋の広さはかなりのもので、何畳、という風に数えるのも難しいが、高校の教室が二つは確実に入るだろう。
 その部屋のソファに掛けるのは、三人。
 一人は面白そうな顔でこちらを眺めているゲオルグ殿下。彼より幾分若そうな女性がその隣。気位が高そう、というか、冗談を投げ掛けるのが憚れるような、身分の高そうな雰囲気の人だ。もう一人はセルジオさんと同年代で、全体的にこう――ふっくらしている。こちらも身分は高そうだが、持つ雰囲気が柔らかい。
 先に立ち上がったゲオルグ殿下の手を借りて、隣の女性が立ち上がる。
 母親世代の女性だが、スタイルがとても良い。背をぴんと伸ばし、腹部で両手を重ね合わせて会釈をくれる。ふくよかな唇にはワインレッドの口紅でも塗っているのか、その色と白い肌の対比が眩しい。
 俺が返礼するを待って、ゲオルグ殿下は二人の女性を紹介してくれた。
「これは余の妻、ユーリ。あれは長女のジュリスカだ」
 あれ、と顎で示された女性もまた立ち上がって、軽く腰を落として礼をくれる。
「初めまして、ツカサ」
 言うジュリスカさんの声は、アニメの萌え系キャラに似合いそうな、随分と可愛らしいものだった。
「もっと早くにお会いしたかったのだけれど、ごめんなさいね」
 すっと寄ってきたユーリ様が差し出した頬に、戸惑いながらもキスをする。軽い抱擁とキスが挨拶の一つだとはいえ、親密さをあらわすそれを今まで請うて来た人は居なかったので、何だか不思議だ。
 ユーリ様もまた、俺の頬に触れるだけのキスをくれた。
 ゲオルグ殿下が家族を連れて戻って来た、という事だったので、恐らく家族を紹介してはくれるのだろうと踏んでいたが、それは随分と親しげで、格式ばった所が無い。まるで何年来の親戚との再会みたいに、俺が
「お会い出来て、」
――光栄です、と続けようとした言葉を止められた。
「そういう面倒な挨拶は良いわ。ここに来るまでに貴女の事は主人とセルジオに聞いて、初めてという気がしないの。主人が貴女を娘のように思っているのだもの、わたくしにとっても娘だわ」
 だから楽になさい、と命令口調で言われて、俺は素直に頷く。
 そうすると彼女はよく出来ました、とでも言うように微笑んで、俺の頬を撫でた。
 俺の引き攣った口元が、目前に居る彼女には見えてしまったのだろう。
 ただ単純に、娘、と、当然のように俺を女扱いする彼女に戸惑っただけなのだが、ユーリ様の受け取り方は違ったようだ。
「それとも主人の愛人として扱った方が良かったかしら?」
 意地悪く目を細めるユーリ様に、思わずぽかんと口を開けてしまう。
 何というか、最初の印象を裏切られた気分の俺の横で、セルジオさんが深い嘆息を漏らしている。
 向うでクスリ、と笑うジュリスカさんも、肩を竦めてみせるゲオルグ殿下も、気取った所が無い。
 だからこそ強張っていた肩から力が抜けて、俺は呆れた声を上げてしまった。
「……またそれですか、殿下」
 思わず飛び出た軽口は非難めいて、それが室内を更に砕けた空気に変える。
 この数ヶ月、ゲオルグ殿下と一緒に多くの貴族と会ったが、その度に殿下は俺を愛人だと紹介して、相手を驚かせていた事がある。余りに色んな場に連れ出しているからとはいえ、男の格好をしたブラッドを、だ。
 どうやらアラクシス家というのは、こういった冗談を気にしない質のようだ。
「わたくしは貴女を、家族の一員として歓迎するわ。さ、いらっしゃい」
 言葉と共にユーリ様に腕を引かれて、困惑したものの少しの嬉しさも感じ――その反面、ソファを通り越して行く彼女に、多大な不安を浮かべ、行き着いた先には。
「兎に角時間が無いの。さ、好きなものを着なさい」
 またもや命令口調で彼女の掌が指し示したものは、意識して視界から追い出していた――沢山の、ドレスだった。

