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04 嘘と真実 6



 ルークさんの柔らかい空気に後押しされるように、俺は訥々と語りだす。教え込まれた挨拶だとか、貴族のたしなみとも言える軽い会話を全てすっ飛ばし、ダ・ブラッドとしての姿勢も忘れかけ、素の表情が覗きだしている事に気付いても居ない。
 隣で不安げな視線をくれているクリフの存在も、忘れかけていた。
「ロードも既にご存知の通り、俺は異世界から、王女の結婚相手として召喚されました。その経緯も、彼女の口からお聞きしました。つまり、貴方との馴れ初めから今に至る経緯を」
「はい」
「それから、貴方の人となりや、噂も。噂においては行き過ぎた面が無いとは言い切れませんが、少なくとも今目にする貴方とは一致し難い」
 丁寧に相槌を打ってくれるルークさんは、もしこれが仮にバイトだとか就職の面接で俺が面接官だとしたら、一にも二も無く合格させるぐらいの好感度。
「王女は貴方を褒め称えたし、他の方からも貴方の華やかな噂以外、否定的な言動は無かったように思います」
 記憶を遡る限り、ライドやジャスティンさん、ハンナさんにしてみても、常識外れの生活振り以外は好意的な話しか聞かなかった。その話すら、悪戯が過ぎる子供にため息をつきつつ微笑ましくも見守る母親のそれのようなものだ。
 それは今のルークさんの、物腰如何によるものなのだろう。
 だからこそ実際目にしたわけでは無いルークさんの生活振りなど、真っ赤な嘘だろうと思ってしまう。
「……それでも国王陛下が否を降し、辺境へ追いやられるだけの理由があると思っていたし、」
 一度言葉を切って、大きく深呼吸。
「俺の想像上の貴方はここでも自堕落に過ごして、何時王都へ戻れるか悶々としているものと、勝手に推測していました」
 だから、と。
「愚かな問いを、致しました。お許し下さい」
 内心ではぺこぺこと頭を下げて、土下座してもいいぐらいの心持ちだったけれど、俺は敢えてその気持ちに蓋をして、形ばかりに聞こえるように謝罪した。
 寸前で作戦を思い出せたのは僥倖だ。
 俺は別にルークさんと、身の上話をしたいわけではない。ルークさんがこの地に馴染んでようが馴染んでまいが関係ないし、彼の噂云々どうでもいいのだ。
 頭を捻って考え出したプランを、遂行しなければならない。
 その為には、ルークさんの緩い空気に呑まれるわけにはいかない。
「でも、それはそれ。そのような事はどうでも良いことです」
 とは言え、プランに則って不遜な態度を心がけても、今更のことではあるけれど。
 俺が無い頭を必死に捻って考えたプランを話して聞かせた時、クリフは呆れたような表情で顎を撫でていたが、「喧嘩腰で挑むよ!!」と俺が豪語したその時よりよっぽどあきれ返った表情のクリフが視界の隅に映った。
 作戦失敗を告げるような小さなため息はあえて無視だ。
 クリフは職務に忠実な真面目な男ではあるからほとんど影のような従者に徹しているが、時々その感情が外にただ漏れである事に本人は気付いているのかいないのか。
「俺はまだるっこしい事は苦手です。それに、ダ・ブラッドを装うのも」
 脳内で作戦を修正しながら、俺は素の自分を取り戻す。
 伸ばしていた背筋を楽なように緩めて、整え固めた髪の毛をかき混ぜて崩し、毅然と見えるようにと作っていた表情を、ベースに戻す。
 そうするとただの一般市民、ただのナガセツカサに戻る。
 そんな俺の変貌をルークさんは静かに見守るだけ。それでもその瞳に僅かに戸惑いが窺えて、ホッとする。
 あまりに泰然と、俺の来訪から突拍子の無い質問まで大らかに受け入れてくれたので、この人はもしかしたら今の状況を全く疑問に思っていないのかと思ったが、そうではないようだ。
「俺がここへ来たのは、貴方の真意を聞くためです」
「……私の、真意ですか……?」
「そう。貴方が俺の障害になりそうだから」
 部屋の穏やかな空気に、僅かに緊張が走る。
 それを初めて、心地よく感じた。
 
