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12 獣の住む城 4


残酷な描写が、描かれている話になります。ご不快に思われる方も多いでしょうが、物語の性質上、ご了承頂きたく思います。恋愛(微糖)はあくまでも物語の一部で、戦闘描写等に付随する残酷かつ残虐な行動・描写も今後かなりの割合で出て参ります。
ここまでお読み頂いた上で恐縮ですが、ご理解下さい。


「それは楽しみですな!」
 ゼラヒア大公殿下の言葉に、ザクセン国王が喜色ばんだ声を上げた。
 隣で、ザクセン国王の王妃も大きな瞳を瞬かせて、夫に追従するように頷いた。この王妃という方は、俺より年下じゃないのかと思うくらいに若い。否、確実に若いだろう、少女だった。
「それはどういった物なのでしょう?」
「ザクセンの持って来た金色の鳥ほどに、珍奇なものだ。十日程前に、運良く見つけて狩ったのだ」
「オンリウム殿下の狩りの腕は相当でしたな」
「いや何、狩るのはそう大変では無い。それに仕留めたのは――」
 そこでゼラヒア大公殿下は言葉を切って、奥の扉から現れた男性を顎で示した。
「その、ヨアキム将軍ぞ」
 右目に黒い眼帯をした20代中頃の男性は、両手で大きなお皿を抱えていた。皿を銀色のボールで蓋をしているので、中身は分からないが、お皿に乗っている以上、珍しい獣でも調理したのだろうか。
 将軍というからには武芸に秀でた人なのだろうけど、体つきはそんなに逞しくは無い。
 両手が塞がっているからか、テーブルに着く一人一人に目礼をしながら、お皿をゼラヒア大公殿下の元へ運んで行く。
「何でしょうかな、鳥でしょうか、獣でしょうか」
 ザクセン国王は肉付きの良さから伺うに、相当な美食家なのかもしれない。さっきから人の倍くらい食べているし、視線がずっと皿に注がれたままだ。
 対照的にリカルド二世は、全くといって良い程興味を向けてない。一応食事の手は止めているものの、皿に意識を払っているようには見えなかった。
 俺はといえば、まあそれなりに、興味深々だ。
 ここでの食事もそうだけど、グランディアで食べる豪華な料理もどれも美味しくて、この世界での食事は楽しみ過ぎる。
 ゼラヒア大公殿下はもったいぶるように、ボールの上の取っ手に手を掛けたまま、動かない。
 視線で全員を見回し、猛禽のような鋭い目を、大きく細めた。
 ゆっくり、ゆっくりと、ボールが持ち上げられる。
 隙間から見えた、緑の葉っぱ。
 期待に静まり返った室内で、息を呑む音が続いた。
「――げぇぇっ」
 ――誰かが、盛大に吐いた。
 ガタガタと椅子を引く音、悲鳴、呻き。
 視界の端でマリッサ様の体が背後に傾いだが、背凭れのお陰か咄嗟に腕を差し出したモノス大公のお陰か、それ以上倒れる事は無かった。
 俺も今まで食べた物が全て戻ってきそうになって、両手で口を塞いで横を向く。
「これが何か、と聞いたな? ザクセン」
 応えは返らないまま、ゼラヒア大公殿下の、楽しそうな声が続く。
「我が城に――この街に、随分昔からおったようでな。何やらこそこそと、動き回っていたようだ」
「……それは、物騒ですね。よもや御身に危害が加わるような事は無かったでしょうね?」
「勿論だとも」
 冷静な問い掛けは、ラシーク王子の声だった。場にそぐわない朗らかな調子で、二人が笑う。
「その随分な恐い物知らずは、一体どこの手の者だったのです?」
「それがどう拷問しても、一向に口を開かないのでな。そちらの訪いもあったし、祝いに塞いでやったわ」
「そういう事でしたら、わたしがお手伝い致しましたものを」
「ああ、その手もあったか」
 ――あああ、どうしてこういう時こそ、ブラックアウトしないのかな、俺の意識!!
 物騒な会話の片方が、ラシーク王子である事が信じられない。
 しかもゼラヒア大公殿下の言葉には、時折コリコリ何かを噛み砕くような音が混ざっているんですけど!!
 もしかして、食ってるのか!? 食ってるのか!!?
 瞑った目蓋の奥に、映像がチラつく。皿の上、野菜と鮮やかな果物で彩られた、それはさながらメインディッシュ。けれどそれは、首からちょん切られた人の顔。目玉は抉られ、鼻と耳が削がれた、恐らく――男性。
「そちもどうだ?」
「余は人食の趣味は無い」
 ああ、隣の人もやっぱり何時も通りの冷静さ。
「中々いけるがな」
 っていうか、やっぱり食っていらっしゃるんですか!? いらっしゃるんですね!!?
 耳を塞ぎたいけれど、両手は口を覆うので精一杯。ぞわり、と全身に浮かんだ鳥肌を自覚しながら、俺はカタカタと震える事しか出来ない。
 コリ、コリ、と耳を侵す鈍い音が、止まない。
 先程食べた軟骨揚げみたいなものの感触が蘇って、せり上がってきた物が喉でわだかまる。
 少年の笑い声が、響く。
「良い大人が揃いも揃って情けないな!!」
 ネヴィル君、君がむしゃむしゃ咀嚼しているものは、何なのかね!? あ、いい! 聞きたく無い!!
 っていうか二人共、喋るのは食べ物を飲み込んでからにして下さい。お行儀が悪い!
 ――っていうか、ああああああああ!!
 想像力が逞し過ぎる自分を殴りたい。そしてその衝撃で、記憶を失ってしまいたい。
 縊り殺した鳥を掲げて「今日の晩餐は、栄養満点の鶏肉ですよ」と満面の笑みで言った、調理場のおばさん。
 狩ってきた兎を棒で吊るして、誇らしげに笑っていたユージィン殿下。
 今は思うよ、あれは可愛らしいものだった。滴る血や、飛び出た臓腑も――何故だろう、それが人で無いという事だけの違いだったのに。
 それが食料であるかないかの、認識の違いでしか、無い筈なのに。
 おぞましい。受け入れられない。
 掌の中で震える吐息が、冷たい。
「ほれ、見よ。この目玉の色。このような青い目も、この毛並みも、大陸では珍しく無いものであろう? 忌々しい事に素性が知れぬのだ」
 なおも会話は紡がれる。
 けれど、終わりは唐突に訪れた。ガタン、と、椅子が倒れる音に驚き目を開けると、戦慄いた唇を噛み締めて、何時もは穏やかであったモノス大公がゼラヒア大公殿下を睨んでいた。
 その手では気絶してしまったらしいマリッサ様の肩を支えて、喉を震わせて言った。
「このようなっ! このようなものが歓迎であるのなら、わしはっ!!」
 そこで一瞬言葉を飲み込んで、俯いて、呻く。
「――っ失礼する!」
 おもむろにマリッサ様を抱き上げて、モノス大公が場を辞すと、どうやら嘔吐したらしいゼールフォンの王妃も駆け去り、蒼白になったザクセン国王が妻を追って慌しく退出していく。
 黙ったままだったベンジー王太子は、白目を剥いてとっくに気絶していたようだ。
 呆気に取られてそれらを見送ってしまった俺は、一緒に退出してしまうべきだったと思い至るが、時既に遅し。
「確かにご婦人方には刺激が強かったかもしれませんね」
 苦笑するラシーク王子と目が合って、その余りに何時も通りの様子に思わず「はあ」と相槌を打ってしまった。
「ツカサ様もお顔の色が優れませんし、今宵はわたしも引っ込むと致しましょう。また駆除すべき輩が出ましたら、ぜひわたしにも一端を担わせて下さいね」
 にっこりと、柔らかい微笑を残して、ラシーク王子は優雅に一礼して部屋を出様、
「ああ、忘れる所でした」
 くるりと反転して、なおも言葉を繋いだ。
「私の姉をこちらで保護頂いていると聞いたのですが、」
 華麗なターンが喜劇めいていて、思わず視線を追ってゼラヒア大公殿下とその隣の皿を視界に納めてしまった俺は――やっとで抑えていた口の物を、リカルド二世の衣服に盛大にぶち撒けてしまった。



