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05 帰城 2



 何で? どうして? そんな疑問が、俺の頭の中を巡る。
 スチュワートさんという男性と、ゲオルグ殿下の視線は確かにアッシャーとガジンが隠れている樽の方角を見ているけれど、綺麗に隠れている二人の姿は俺にも見えない。俺が殿下達を確認した時も三人は米粒くらいの大きさだったから、実際にその目で視認したという事は、俺の常識の中での視力というやつからは有り得ないだろう。
 ルークさんは顔色一つ変えなかったけれど、否定も肯定もしない。
 変りに厳かな口調で、ゲオルグ殿下は
「出て来い」
と、樽の方向へ声を掛けた。
「……二度は言わぬぞ」
 容赦の無い再度の命に、樽の陰からまず栗色の頭が立ち上がった。ガジンに続くようにして、悪戯が見つかった子供みたいに唇を噛んで俯く、アッシャーが立ち上がる。
 ガジンは勇敢にもゲオルグ殿下を睨んでみせたが、心なしか顔が蒼い。
 初対面の二人を脅えさせる程に、ゲオルグ殿下の放つ空気は空恐ろしいものだ。
 何故そんなにも怒っているのか、俺には分からない。
 一人あたふたする俺が滑稽だ。
「ウージ=ナムンの子に、ウージの馬。グランディアの法は、そちには無用と見える」
 ゲオルグ殿下の細まった鋭利な瞳が、空中を滑ってルークさんに向けられる。同じ様に色を失ったスチュワートさんのそれも。
 ルークさんは再び腰を折ると、地に頭をこすり付けるようにして伏せた。
「全ては私の咎でございます。その子らには何の罪も、」
「それは余が決める」
 びくり、と、二人の子供が可哀想なくらいに慄いた。アッシャーはガジンの腕に縋りつき、震え出す。
「幾ら幼くても、ウージ=ナムンの掟は身に染みていよう」
 抜き身の剣でも、これ程に鋭く見えるだろうか。
「――殿下、一体何なんです。……二人が脅えてます!!」
 たまらなく居心地が悪くなった俺は、思わず口を開いた。少しでも空気が和らげば、と思ったのに、ゲオルグ殿下の声は更に低くなってしまう。
「ブラッド。何も知らぬ者が口を挟むな」
 でも、俺は止まらない。
 ――厭なのだ。
 嫌、というだけで反論出来る空気じゃなかったけれど、小さな子供が、涙を堪えて縮こまる姿など――もう、見たくない。
 もう何度も何度も、嫌という程体験した。その姿を見て、何も言えずに、何も出来ずに居ることなんて、もうしたくない。
「納得出来る事情があるなら、黙りますよ!」
 ガジンとアッシャーの姿をゲオルグ殿下から隠すように前に立ちはだかると、ゲオルグ殿下の目が虚をつかれたように見開かれた。
 一秒、二秒、まるで時間が止まったかのよう。
 どん、と背中に衝撃と共に触れる温もりは、しがみつく様に腰に回った。薄いシャツ越しにその熱が広がっていく。
 肩越しに背後を見れば、二つの頭が小刻みに震えていた。
「っく」
 吐かれた呼気に、顔を再度前へ。
 するとゲオルグ殿下は大きな掌で口を多い、次いで笑い出した。
「くははははっ」
 豪快な笑い声が、緊張感ばかりの空気を払拭していく。
「くく、ふははっ!!」
「で、殿下?」
「良いだろう! お前に免じて不問に処そう!!」
「殿下!!」
 咎める言葉はスチュワートさん。初めて聞いた彼の声は、少し掠れていた。
 その彼に、ゲオルグ殿下は追い払うように手を振る。
「これだから余は、お前を気に入っているのだ、ブラッド」
「お言葉ですが、それでは示しがつきませぬ」
「良い、と言ったぞ、スチュワート」
「しかしっ」
 おおぅ、何でか今度はスチュワートさんとゲオルグ殿下が険悪な雰囲気に!
 けれどそんな杞憂も一瞬で、
「二度と言わすな、スチュワート!!」
 ゲオルグ殿下が声を張り上げた瞬間に、スチュワートさんの唇がぴたりと塞がった。
 厳しい表情を解いたゲオルグ殿下は、それまでの言い合いなど無かったように、俺の腰に巻き付いたガジンとアッシャーに、驚く程優しい視線をくれた。
 俺の腰に頭を擦り付けている二人には、当然のように見えてはいないけれど。
「悪かったな、小僧共」
 それに、今更そんな謝罪をされても、恐らくゲオルグ殿下への評価は変らないだろう。体越しに感じる二人の脅えた様子は、ちっとも緩和されない。隠れきるわけもないのに身を縮ませて少しでもゲオルグ殿下の視線から外れようとしている。
 それはゲオルグ殿下にも伝わっているようで、ふう、と息を吐いた殿下は、意識を二人から逸らした。
 聡い子供達はそれに気付いたのだろう、ちょっとだけ腰に食い込んでいた腕が緩む。
 良かった、折れるかと思った!!
 子供といえど男の子。小学校高学年程度と見られる二人の力は、火事場の馬鹿力的なものだったのかもしれないが相当だったのだ。
「ルーク、落ち着いたらその子らを送って来い。余らは先にそちの屋敷で待っておる」
「……畏まりまして」
 平伏したままのルークさんが答えると、満足げに頷くゲオルグ殿下。その顔が俺に向き直る。
「ブラッド、行くぞ」
「え、俺も!?」
「少しお前に話がある」
 人事と話を聞いていたのに否を言わせない口調に拒否は出来なかった。アッシャーとガジンに後ろ髪を引かれたけれど、従順に俺から離れる二人を見て、少しでも早く殿下から離してあげたいなと思った。
 ゲオルグ殿下の事だから俺が一緒じゃないと梃子でも動かなさそうだし。
「……これ、ありがとうな」
 ポケットに無造作に突っ込んでいた紐を取り出して二人に掲げると、少しだけ笑ってくれたので、俺はクリフが連れてきた馬に乗って、二人に手を振った。
 帰る前にまた会えるといいんだけど。
 ――そう、思いながら。



