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14 箱庭の子供達 1



 帰る、と決めてからは早かった。
 翌日、ゼラヒア殿下から帰国の諾を取ると、「じゃあ自分達も…」と客人達が一緒に帰路に着く運びとなった。
 唯一ファティマ王女が残留の意思を表明し、それに伴い、ラシーク王子と二人でダガートに残る事となって。
 ネヴィル君だけがいやいやと駄々をこねたが、それでどうなるものでも無し。
 着々と帰国の準備は進み、2日後の早朝に出立する、筈だった。

 その出立日である、今日。
 俺達は――と言うか、リカルド二世達はルカナート城の兵士達に取り囲まれていた。
 そして俺は、と言うと、槍を持った十名の兵士をリカルド二世達との間に隔てて、ネヴィル君を腕に引っ提げている状態だった。
 大柄な兵士達の所為でリカルド陛下の姿も良く見えないが、ライド達は抜刀している様子で、陛下からは途轍もない冷気が迸っているようだった。
 ただでさえ雪がちらちらと降っている城外で、凍り付きそうな空気に震えが止まらなくなる。
 城壁の上には、弓を構える兵士まで見付けてしまった。
 どうした事だろう。
 口を開くのも憚られたが、俺の疑問はリカルド陛下が代弁してくれた。
「何のつもりだ」
地を這うような剣呑さで、リカルド二世に問われても、ネヴィル君は胸を反らしたまま、偉そうな口調で告げる。
「ツカサはここに残る。余の妻にしてやるのだ」
……は?
 堂々とのたまったネヴィル君は、「光栄だろう?」とでも言いたげに俺を見上げた。
いや、絶対やだし。
とは言える筈も無く、助けを求めるように前方へ視線を投げる。
「戯言を申すなよ、ネヴィル。ツカサはグランディアの王妃だ」
不本意だがその通りである。
「それがどうした!! 余が欲しい、と言ってるのだ!」
「……話にならん。オンリウム公はどうした」
問答を続ける間もリカルド二世の怒気は膨らむばかりなのに、ネヴィル君は何所吹く風。屈強な兵士ですら怯えているのに。
 ――ああ、ただ鈍いだけか。
 これも不本意なのだが、どうせリカルド二世が負けるわけが無いのだからと、二人に取り合われている体の俺は他人事だ。
 しかし事態は思わぬ方向に進んで行く。
 仰け反るような体勢で、意気揚々とネヴィル君が宣言する。
「父上はもう居ない。今は余が城主だ!!」
――……居ない?
「オンリウム大公殿下が不在の折には、ネヴィル殿下が城主でございますので」
 付け足すようにして、控えていたヨアキム将軍が言う。
「不在? 先夜はそうは言っておらなかったな」
「急用でございます。ネヴィル殿下はツカサ様の今後の滞在をお望みですが、オンリウム大公殿下のご不在下では満足な持て成しは出来ません。ですから、グランディア国王がたには、お帰り頂いて結構でございます」
 淡々と告げるヨアキム将軍が左手を肩まで上げると、城壁の射手が番えていた弓を放った。
 数十本の矢がグランディア騎士達の足元に突き刺さるのを、信じられない面持ちで見つめる。
 声も無い。
 ネヴィル君は――と言うか、ヨアキム将軍は有無を言わさず、明らかに敵意を持って、リカルド二世を脅している。
 俺を置いて、帰れ。つまりはそう言う事だろう。
 ここに来て俺にも焦りが生まれる。
「ネヴィル殿下、その……冗談ですよね? 私はグランディアに帰って、その、延期している祝事に臨まなければなりませんし……」
「余の妻になるんだから、関係無いだろう?」
 相対するルカナート兵とグランディア騎士は、一触即発。主の命令あれば直ぐにでも斬り合いそうな勢いだが、リカルド二世は冷気を孕んだまま沈黙している。
 戸惑いがちに助けを求めるも、どちらの側からも俺の存在は無視されているような気がする。
 何かのパフォーマンスならいいが、とてもそう言う雰囲気とも思えない。
 上機嫌なネヴィル君が腰にしがみ付いて来て、どうしていいか分からずに愛想笑いを浮かべてしまう、のは俺の悪い癖だろう。
 それを誤解しただろうネヴィル君に益々強く抱き着かれた俺が、今までの中でこれほどにリカルド二世に助けを求めた事は無い。
 グランディア王妃なんて身分も嫌だが、ネヴィル君の嫁はもっと嫌だ。ダガート国民は不気味だし、残虐性も受け入れられない。
 それにネヴィル君に飽きられた後の扱いも恐ろしい。
 つまり、残ると言う選択肢は有り得ない。
「グランディア国王がネヴィル様の願いをお聞き下さらないと言うなら、構いません。ルカナートの兵では手に余るでしょうが――ネヴィル様はダガート国王の甥である事、またセルト様が国王陛下の息女である事をお忘れ無きよう」
 ファティマ王女が抱える吟遊詩人であった筈の、ダガートではエイジャナと呼ばれた彼は、ルカナート城の重鎮と言った貫禄で、今度こそはっきりと脅しをかける。
 鼓動が早鐘を打つ。
 何だかとっても雲行きが怪しい。
「……もっとも、ネヴィル様は飽き性でいらっしゃる。しばらくすれば満足するでしょう。ツカサ様にはそれまでの滞在をお願い申し上げたい」
 先の言葉を翻すように柔和に表情を緩ませたエイジャナさんに、リカルド二世の吐き捨てるような呼気が返る。
「そうでなくては困る」
 ――それが、決着だった。
 眼前を埋めていた兵士が槍を収め、左右に掃けて行くと、グランディア騎士を囲んでいた兵達も後退し、またグランディア騎士もライドに命じられて剣を納めた。
 リカルド二世は何時も通りの無表情。その視線は真っ直ぐに俺に向けられて。
「……」
沈黙のまま視線を交わし、戸惑いながらリカルド二世の真意を窺おうとするも。
「……」
 信じられない気持ちで、でも悟った事実を胸の内に咀嚼する。
 俺だって別に、お互いに闘い合って、俺を奪い合って欲しいわけじゃ無い。誰かが怪我をするのは勿論嫌だ。
 ネヴィル君が飽きるまで――何時か、飽きるまで。
 リカルド二世が俺と同じに、それを言葉通りに鵜呑みにしたわけで無い事は、その視線に宿る色で分かる。
 リカルド二世にとって俺が道端の石同然でも、今の所、グランディア王国に異世界人の王妃が必要であり、それ故に見放されないだろうとも思ってる。
 きっと、リカルド二世には別の考えがある、のだろう。
 ただ、今、一緒にグランディアに帰国する事は出来ない。
 その事実が、どうしようも無く俺を不安にさせる。
 我知らず胸元を掴む。嘔吐しそうな不快感と、心臓を鷲掴みされるような閉塞感と。
世界に一人取り残されるような、心許なさ。
 縋るような視線を、真っ向から受け止めてリカルド二世が言う。
「ラシークは見送りにも来ぬか」
 言葉の向かう先は俺では無い。
「ラシーク様方は、まだお休みでいらっしゃいまして」
返答するのはヨアキム将軍だった。
 俺を見詰めたまま、意味深に微笑むリカルド二世に、俺は小さく何度か頷いた。
 俺は、グランディアには帰れない。
 それでも、ラシーク王子が居る。味方は、居る。
そう言われているのだと分かった。
 握り締めていた手を解き、息を整える。
 自然と辺りを見回せば、ライドが力強く頷くのが見えた。

