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08 絡まるイト 6



 相談相手にと考えた内の一人であるクリフは、ラシーク王子の事を良く知らないだろうし、一緒になって悩むのがオチなので止めた。余計な心配をかけるのも、ただでさえ迷惑をかけているのにこれ以上負担をかけるのも嫌だったし、何より花瓶を割ってしまった理由がそれだと呆れられるのも嫌だった。
 ラシーク王子を良く知るユージィン少年は、話を聞いている内に面白がられて終わるような気がしたので、止めた。
 何かと頼りになるハンナさんは、忙しそうであったし、ラシーク王子の話は禁句のような気もしたので止めた。
 幸せ真っ盛りのティアは疑う事を知らなさそうだし、何だか純粋に喜ばれそうなので止めた。
 ライドは最近姿を見ないし、ウィリアムさんは良く分からないし――等と考えていたら、気軽にこういう事を相談出来る相手が居ない事に気付いた。
 別に俺の胸の内に仕舞っておいても構わないのだけど、そうしてはいけない、と警鐘が鳴っている気がするのだ。
 好きとか、嫌いとか、そいう感情だけで言ったらプロポーズの返事はお断りにしかならないけど、ラシーク王子が何かの思惑があってあんな事を言ってきたのなら、誰かの判断を仰がずに断わるのは早計過ぎる、だろう。
 そう考えて一番の相談相手、ゲオルグ殿下の意見を聞こうと決めた。

 ――のに。

 クリフの説教を神妙な顔で聞き終えた後、彼の逆鱗に触れないようにゲオルグ殿下の居場所を聞いてみた。
 なのに返って来た返事は。
「グランド・ゲオルグは現在アレクセス城にはいらっしゃいません。アル・イド・ウシャマに謁見された後、お出掛けになりました」
 ちなみに、アル・イド・ウシャマというのはバアルの王太子、ウシャマ・アル・ネスティさんの事だ。
「えっと、何処に行ったの……?」
 肩透しを喰らって呆けたように問いを重ねれば、不機嫌なままのクリフは、それでも丁寧に答えてくれる。
「ご家族を迎えに行かれたと伺っておりますが、何時お帰りになるかは存じません」
 クリフは割れた花瓶を箒で集めた後、ガムテープのような粘着質の布で破片を片していた。しばらく絨毯と格闘していたが、満足がいったのか腕で額を拭うような仕草をして立ち上がった。
 少しは怒りも解けたのか、振り向いた顔は晴れやかで、声質も幾分剣が取れていた。
「何か急用でしたら、使者を立たせましょうか」
 一体俺はどんな顔をしていたのか、クリフは困り顔。もしかしたら一瞬抱いた絶望感が表情に出てしまっていたのかもしれない。
 出逢った当初に比べてクリフも恭謙な態度は薄れたが、迷惑ばかりかけているような俺に、何時だって優しい。
 何なら自分が使者に立つが、と、慣れない側近の立場に忙しいだろうに、そんな申し出までくれる。
 申し訳なくなって、俺はぶんぶんと、大仰に手を振った。
「いい、いい! 大丈夫!!」
「そう、ですか?」
「うん! 大丈夫!!」
 大袈裟なくらいに大きく頷けば、クリフは怪訝にしながらも、それ以上の追求はしてこない。
 少し躊躇した後、纏めたゴミを持って「では、」と一礼して去っていった。
 この程良い距離感が、あり難い。
 今多くを追及された所で、どうとも答えられないから。
「……はーあ」
 俺は深く息を吐き出しながら、座ったままのベッドに背中から倒れ込んだ。
 何時の間にか、ゲオルグ殿下をとてつもなく頼りにしていたみたいだ。何かあればゲオルグ殿下に相談すれば解決する、と思っている節がある。今までもそうだったし、ゲオルグ殿下の与えてくれる言葉には安心感があった。
 否、それよりも、あの堂々としたゲオルグ殿下の笑い声で、俺の不安を払拭して欲しかったのかもしれない。
 大丈夫、何でもない、と。何も気にする事はない、と。
 もしゲオルグ殿下がそう言って、かか、と笑ってくれたなら――ラシーク王子に返す答えは、決まっていた。



 ――それから一週間。
 俺の願い虚しく雨は降り続き、ゲオルグ殿下一家がやって来る気配はまだ無かった。
 俺はといえば、相変らず勉強漬けの毎日を過ごしているだけ。
 でも変った事も、あった。
 毎朝の鍛錬に、ラシーク王子が参加するようになったのだ。参加、といっても、一緒に汗水垂らして剣を振るうわけでは無い。ラシーク王子は穏やかに微笑みながら、俺の鍛錬の様子を眺めているだけ。
 交わすのは当たり障りの無い会話。あの日の事は、何も言わず、ただ、俺を見ているだけ。
 戸惑いを滲ませる俺に苦笑して、何事もなかったように普通を通して、でもそれだけ。
 何を考えているのかさっぱり知れないラシーク王子は、眠る前には花束を寄越してくる。可愛らしい小さな花の群集は、やはり戸惑い気味のクリフの手で花瓶に飾られ、寝室や洗面所なんかに置かれている。
 何時も、メッセージカードにはラシーク王子の署名の他に一言だけ添えられている。
『貴方の幸せを願います』
 響きの美しいとされる、バアルの言葉で、俺には日本語として変換されるそれが、一体どんな意味を持って書かれているのかは知れない。
 この段になってはクリフの追求から逃れる術なく洗いざらい白状させられたが、予想通りクリフは俺と一緒に首を捻るだけで、親身に悩んでくれるクリフには申し訳ないが何の解決にもならなかった。
 でも参ったのは、そのラシーク王子の花束攻撃を、喜んでいる自分が居る事。
 別に花を愛でる趣味はないけれど、目覚める度に目に入るその花は、俺の心を和ませてくれた。その度に思い出す一行のメッセージも、同じ。
 それはラシーク王子が俺の事を受け入れてくれている証のように思えた。
 愛とか恋はやっぱり理解出来ないけれど、そうやって俺の存在を当たり前に受け入れて、嘘でも大切なもののように扱ってもらえる事は、嬉しい。
 ブラッドという立場を与えられないとこの場所に立っていられない、自分を偽らないとこの世界で生きていけない――皆が画策して与えてくれた現状に不満があるとは言わないけれど、ずっと、ラシーク王子の台詞が引っかかっている。

『あなたもあなたらしく生きていけると思うのです』

 真剣な瞳で、そう言ってくれたラシーク王子。
 まさか俺が異世界人だという事までは知らないとは思うけど、その一言だけは、間違いなく心に響いた。
 それは、決断を鈍らせるように。
 決まっていた答えを、覆しそうになる程に。
 甘美な誘惑でしかなかった。

 逃げる道を与えてくれた。
 それがそのまま、苦しい現実から、悲しい過去から、逃げる事を赦してくれたようで――。


 そしてそれから、2日後の事だった。
 ルークさんがウージの民と新たな条約を締結させ、華々しく凱旋した日の事だ。
 憂い一つ無い晴れやかな顔で挨拶に来たルークさんと握手を交わし、幸せそうに寄り添うティアとルークさんと胸焼けする時間を過ごした日の事だ。
 
 その日を持って、ラシーク王子の花束攻撃は、唐突に途絶えた。




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