”彼”は 血を浴びた顔貌に 引きつった笑みを乗せ 僕の顔を見るなり 『失敗した』 と 一言告げた。 それだけで 僕には 全てがわかり どう答えて良いものか わからぬままに 何時も通りに 「そう」 と 返した。
”彼”は 高名な科学者だけれど 僕には解り得ない 高度な難解に行き当たって ”彼”らしくも無く 時間を要していた。 やつれた”彼”に 僕がかける意味の無い 慰めや 応援は ”彼”の心に 何の波紋も起こさず。
僕は 路傍の草の様に ”彼”が気付くまで 黙って 見つめている。 ”彼”にとって 僕の紡ぐ 一言以上の言葉は 論外の様で。 『これだから 教養の無い者は』 と 疲れた吐息を漏らし 自身を 悲劇の主人公に見立てて 嘆く”彼”の姿が 最近では 馴染みつつある日常だった。
けれど 学の無い僕でも 分かりきった ”彼”の 最大の不幸とは―― 鏡の中の”僕が 唯一 彼の 言葉交わす対象だという事だと 密かに だが 確実に 思っていた。 |