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14 箱庭の子供達 5



 俺と言う人間は、本当に、アホみたいに単純で。『フーディン集』から、何時迎えが来るのか、それがどう言う方法なのかも読み解けないままにも関わらず、翌日から分かり易い上機嫌で。
 最近は喉を通らな気味だった食事もモリモリ食べて。
 二人の子供と城内を駆け回って。
 鍛錬は無駄に張り切って声を出して。
 城内の誰彼に溌溂と挨拶して。
 その理由が利狩戸二世から届けられた『フーディン集』にあると百も承知の面々は、「やはり夫君からの贈り物は嬉しいんですね」という生温かい態度で接して来た。ラシーク王子の助言通り、『フーディン集』を常に持ち歩いていたのも理由だっただろう。
 だが、どんな誤解をされようと関係が無い。
 帰れる!!
 その喜びだけが、俺を支配していた。



 そんな風に、『その日』を心待ちにしてたある日。
「……――ッーカーサー!!!」
 廊下を駆ける足音と呼び声が近付き、無遠慮にネヴィル君が部屋に飛び込んで来た。何時もの事なので、気にはしない。
 特に共感出来るわけでも無い詩集を開き見ていた俺に、飛び付いて来る。
 満面の笑みを浮かべて、踊り出しそうな雰囲気でジタジタしている様は微笑ましい。
――のだが。
 相手がネヴィル君なので、どんな言葉が飛び出てくるか分からない。
 先日は、粗相をした小間使いを裸に剥いて、罰代わりに雪当てをして遊ぼうと言い出したくらいだ。カップを落として割った程度でも鞭打ちの刑を敢行するするネヴィル君なので、彼にとっては遊びの一環でしかなかったのだろうが。
 遅れて部屋に入って来たセルト姫は、大所帯。ラシーク王子に、エイジャナさん。それからヨアキム将軍は久し振りに見た。
 ヨアキム将軍と一緒の時のセルト姫はなぜか彼の肩に座っていて、誰もそれを言及しないのでそういうものだと思ってはいるのだが、何時も少しギョッとしてしまう。
 ヨアキム将軍はクリフより背が高いので、セルト姫はその頭上、一番上から皆を見下ろす形になる。それが楽しいのかと思っていたがセルト姫はヨアキム将軍を跪かせているのでそう言うわけでも無いらしい。
『ヴァイゼ』
将軍、と呼ばれただけでその意を汲んだヨアキム将軍が、セルト姫を恭しく肩から抱き下ろす。
 するとセルト姫は、ネヴィル君と同じように俺の腰に抱き着いて来た。
 二人は同時に俺を見上げて、にんまりと笑う。
 そしてそれぞれ俺の腕を抱き締め直し、付いて来るようにと促した。

 早く早く、と急かされながら、寒々しい廊下を走る。
 前を行く兵士たちが先々の扉を開けるのを過ぎ、階段を下りて、また走る。
 途中離脱しかけたセルト姫をヨアキム将軍が肩に抱き直し、彼らオトナ組は走るとい言うより早足で追い駆けて来る。
 中庭を横切る外廊を行き、階段を上る。何時かの拷問部屋を通り過ぎ、また階段を登り、降りる。角の塔、螺旋階段を更に下って行く。
 入った事の無い区域である。
 ネヴィル君は上機嫌で、足取りは跳ね、繋いだ手を振り、鼻歌まで歌っている。
 俺は息を荒げながら、ただそれに続いた。
 今度は一体なにを見せたいのだろう、と陰鬱な気分は隠せないが、振り返らないネヴィル君には分かるまい。
 階数を数えた限りでは地下なのだろう。窓の無い暗い廊下、石壁には等間隔に松明が置かれ、それが仄かに揺れる。
 まだ緩やかに下っているような足下に、再び階段が現れる。
 と、ネヴィル君がやっと足を止めて、俺を振り返った。
 息を整えるように呼吸をし、追い付いたヨアキム将軍を促す。
「ツカサ」
 ネヴィルくんが囁くように俺を呼んで、笑う。それは例えようの無い笑み。拷問部屋でその道具を楽しそうに説明した朗らかさと、その行為を高々と熱弁した恐ろしさと、悪戯をおもいついたような無邪気さ。
 地下へ続く階段の薄暗さを背後に、そしてそこに佇むヨアキム将軍の無表情も相まって――なんだか。
 なんだか。
 走ったからではない動悸が、胸を打つ。飲み込もうとした唾が詰まる。
 再び地に下ろされていたセルト姫が、そっと俺の指先を握った。凍るように冷たい指だ。
左右から手を引かれて、松明を持ったヨアキム将軍の先導に続く。
 いくつかの足音がコツコツと反響して行くのを耳に聞き、それよりもはるかに脈打つ心臓の音を意識してしまう。
(落ち着け)
 最後の階段を踏むと、そこは左右に鉄格子の部屋が並んで行く。奥へ、奥へ。
(地下牢だ)
 ヨアキム将軍の持つ松明が進み似合わせて左右の様子を照らしては消す。
 最初の格子の向こうは空。
 次も、空。
 その次も。
 何も、誰も居ない鉄格子を、奥に進んで行く。
 誰も彼も、何故無言なのだろう。一体何があると言うのか。
 目を眇めて、鉄格子の奥に目を凝らす。
(あれ、何か――)
壁際に黒い塊を認識した矢先、右側のネヴィル君に手を引かれた。
「見るがいい、ツカサ」
 そして、見た格子の先には。
――。
――――。
――――――いやいやいやいや。
「はっはっは!! どうだ、すごいだろうツカサ!!」
 突如響いたネヴィル君の高笑いなんて、とても耳に入って来なかった。
 牢屋の壁を背に胡坐をかいて座っているのは、そこに居るのに似つかわしくない人。
 両腕は壁から吊られて、動きを制限された虜囚。そんな扱いは断固として似合わない。
「……へーか?」
 呟くと、牢の中のその人が、喉の奥で小さく笑う。
 真っ直ぐに俺を見据える瞳の、美しさ。
「息災で何より、《エマンジェスティ》」
 久し振りに聞いたその無感情な声に、場にそぐわない安堵が込み上げる。
リカルド二世だ。
紛れも無い彼だ。
――しかし、何たる場違い。
 笑ったらいいのか、泣いたらいいのか、良くわからないちぐはくな感情で、言葉が出ない。
 多分リカルド二世は、どうしてかリカルド二世は、囚われの身で。
 あまり、というか、まったく、良い状況で無いのは明白で。
 これは迎えに来るとか、無事に帰れる、とか、そう言う状況とはあまりにかけ離れていて。
 たった一人。クリフやライドが居る様子も無い。
 両腕を戒められ、繋がれ、王冠も無く、剣も無い。震える冷気の中、辛うじて毛皮を羽織っているだけと言う態で、足先は裸足。吐き出す息は白く、肌の色もまた蒼白い。
 なのに余りに堂々と、不遜で。
 瞬きも忘れて、見入ってしまう。
 何とも言えない心持ちで、どうしようも無い安心感で。
 俺は、笑った。




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