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13 異なる国 4



『これはね、お母様のお気に入りのドレスと同じなのよ』
 跳ねた声で、セルト姫が自慢げに小さなドレスを広げる。ふんわりとしたレースと、青い刺繍が可愛らしいイメージ。
 4頭身程の陶器の人形はセルト姫に良く似ている。
 どの時代、どの世界でも、小さな子供は人形遊びが好きらしい。
『それからこれは、お母様が愛用していたネックレスのエメラルド』
 小粒のエメラルドが胸元に埋められたドレスを、陶器の人形に当ててセルト姫が笑う。
 俺はそれを、言葉は分からないけれど楽しんでいる、そんなスタンスで相槌だけ打って眺める。
 セルト姫はダガートの言葉しか分からないし、俺はダガートの言葉は分からない設定。そんな状態だからネヴィル君が通訳として居るけど、彼はうんざりした顔で明後日の方向を向いている。
 相変わらず外は雪が降り続いて、子供達は室内遊びに夢中――なのだけども、男女ではその遊び方が大分異なる。鬼ごっこやかくれんぽも楽しんだけど、どうやらセルト姫はご自慢の人形セットを披露したくてうずうずしていたらしい。
『今日はわたくしとお人形で遊びましょう?』
と、セルト姫がにっこり笑って言えば、ネヴィル君は反抗の余地も無く押し黙って頷いた。
 どうやらネヴィル君は、ヨアキム将軍にもセルト姫にも、普段の尊大さを通せないらしいのだ。
『それからこれはお義父様がくれた、ティアラよ』
 セルト姫が次から次へと広げる小さな衣装達は、色鮮やかで可愛らしい。
 遠い昔、母親がクリスマスプレゼントにと同じような物をくれた事があったのを思い出す。当時の俺はそれに興味を示せなくて、母親を随分がっかりさせてしまったものだ。
 それなのに今の俺ときたら、その可愛らさに胸を躍らせている。
 このドレスには、このイヤリング。そんな風に自身のセンスを発揮するセルト姫を真似て、同じようにドレスと装飾品の組み合わせを考えたりして。
 セルト姫と一緒にあはは、うふふ、と人形遊びに興じていると、ネヴィル君が唇を突き出して唸った。
『まあ、なあに? ネヴィル』
 咎めるように、セルト姫が声を上げる。
『言いたい事があるのなら、言って?』
『つまらぬ、とさっきから言ってるだろう?』
『だから、ネヴィルは好きに遊べば良いじゃない。わたくしは今、ツカサとお人形で遊んでいるのよ』
ネヴィル君は不機嫌そうな顔を更に顰めて、椅子から乱暴に立ち上がった。
 それから敷布の上で人形遊びをしていた俺の腕をぐいっと引っ張ると、
「ツカサ、余の兵を見に行くぞ!」
立たせようとする力に腰を浮かせながら、俺は曖昧に笑う。
「ええっと……」
 それはそれで楽しそうだな、とは思う。ブラッドとして歩き回っている最中眺めるルカナート兵の訓練は、グランディアのそれとは趣が異なって、面白かった。
『なあに?』
『兵の訓練を見に行く! セルトは好きにすれば良い!!』
『ダメよ!』
反対の腕に、セルト姫がしがみ付く。
 そうすると、上に引かれる右腕と、下に引かれる左腕が、軋んだ。
「あ、あの」
『ツカサは私と遊んでるの!』
『余と遊ぶのだ!』
『第一、女性にそんな野蛮な所をすすめるなんて、ネヴィルったら何を考えてるの!?』
『お前が言うな!』
「おおおお二人とも……っ!」
 険悪な雰囲気が漂うものの、ダガートの言葉で喧嘩をされてしまうと仲介もしにくい。
「ツカサはどちらが良いのだ!?」
「え」
「兵の訓練も面白いぞ!」
『ツカサだって嫌よね!?』
「……ええっと、ですね……」
 俺は視線をうろうろと彷徨わせながら、へらりと笑う。
「……どちらも?」
「どちらも!?」
「……ええと、その。私の世界では、女も武道とか剣術の心得がある人も多くて。私も小さい頃から剣を振って育ったので、訓練も興味があるな、とか」
「それは本当か!」
「あ、はい。あ、あの、でも、これもこれで楽しいんですけどね?」
 結局どっちつかずにしか答えられなかったが、ネヴィル君の表情は見る見る喜色ばんで、満面の笑顔でセルト姫を振り返った。
『セルト! 行くぞ!』
『え、どうして?』
『ツカサは、騎士らしいぞ!!』
『え?』
「え?」
『余に良い考えがある! ついて来い』
 そうしてネヴィル君は、俺とセルト姫を無理矢理に立たせて、いまいち要領を掴めていない俺達を引き摺るようにして部屋を後にした。

