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13 異なる国 6



 防具を外してから、二階席に誂えられた椅子に移動する。テーブルの隣に座るリカルド二世は一度もこちらに視線をくれないが、その不機嫌具合は体中から迸る冷気で分かる。
 負けた事、が気に食わないわけでは無いだろう。負けろ、と言った本人なのだ。
 そもそもがこんな試合を行う事になって原因の俺が、そしてあっさり負けなかった俺が、リカルド二世の不興を買っている。
 そして、クリフが第一試合で負けた事で更に冷え冷えとした空気を纏ってしまった。
 足の細長いグラスを傾け、舌打ち一つで階下の盛り上がりを一蹴する、そんなリカルド二世の隣の席はとても居心地が悪い。
 クリフは善戦した、と俺は思う。
 上半身裸の大男の怪力は、轟音を響かせてクリフの木盾を粉砕し、力任せに木剣を大振りするかと思いきや、意外に器用に繰って、脇をすり抜けようとするクリフを牽制した。
 クリフは存外に手数が多く、様々な技を使って大男を攻撃したが、結局全て相手の盾に阻まれてしまったのだ。
 最後には体ごと場外に吹っ飛ばされ、脇腹を押さえながら立ち上がり掛けた所を相手に剣を突きつけられ、終了。
 その後、難なく一回戦を終えたライドと大男の試合の順番が訪れ――それが、まさに今、階下で終了したところだった。
 どよめきは興奮交じりで、勝利したライドを見つめる兵士達は尊敬の眼差し。
 それでもリカルド二世の溜飲は下がらず、むしろ不機嫌な舌打ち。
 クリフはけして弱くは無かった。そしてそれに勝った大男はさらにその上をいった。けれどライドはそれさえもあっさりと打ち負かして、評判通りの実力を示した。
 その事は、ライドを擁するグランディア王国にとっても誇らしいことだろうと思う。
 ライドの試合は、大男の一撃目をライドの木盾が柄に引っ掛けて打ち落とした瞬間に、決した。大男の怪力ごと捻じ伏せて、体勢を下方に引き下ろされた大男の首には、その時既にライドの木剣が突き刺さらんとしていたのだ。実戦であればライドの剣は、大男の太い首を突き破っていただろう。
 大男のコールは聞こえなかった。
 その瞬間、見る者全てが大男の『死』を直感し、全てが歓声に飲み込まれた。
 その一瞬。その一突き。
 一切の無駄が無い、美しく滑らかな、一撃。
 そこがもし戦場であったのなら、ライドは糸も簡単に何人もの命を奪っていただろう。
 そしてさも当然のように、余裕の笑顔で歓声に応えるライドには、普段の粗暴さなどどこにも無い。
 観客に魅せる為の遊びも緊張感も、興奮も、感じる暇も無いまま勝敗は決したのに、どうしようも無く魅せられた。
 どんな勝負、どんな競技でも、一瞬で勝負がついてしまったら見応えが無い。どちらかに軍配が上がるか分からない、競る勝負だからこそ、目が離せない。そしてそこにある技術や駆け引きを、努力の痕跡を、見てこそ楽しい。
 けれどそれらを全て凌駕する、完璧な勝利にこそ沸き立つ感情もある。
 剣道の試合で一度、父親のそんな真剣勝負を見た事があった。何時も道場で、子供達相手に厳しい声で教え説く父とは程遠く、見る者にとっては日々の研鑽の末の希望、もしくは諦観か。
 その試合を見た人間のその後は極端だった。
 更に努力を積む者と、自身に見切りをつけた者。
 指導者になる前の父の事だ。父は剣道の世界では頂点で、そしてそれ故に競争相手を失くし、歩みを止めた。
 戦うしか無い世界に生まれたかった。戦わなければ生きていけない世界で。
 そんな事を言っていた父を、ふと思い出す。
 強くなければ死ぬ、そんな世界でなら、自分はもっと、この先の頂に届いただろう。
 ――そんな事を、ライドを見ながら思い出す。