 そう、ドレス。

 場に不釣合いな、ここは洋服屋か? と疑いたくなるような色とりどりのドレスが掛かったハンガーラックが、当たり前のように置かれているのだ。
 その量たるや、半端無い。毎日別のドレスを着ても追いつかないかもしれない、それ程膨大な量。分厚いドレスの壁が、部屋の半分を占めている。
 しかもゲオルグ殿下の前にあるテーブルには、これまたとんでも無い量の宝石箱が置かれているのだ。
 それを前にして嬉々としていたユーリ様はまるで宝石店で贈り物を強請るキャバ嬢で、傍らのゲオルグ殿下はたかられている客のようだった――キャバ嬢、見たこと無いけど。
 この世界に来てから現実逃避が趣味のようになって来た俺の妄想では、
『長くわたくしを放っておいた罰ですわ。ドレスも宝石も、好きなだけ買ってくださるわね?』
『どれでも好きなものを買えばいい』
 ヒュー、殿下太っ腹っ!!
 というユーリ様とゲオルグ殿下の会話が、違和感無く浮かんでいたわけだが。
 そういうシチュエーションでは無かったらしい。
 俺の脳の回路は、今日は驚く程にすんなり繋がってくれる。
 誰も事情を説明してくれないけれど、これはつまり、アレだ。昨日のハンナさんとのやり取りの、続きだ。
 しかもそれが俺の承諾も無く、もう決まりきった事のように、当たり前のように進んでいる。
「……」
 うろたえる俺に焦れたように、再び伸びてきたユーリ様の手が、俺の手をがしっと掴んでドレスへ持って行こうとする。
「悩んでいる時間はあまりなくてよ? 夜会でドレスの裾を踏んづけて転ぶ、なんて恥をかきたくないでしょう?」
 ――別にそんな杞憂は持っていませんが!?
「ハンナはドレスを新調するつもりだったようだけれど、既存のもので我慢して頂戴。どれも流行の先端よ」
 手近にあったドレスを掻き分けつつこちらに視線を投げ掛け、
「それにしても――貴女、こう言っては何だけれど貧相ね。ちゃんと食事はとっているの?」
 失礼な発言をストレートにぶち込み、
「胸には詰め物をするとして……あまり露出の無いものが良いわね。――ちょっと、失礼」
「っ!」
 ユーリ様は生き生きと目を輝かせながら、前触れもなく俺の腰を両手で掴んだ。ぎゅっとベストの上から押さえつけられ、何かを確かめるように腹部へ移動してきた掌が、太鼓を叩くように二、三度跳ねた。
「羨ましいくらい締まっている事。腰のラインは出した方が良いわね」
 あまりに次から次へと言葉が飛び出て来るので、口を挟む隙が無い。
 その全てを理解出来る程に思考回路は明瞭なのに、身体の方は意志を裏切って硬直したまま。すぐにでも拒否の姿勢を見せたいのに、それが適わない。
「お母様、これはいかが?」
 しかも何時の間にか、ジュリスカさんまで合流している。
 奥から一着、白を基調とした――ウェディングドレスにしか見えないものを引っ張ってきた。肩から二の腕にボリュームがあって、首に長い襟があるタイプのようだ。ただし、スカートが段仕様で何層もあって、花をあしらった模様が可愛らしすぎる。
 ユーリ様も同じ意見だったようで、
「形は良いけれど、イメージに合わないわ。もっとシンプルなものをお寄越し」
「では、こちらは?」
「ジュリ、それは袖が無いわ。首周りはもう少し短くても良いけれど、袖は駄目。ツカサはスレンダーだけれど、肉感が足りないの。貴女とは別の意味で隠さなければいけないわ」
「まあ、酷いわ。お母様」
 何が楽しいのか母と娘はキャイキャイ言いながら、ドレスを物色している。完全に傍観者の男性陣は、テーブルの上から宝石箱を除けて、ノードに勤しんでいるし。
「あのー……」
 控え目に声を掛ければ、ジュリスカさんが嬉しそうに顔を向けてきた。
「好みのものが見つかって?」
「……いえ、そうでは無くて、ですね……」
「ああ、ジュリ。それは駄目。宝石はベリルで統一するから、色を合わせてちょうだいな」
 次から次へとドレスの間を泳いでいく二人に呆気に取られながら、それでも深呼吸を二回した後、俺は意を決して話しかけた。
「俺、祝雅会には、出ませんよ……?」
 っていうか、女装するのは絶対無理!!
 けれどユーリ様は振り返りもせずに、素気無く却下を言い渡した。
「諦めなさい。もう決まったのよ」
 それはもう、慰めるとか言い含めるとか、そんな気配も無いほどあっさりと。
「貴女が何のつもりでそんな格好を好んでいるかも、そこにどんな意地や葛藤があるのかも、関係無いの――ああ、それと」
 綺麗に結い上げられた後頭部が振り返ると、そこには怖気立つ程の殺気を孕んだ笑顔があった。
「今すぐ『俺』というのをお止め」




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