 俺を見つめる星月夜の色の瞳が、不安に瞬かれる。ごくり、生唾を飲み込むようにルークさんの喉仏が大きく動く。
 その様子を真正面から見据えながら。
「貴方からの手紙は俺とティアを祝福してくれていたし、それが本音なんだったら別にいいんですけどね。肝心のティアが、あの手紙を見て泣くものだから」
 穏やかな表情の中、ルークさんの頬が微かに引き攣ったのを見逃さない。少しだけ視線を俯かせて、ルークさんは確かに動揺しているように見えた。
 ティアの恋心を、この人はどう思っていたのだろう。半年という月日の中で褪せ、俺を召喚した事で潰えたものと思っているのだろうか。思っていて、あの手紙を遣したのか、それとも。
「思い余ったティアが、また駆け落ちだ何だと言い出しても困るし、貴方がそれに乗るようだったら更に困るので。まあ先手を打ちに来たわけで」
「私は心から、お二人を祝福しております」
 殊更ゆっくりと紡いだ俺の言葉へ被せるように、言ってルークさんはにこり、笑った。俺の猜疑を分かった上で、それでも用意していた言葉を口にした感が否めないと思うのは、俺の願望だろうか。
 その微笑みが、ウィリアムさんのそれのように、人好きすると分かっていて作ったもののように感じる。俺がハンナさんに言われて、困った時にはとりあえず口角を上げて真っ直ぐに相手を見つめ返す、という動作をする時、相手は息を呑んで二の句を噤む。そういう風に相手を黙らせたい時、疑いを霧散させたい時に効果的な表情を意図して浮かべているように見えた。
 上辺だけ。
 けして心の中を覗かせない、表面だけの笑顔。
 それを分かった上で見ると、ルークさんの笑顔がいけ好かないものになる。
「あっそ? じゃあ例えティアが貴方の元に逃げてきても、貴方はちゃんと俺の元に送り返してくれますかね?」
 段々と雑になっていく俺の言葉遣いを、傍らのクリフがはらはらしながら見つめている。畳みで育った俺にはソファってものが得意でないから、その上で胡坐をかいてしまう程、態度にもそれが表れる。
 ごめんね、ハンナさん。貴女の紳士化教育を台無しにする行為だけど、ルークさんに対してだったら許してくれるよね!?
 だってこの人、ティアを泣かせた人だしさっ!!
 ルークさんは、自分がどうすれば、人に好かれるかを知っている人だ。自分を悪く見せない方法を、知っている人だ。他人を操る事に、無意識に慣れている人だ。
 無意識な分、質が悪い。
 今も、苦笑を上せながら淀みなく、こんな事を言う。
「王女殿下は、そのような愚かな行いを二度とはしませんでしょう。あの方は、聡い方です」
 そういう正論が聞きたいのでは無いのだ。
 仮定の話でいい。もし仮にティアが全てを捨ててルークさんを選んだ時、ルークさんがティアの為に何をしてくれるかが聞きたいのだ。自分の保身を取ってティアを拒絶するのか、それとも手に手を取って逃げてくれるのか。
「ティアはね、貴方の手紙にショックを受けて、泣いて放心するくらい貴方が好きなんだってよ。それでも俺を召喚したから、俺の人生を曲げたから、責任を取って結婚するって」
 ティアの気持ちがまだルークさんにあると言っているのに、それに微かに視線を揺らしたくせに、正面から真剣に、それに対しての気持ちを見せない。
 俺の脳裏にはティアの泣き顔がちらついて、離れない。
 気丈に笑ってみせようとするティアの痛々しさに、俺の胸が窮屈になる程だった。
 彼女が笑ってくれるなら、何でもする。俺の事なんて気にしなくていい。そう思わされた。だから、ここに居る。
「ぶっちゃけた話俺はね、ティアの気持ちが貴方にあるんだとしても、一向に構わない。俺は俺の身の安全の為に、ティアと結婚するだけの話だから」
 俺が召喚された折に国王陛下に言われた内容を掻い摘んで話せば、ルークさんは少しだけ表情を歪めた。
「国王陛下にこんな田舎に飛ばされた貴方なら、俺の気持ち分かってもらえると思うけど。どんなに腹が立っても、あの人には逆らえない。だから俺にとっては、ティアとの結婚は必要不可欠な行為なわけ」
 一瞬だけ、ルークさんの瞳に同情が過ぎった。でも、それだけ。相槌を打つように軽く頷いた後は、同意するでも否定するでもなく、けして自分の見解を述べようとはしない。
「ティアに俺への愛がないように、俺もティアへの愛が無い。それでも幸福と平安が約束されている結婚らしいから、貴方がそうしてくれたように、誰も彼もが祝福してくれるんだろうね」
 まあ結局、世間一般的な結婚生活なんて送れるわけがないんだけど。
 遠い目をして口を閉ざした俺を前に、きっと話が終わったとでも思ったのだろう。ルークさんは紅茶で軽く口を湿らせてから、言った。
「王女殿下はいずれ、私への恋心など気の迷いだったと気付かれるでしょう。シゼルとの生活の中で、あの方は至上の幸福に満たされ――笑顔でお過ごしになる。その未来を、何故私が阻む事がありましょう」
 嘘偽りなど無い、と言いたげな、柔らかで清らかな微笑。何時かティアが頬を染めて評したような、清廉潔白な様子。
 多分、それは確かな本心なのだろう。
「どうぞ私の事などでお気を煩わせないで下さい、シゼル。
私と王女殿下の生きる道が交わる事など、金輪際ございません」

 でもこれで完結されては困るのだ。
「……貴方にとっても、気の迷いだった?」
 俺は逡巡するような仕草を見せた後、上目遣いにルークさんを見た。
 それからにやり、口角を上げる。
「ああ、違うか。貴方にとっては何時もの、遊びだったんだよね?」





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