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13 異なる国 7



 ライドはその後の試合も順当に勝ち進み、決勝戦は大方の予想通り――らしい――ヨアキム将軍が相手だった。
 二人の試合は、それまでの試合が嘘のように静まり返った中で、優雅に剣をあわせるような――試合の前に打ち合わせでもしたんじゃないかと思うくらい、息の合った剣戟の応酬だった。
 押し合う力も、振るわれる剣の速さも、示し合わせたように同格。
 けれどその状況は、拮抗していると言うには違和感ばかりが残る。
 ライドは先の二つの試合よりはるかに強かったし、ヨアキム将軍も同様だ。けれど二人共、力を出し渋っている節がある。
 木剣が交わされる打撃音に紛れて、呼吸の合間、お互いにどこかで力をセーブする。絡まる視線に、足捌きに、真剣さとは裏腹の冷静な意志が見え隠れする。
 それが分かる人間が、この場にどれだけ居ただろう。
 静寂に広がる観客の興奮を引き出しながら、二人はある終着点を目指して、時間を浪費する。
 これは生死を分けるような真剣勝負ではなく、暇潰しの余興なのだ。
 俺がそうしたように、二人共誰に花を持たせるべきか分かっている。
 そしてその『時』を見定めたのだろう二人が、絶妙のタイミングで最高の一撃を見舞う。
「……参りました」
 ――跪くように負けをコールしたのは、ライドだった。