 リカルド二世が騎士を連れて出立し、俺だけが残った。
 ライドも、クリフも、ヤコブも居ない。
 この先の展開は、俺には見えない。
 それでも何とか元気を振り絞って、一緒に遊ぼうとせがむネヴィル君に従った。
「今日は何を教えてくれるのだ?」
目を輝かせたセルト姫とに、日本の室内でも出来る遊びを教える。
 前回ババ抜きを教える為に作ったトランプで、神経衰弱だ。
何度か繰り返していると、エイジャナさんと起きて来たラシーク王子が興味津々と加わった。
 ラシーク王子は居残っている俺に目を瞠ったものの、「余の妻だ!」と宣言するネヴィル君に全てを悟ったようだった。「おめでとうございます」と口にして、カードゲームに興じる。
「これは数字を合わせるだけでなく、絵柄を揃えても面白そうですね」
「あ、そういうカードもあります」
「兵士の中に絵の得意な物がおりますから、作らせましょう」
年長者三人で、そんな和やかそうな会話を挟みつつ。
 ルカナート城に滞在中、リカルド二世から命じられた事を思い出す。ただ単純に遊んでいてはいけない。場所を、人を、会話の裏を、観察する。
 こと、エイジャナさんには心を許してはいけない。彼は謎だ。そして、不気味だ。
 ファティマ王女に抱えられる前は、吟遊詩人として各地を旅して回っていた、と聞いている。けれどエイジャナという名で、セルト姫やネヴィル君に慕われ、ヨアキム将軍やゼラヒア殿下とさえ同等に対峙していた。その様子に、リカルド二世も注意を向けていた。
 それに、怖気立つような妙な空気と、纏わりつく蛇のような視線は、イクタルさんの時には無かったものだ。
 それはグランディア城でのラシーク王子にも似た所があったが、エイジャナさんのそれはもっと何倍も気味が悪い。
 何をどうするべきか、どう居るべきか分からないけど、何かの役に立つかもしれない。とりあえずここに居る間は、ありとあらゆる事に注意しよう。
 そう思う事で心を保ち、なんとか奮い立った。




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