 先頭に、クリフ。俺と隣り合ってゲオルグ殿下が続き、最後尾にスチュワートさん。緩く馬を駆りながら、簡素な村の中を走る。ゲオルグ殿下の容姿は目立つから着ていたフード付きのローブで顔を隠しているのだけれど、それでも村人の視線は不安そうにも脅えるようにも見える濃い陰りを湛えていた。
 何時もは気さくに笑いかけてくれるのに、目が合うと逸らされた。
 従者が一人、という意味では俺と同様なのに、やはり醸し出す空気の故か、ゲオルグ殿下はかくも神々しい。
 やっぱり俄仕込みとは違う威厳とか品位とかが隠しようもないのだ。
 それにルークさんの屋敷で通された客間は、俺が訪問した時と同じ部屋なのに、何故か室内が変っているのだ。
 元々尻が沈む込むほどに柔らかだったソファーには手触りの良さそうな毛皮のカバーがされているし、ティーポットやカップも絵柄が細微まで凝っている。用意されたお茶請けの菓子もバイキングかと思える程の量だ。ついでにテーブルクロスは目に痛い程白い。
 部屋の壁にずらりと並んだメイド達は何だ。その一人が持っている大きな、孔雀の毛のような色合いの団扇は、もしかしてそれで殿下を扇ごうとでもいうのか。
 歓待の仕方が仰々し過ぎて、うざいぐらいだ。
 ――けして、負け惜しみではなく。
 けれど必死な使用人達の努力虚しく、ゲオルグ殿下が彼らを手を振って追い払う。
 部屋に残るのが俺たち四人になると、殿下はテーブルに肘をついた。
「やっと鬱陶しい奴らが消えたな」
 思っても、口に出してはいけないと思うよ、そういうの。
 ゲオルグ殿下につられるようにして、俺も空気が抜けた風船みたいに肩から力を抜く。
 対面に座る殿下と俺。クリフは俺の背後で、スチュワートさんは殿下の背後で、それぞれ直立不動。けれどスチュワートさんは体格の割りに荒々しい所が少ない、というか、立ち居ずまいがスマートだ。
 そういえば彼は、赤の騎士などと言われていたけれどどういう人なのか。
 そんな俺の視線が不躾だったのか、スチュワートさんは軽く会釈した。
「殿下、私は自己紹介させて頂いてもよろしいですか?」
「おお、そうだったな」
 焼き菓子を手で摘んでいた殿下が首肯すると、スチュワートさんは兵士の礼ではなく、左胸に右手を置くという貴族の礼をした。ただ腰から頭を下げるのは、確か貴族に向けて臣下がするそれだ。
「お初にお目にかかります、シゼル。私はオルド家に仕えております、ダ・スチュワートと申します」
「オルド……じゃあ、ジャスティンさんの……」
「左様でございます。ご当主の後見されたるブラッド様にも仕えさせて頂きますので、どうかよろしくお願い致します」
 にこり、微笑んだ顔がまた深々と伏せられる。
「こ、こちらこそ」
 それにぺこり、慌てて頭を下げる。
 噛み砕いていた氷菓子を飲み込んでから、ゲオルグ殿下が補足する。
「これはな、昔貧民窟から余が拾ってきてな、酔狂で城の警備につけてみたら――まあ使える男だったのだ。それでジャスティンの近衛にしてみたら、更に有能でな。終いには近衛隊長にまでなって、ついたあだ名が『赤の騎士』だ」
 自慢げに話す殿下だが、色々省きすぎていて頭が追いつかない。
「はあ」
なんて軽い相槌を打ったら、一応俺の教育係の一人であったクリフが付け足してくれた。
「王族を守る役目は、騎士に与えられるものなのです。すなわち、近衛兵はライディティル様のような生粋の騎士が勤めるものです。我々のような一般の兵士が近衛になる事は間々あっても、アラクシス本家の王族の近衛隊長に就任するような事はありませんでした。スチュワート様はその偉業を成し、新に騎士として認められた方なのです。けれど騎士位を持たないまま城勤めを辞されたので、『赤の騎士』と――」
 シゼルもご覧になったでしょう、とクリフが言う。
「近衛兵のマントは国王のそれであれば白を、王族であれば白銀、一般兵は真紅を纏います」
 つまり、赤いマントの一般兵で、だけど騎士で――
「恐れ多い事です。けれどその後も、神官におなりになったジャスティン様に従う事を許され、光栄でございました」
「それで今回は、余が借り受けたのだ」
 ゲオルグ殿下が拾ってきて、ジャスティンさんの近衛にして? 赤の騎士と呼ばれ? 今は神官になったジャスティンさんの使用人。
 何か色々一致しないキーワードが出ているのだけれど、
「――ジャスティンさんって、何者?」




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