 勝負が決した後、夕食の用意された食堂へと場を移った。
 決勝戦を戦った二人をゼラヒア殿下が労って、共に席を設けられ、主にザクセン国王がヨアキム将軍とネヴィル君を誉めそやして闊達と笑う、そんな時間を過ごしてお開きとなった後。
 自室では、不機嫌顔のライドと無表情のリカルド二世が黙々と酒瓶を空ける、そんな夜が訪れた。
 俺は浴場で汗を流して、何時も通りにヤコブに髪を拭いてもらっている最中。
 心なしか髪に触れるヤコブの手付きが硬い。
 それも仕方が無いだろう、と嘆息して、椅子に座る二人をベッドから遠巻きに眺める。
 リカルド二世の態度は何時も通りだが、ライドが放つ悪辣とした空気は常とは違った。
 酒を煽る仕草も乱暴で、荒れているような印象だ。
 それは試合で負けたから、というわけではけして無いのだろう。
 グアンディア城内での訓練の様子でライドの実力を垣間見ている俺から言わせてもらっても、試合中のライドは明らかに手を抜いていた。
 俺がそうしろ、と命じられたように、ライドもそうしろと言われていたのだと思う。
 そもそも大男とのニ試合目の直後も、ライドはひどく冷めた目で、つまらなさそうにしていた。
 夕食の席では愛想笑いに塗れ、大きな手で繊細にフォークとナイフを繰って、優雅な所作で食事をしていたけれど、食の進み具合はいつもの大食漢の様子はなりを潜め、腹の半分も満たされないだろうなと思われた。
 けれどそれは、ライディティル・ブラガットという、グランディア王国の名家の子息として仮面を被っているからであり、そんな事は今までも何度もあった。
 ライドが苛立つ原因は俺にも分からないし、ヤコブにも分からないのだろう。
 ただでさえヤコブは、当たりの優しいライドの姿しか知らないのだ、怯えても仕方が無い。
 髪の毛はまだ半乾きだったが、俺はヤコブの手を止めて、強張った顔を見上げて囁く。
「ありがとう、もう良いよ」
「ですが……」
「今日はもう下がって、お休み」
 元々髪を拭くくらいのこと、自分で出来るのだ。けれどそれがヤコブもといルーシーの役目であり、自分はその為にいるのだという彼の訴えを無視出来ない上、リカルド二世の命令があるからで。
 これ以上こんな物騒な雰囲気の中に、いる必要も無いのだ。
 そう言外に込めて、俺はヤコブを促した。
 躊躇うように瞳を揺らしたものの、ヤコブは深々と頭を下げて、自分の部屋へ下がる事にしたようだ。
「お休みなさいませ、ミュ・ゼラ」
 それから扉の前で一礼して、ヤコブは静かに部屋を出て行く。
 残された俺は、というと、意を決して立ち上がり、歩を進めた。
 ローテーブルを囲んで4脚並んだうちの、空いている椅子に移動して、椅子の背凭れに手を突く。
「……あのー」
 二人共、当然のようにこちらを見ようともしない。
 控えめに掛けた言葉も無視されたが、そうされると分かっていたので構わず続ける。
「それで、用はいつ済むんですかね」
 ルカナートでの生活はそれなりに楽しいものの退屈で、やはり居心地の良いものではない。元々の滞在期間は知らないが、この旅がただネヴィル君の誕生日やルカナート城の建城を祝うだけの目的ではなかった事は知ってる。
 『狼』として『ブラッド』としてルカナートを歩き回ってみたけど、報告した内容が空振りだった事も知ってる。
 ライドとリカルド二世は一瞬視線を合わせ、
「……だ、そうだが? エド」
 ライドはもう一度、豪快にグラスを傾けた。
「明後日には」
「……え?」
「賢明な判断だな」
「ん?」
 短く交わされる言葉を追って、二人の顔を交互に見る。
 ライドが満足そうに頷いて、少しだけ笑った。
「遅れたお前らの一周年も、民衆が心待ちにしてる。まあ、焦りは禁物ってことだな」
「……そうだな」
 質問したのは俺なのに、俺には分からない会話を紡がれても困る。というか。
 むっと顔を顰めた俺を見上げて、ライドがまた笑った。
 いつの間に機嫌が直ったというのだろう。
「些事を済ませても、三日はかからねえ。ツカサも帰る準備をしとけよ」
 酒瓶に残った酒を、今度はそのまま飲み下すと立ち上がって、ライドは乱れた着衣を整える。
「帰ったら帰ったで、お前らは祝祭の支度で忙しいだろうな」
ご愁傷様、と告げる頃には、ライドの手は扉の取っ手にかかっていた。
「それじゃ、また明日」
 何ともすんなり退出していくライドを待って、リカルド二世も席を立った。
 羽織っていたガウンの腰紐を解いて、それを脱ごうとしているようだった。いつもならヤコブがそれを手伝うが、もう彼は居ない。
 手伝った方が良いのだろうか、と思っている間に、リカルド二世は寝巻き一枚になってしまう。
 そしてやはりこれも何時もはヤコブがやっているように、火掻き棒で暖炉の火を掻き消した。
「……」
 もしや今日はこのまま眠るつもりだろうか、と、着々と就寝準備を進めるようなリカルド二世を不安な気持ちで見つめてしまう。
 グランディアを出てからこっち、周りの目もあって、というか当然のようにリカルド二世と寝室を共にし、何時かは抱き締められるよいうな形で同じ布団に包まった。
 けれどたいていは、寝る時間も、起きる時間も別々だ。夜中に目覚めるような事が無ければ、俺は同じベッドでリカルド二世が寝ていた事には気付かずに安眠出来る。
 喉が渇いて目覚めたような深夜、隣に眠るリカルド二世は背を向けていて、静かな寝息が密かに聞こえる程度。でもそんな時俺は、もう一度その隣で寝付く事は出来ない。何とも言えない緊張感と、認めたくは無い少しの安心感とを持て余しながら、羊を数えてみたり妄想の中へ逃避行を図ってみたりしながら、リカルド二世が起きるのを息を詰めて待っている事になる。
 リカルド二世にとっては、俺の存在など空気に等しい。何てこと無い顔で人の隣で寝てしまえる彼が、恨めしくもあるけれど。
「……ツカサ」
 名前を呼ばれて、俯けていた顔を上げる。
 かち合った薄蒼の瞳が少しだけ細まって、それが訝るような表情だと気付く。
 リカルド二世は全くの無表情、というわけでは無い。ほとんど醸す空気の方が雄弁に感情を伝えてくるけれど、極々僅かな表情の変化を、その顔面に見付ける事はちゃんと出来るのだ。
 ほんの少しの沈黙の後、差し出される手の意味は分からないけど。
「……」
 陶器のように滑らかそうな掌を、無言で見る。
 何かの拍子に見た映画のワンシーンが、思い出された。英国風のダンスフロアで、正装に身を包んだ紳士がドレスの女性に手を差し出して、言うのだ。
『私と踊ってくれますか?』
 ――当然、リカルド二世がダンスに誘っているわけでは無いだろう。
 ――駄賃を求めているわけでも無いだろうし。
 目を瞬かせてしばらくリカルド二世の顔を注視していると、わざとらしく大きな溜息をつかれた。
「……寝るぞ」
 それから手を引っ込めて身を翻すリカルド二世を、俺は呆然と見つめた。
 本当に何なんだ!!




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