 仏頂面に見えなくも無い無表情で対面に座るリカルド二世を、俺は申し訳無い気持ちで見つめている。
 ソファの上で正座して、神妙な顔付きをしているのは、別に演技では無い。
 本当に、本当に、悪かったとは思っているのだ。
 幾度もの謝罪は全て無視されてしまったけれど、今回ばかりはそれも致し方が無い。
 吐瀉物は陛下の服を汚したばかりか、跳ねてその美しい顔にまで飛び散った。
 ついでに言ったらその向こうに居たネヴィル君にも掛かったようだった。
 人肉は食ったくせに、それは余程気色が悪かったのだろう、大袈裟に騒いで俺を殺すだとか何だかと叫んだ所を、ヨアキム将軍が小脇に抱えて退出していった。
 不快感まで一緒に吐き出たのか、以降の俺の気持ちは落ち着いてはいるものの、今は別の恐ろしさで肝が冷えている最中。
 湯を浴びて綺麗にはなっただろうが、間違いなく初めての体験をした陛下に、かける言葉は思い付かない。
 室内であれらの様子を一部始終見ていた護衛のライドは、部屋に戻ってから笑いっ放しだが、それが陛下の怒りを増長させているようにしか思えない。
「……悪気は、無かったんですよ?」
 蚊の鳴くような声で言い訳をしてみても、悪気が無ければ良いという問題では無い事は重々承知しているので、ソファの上で小さくなってしまう。
 リカルド二世はヤコブに濡れた髪を拭われながら、黙して語らない。
「そのー……ほら、あれだ……えーと……」
 我慢が出来なかったんです、すいません。これは何度も言った。
 お陰様で気持ちが晴れました。いやそれは、何か意味が違う。
 ぐるぐると、言葉が脳内で迷走する。
「……本っ当に! すみませんでした!!」
 謝罪の最上級と言ったら、土下座しか思い付かない。俺はソファから飛びのいて、床にひれ伏した。
 その格好が可笑しかったのか、ライドはまたもや爆笑。
 でもそれ所じゃ無い俺は、額を床に擦り付ける。ただ感触は、柔らかい毛並みみたいでちょっと気持ち良かったりなんかして。
 ちょっとその感触を楽しみつつ、頭上から降った長い溜息を聞く。
「良い」
 嫌味な陛下にしては随分言葉少なな返答に、思わず顔を上げると、陛下の唇が皮肉げに歪んだ。
「……貴様は、本当に……」
 伸びてきた手が、俺の額を軽く叩く。その衝撃に小さく呻けば、微かに笑う気配。
「――不憫だな」

 ――よし、その喧嘩、買った!



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