 父が欲しかったのは、こんな舞台なのか。こんな世界だったのか。
 そして自分に求めたものも、こんな高みだったのか。
 無理だと分かっていても、無駄だと知っていても、届かないと思っていても。
「くだらん」
 リカルド二世の苦々しい呟きに、現実に引き戻される。
 視線を滑らせれば、何時もの無表情で階下を見下ろすリカルド二世の横顔がある。
「獅子一頭で斃せる羊の群れもあれば、群れれば獅子を斃せる羊もある。だが、獅子が百頭いた所で斃せない羊が一頭」
 いやに饒舌に、しかし謎掛けのように理解出来ない言葉に首を捻る。
 相変わらずこちらを見ないくせに、俺に話し掛けているのが分かるから不思議だ。
「くだらない世界だな」
 吐き捨てるように言うリカルド二世は、俺に答えも同意も求めているわけでは無いのだろう。
 くだらない、それがリカルド二世の不機嫌の理由なのだろうか。
 何時の間にか始まった次の試合は、ライドの試合の興奮を引き摺ってか大盛り上がり。実力の拮抗した二人なのだろう、切り結んでは相手を探り、繰り返し剣を合わせる。
 隣のテーブル席からはネヴィル君が身体を乗り出し、大興奮で拳を振り上げていた。
 ライドの試合を見た後では、その二人の試合はお粗末。
 それでも、どちらに転ぶか分からない勝利に見る者は釘付けなのに。
 リカルド二世と同じように、醒めた視線を舞台に送っているライドに気付く。
 先程まで朗らかに笑い、激励に応じていたライドは、今そこに居ない。腕を組んで真剣に試合を眺めているように見えて、次の試合に駒を進めたライドが、敗退したクリフと同じように重苦しい空気を醸していた。
 ただの余興。ただの暇潰し。
 そうして始まったはずのこの試合を、リカルド二世とライドはどうしてか楽しんでいないようだ。
 まあリカルド二世に関しては、顔を綻ばせて楽しむ事があるのかどうかも疑問だけど。
 っていうかそもそも、普段から何を考えているのか分からない人なのだ。
 思いを巡らせてみてもリカルドに所為の考えることなんてちっとも分からないのに、隣で半端無い存在感を放っている人だから、どうしても気になる。
 この人、子供の頃からこんなんだったのだろうか。
 階下の試合をぼーっと眺めながらそんな事を考えていると、突然ふっと影が差した。
 何とは無しに視線を横に滑らせると、そこには何故か、ヨアキム将軍が立っている。
 そして何故か、眼帯をしていない方の目は、真っ直ぐ俺を見下ろしている。
 呆気に取られたまま隻眼の将軍を見上げていると、リカルド二世が俺の代わりに声を発した。
「……何用だ」
「グランディア王妃にお礼を一言、と」
「……お礼?」
 ヨアキム将軍は直立不動のまま目礼するように長く瞬いた。
「ネヴィル殿下に花を持たせて下さいましたでしょう」
 引き結んだ唇もそのままに、小さく笑ったように見えた。
「あの方は、お世辞にも素質があるとは言えませんから。その上、稽古をよくおさぼりになる」
「そんな事は……」と曖昧に笑んで、どっちつかずに言葉を濁したけれど、ヨアキム将軍はその時にはもう俺を見ていなかった。
 ヨアキム将軍の意識は、もう別のところにある。
「グランディアの剣は、何時でも研がれているようですね」
 それは勿論、俺にかけられた言葉ではない。 
「どんな名剣も、研がねば鈍る。貴君も研鑽を怠らぬが良かろう」
「肝に銘じましょう。……では」
 現れた時と同じように静かに去ったヨアキム将軍は、そのまま自国の席を素通りして階段を下りていく。
 その様子を呆然と見送る俺の背後では、またいっそう冷気が濃くなったようだった。




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