 ネヴィル君に引き摺られて行き着いたのは、てっきり兵の訓練所かと思いきや、違った。恐らく大人達が歓談していると思われる、食堂の一室だ。
 昼食の後、リカルド二世も暫くそこに居ると言っていた。
 ネヴィル君は慌しく大扉を押し開けると、「父上!」と呼ばわった。
 呼ばれた大きな影が、ノードの盤から顔を上げる。それを見つけたネヴィル君はゼラヒア殿下に駆け寄って、ノードの駒が倒れる程にテーブルを揺さぶった。
「模擬試合を開こう!」
「うん?」
 ゼラヒア殿下は穏やかな声で、慣れたように倒れた駒を直す。その声音は、癇癪を起こす子供をあやすようだ。
「どうしたのだ、急に」
 対面のザクセン国王や、室内の全員の視線を受けながら、ネヴィル君がゼラヒア殿下の服を引っ張る。
「だから、模擬試合!」
「……悪くは無いが、お前が試合うのか?」
「そんなわけ無いだろ! ヨアキムや、客人共の兵! それから――ツカサが!」
 続いてセルト姫が駆け寄ってくると、後から続いていたセルト姫の侍女頭さんが、何やらセルト姫に通訳を始めた。
 俺は扉の前で固まったまま、鋭く突き刺さる視線を背中に感じていた。
 ――何か、やらかしたっぽい。
 ネヴィル君は聞いて驚け、と胸を張って、周りを見渡す。
「なんと、ツカサは騎士なんだと!!」
 ざわ、と小さなざわめきが起こり、まあ、だとか、ほう、だとかと呟きが漏れ出す。
 片眉を上げたゼラヒア殿下が、部屋の隅に視線を移す。
「それはまことか?」
 と問い掛けた相手は、俺じゃ無い。
 沈黙の後に、盛大な溜息。
 冷たい声が、低く返る。
「……子供の遊び程度の、な」
「……」
 言い方というものがあるだろう、とは、負け越している俺が言える言葉じゃ無いかもしれないが。陛下やライドには敵わないが、俺にもそれなりにプライドはある。これでも日本では結構な有名剣士なのだ、子供の遊び程度なんて言われ方は癇に障る。
 けれど声の方向から感じる冷気は、俺の言葉を封じる程に冷ややか。
「まあ、それは置いておいても面白いかもしれんな。どうだ? ヨアキム」
「各国精鋭揃いでいらっしゃるので、やれと仰るのなら喜んで」
 当たり前のように控えていたヨアキム将軍は、訓練中ではないらしい。そういえば、将軍は何時も誰かしらの側に居て、ブラッドの散策中も訓練に参加している所は見た事が無い。
 もしかしたら『将軍』とは、別に軍人という意味ではないのかもしれない、などと考える。いやでも、試合に参加するんだから兵士ではあるのか?
「各人も暇を持て余しておろう」
 ゼラヒア殿下のその一言で、試合の開催は決定となった。

 準備の為に各自が部屋に引っ込むと、俺は針の筵状態になった。
 何時もは能天気なライドにまで、
「やっちまったな」
と苦笑され、何がやっちまったのか分からないながら、肩身の狭い思いで縮こまる。
 いや、でもさ。言ってダメな事なら最初にそう言っておいてもらわないとさ。
 そんな言い訳を心中で繰り広げながら、対面のリカルド二世の雰囲気に口を噤む。
 ちらり、と上目遣いで見上げる陛下の顔は、無表情。一片の感情も表さない、完璧な無表情。
 葉巻を咥え、紫煙を吐き出しながら、俺を完璧無視。
「腕試しだ。クリストフを出せ」
「了解」
「お前はどうする?」
「え? やるけど?」
「……だろうな」
 そんな短い会話を交わし、ライドは嬉しそうに肩を回す。
 ライドはこう見えて、というのも可笑しいけど、世に名高い実力者。遠い昔からグランディアで武力を誇るブラガット家が輩出する騎士であり、グランディアの騎士の筆頭。
 俺も幾度か相手をしてもらったが、本気を引き出す事も出来ないままで、底も見えない。
 男女の体格差も筋肉比もあるだろうけど、それだけでは埋められない実力と経験の差が確かに分かる。
 そんなライドや、各国の実力者達との試合。果たしてどんなものになるのだろう、と考えれば、心も躍る。
 ――けれど。
「……」
 トーナメント式で行われる彼等の試合とは別に、俺はネヴィル君と前哨戦をする事になって。
 それが気に食わないらしいリカルド二世を前に、俺はただ小さくなっていた。




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